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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【解決篇】

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【3】

「――い。おい、山本! しっかりしろっ!」

 長い夢を見ていたような気がする。それこそ、体感的には随分と長い悪夢を――。声をかけられて、はたと我に返った縁は、しかし何が起きたのか理解できなかった。

 ところどころボロボロになった壁、むき出しのコンクリート、そして血の匂い。そこでようやく、自分が殺人蜂に監禁され、命の危機に瀕していたことを思い出す。心配げに覗き込む倉科の顔を見て、一気に緊張の糸が切れた。どうやらいつの間にか駆けつけてくれたらしい。

「警部! 大丈夫っす! ただ気を失っていただけみたいっすから!」

 尾崎の声がどこからか聞こえてきて、そちらのほうに視線を移すと、そこには広瀬を抱きかかえる尾崎の姿があった。広瀬はこちらのほうへと視線をやると、微かに笑みを浮かべたように思えた。姉が現れる直前に、彼が気を失ってくれていたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

「念のために緊急搬送だ。もう一台救急車を呼べ、救急車を! 何もなかったら何もなかったで、それに越したことはないんだから」

 縁の肩を掴みながら指示を出す倉科に、安堵の溜め息を漏らした。とにかく、広瀬が無事のようで何よりだ。これで彼に死なれてしまったいたら、守れなかったことを一生後悔していたことであろう。

 安堵の溜め息をついたのも束の間、その吐息をひゅっと吸い込み、もっとも大事なことを思い出す。

「さっ、殺人蜂は? 殺人蜂はどうなりました?」

 倉科に問う声が、わずかに震えていた。なんせ、途切れる寸前の真新しい記憶の中で、殺人蜂は――。

「――やっぱり、この男が殺人蜂だったのか。坂田に犯人のことを聞きそびれはしたが、この状況を見れば一目瞭然だ。とりあえず救急搬送はしなきゃならんから、救急車を呼んである。死んじゃいないみたいだがな」

 倉科はそう言うと、ある一角に視線を移し、続けて静かに呟くように問うてきた。

「山本……。一体、何があったんだ?」

 恐る恐ると倉科が視線を向けたほうを見てみると、そこには仰向けに倒れたままの殺人蜂――岡田の姿があった。どういうわけだか、彼は姉が握っていたはずのアイスピックを握りしめていた。彼の腕やら足には無数の傷があり、そこから出血しているようだ。しかし、本人の意識はあるのか、うわ言のようにぶつぶつと言葉にならない言葉を呟いていた。

 それらが姉の仕業であると分かってはいたものの、縁は小さく首を横に振って、それを返事とする。間違っても、身内の人間が出てきて、殺人蜂に危害を加えたなどと言える空気ではなかった。
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