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1.異世界の錬金術師

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「――うぅ?」

 ――眩しい、すっごく眩しいです……。

 暗い部屋でぐっすり寝ているところを、いきなりカーテン開けられたあの感じだ。

「ん……もう朝か――あれ? 昨日いつ寝たっけな。なんか全然寝た感じがしないんだけど……」

 でも、なんだかすごく清々しい気持ちだ。
 なんというか、高原に来ているような自然を感じるのだ。
 ほっぺたに何かがさわさわ触れてくすぐったいし、草花の匂いなんかもしちゃう。
 鳥の囀りもいつもよりよく聞こえる気がするし、爽やかな風も感じ――って、

「いや、さすがにこれはおかし――いぃっ!?」

 ――森だ、紛れもなく森の中だ。

 このゲームとは思えない色彩豊かで解像度の高いリアルな光景、ここが僕の部屋じゃないってことだけは確実だ。
 飛び起きた僕は周りを眺める。
 この異常な事態に、なんだか胸の中がザワザワとしてきた。
 地面についてるこの手にも感触があるし、じわりと汗が吹き出てきた。

「な、な、なんで……」

 ――意味がわからなすぎる!

 AOLはフルダイブ型のゲームで、これはプレイする人の意識をゲームに移すから、たしかに没入感はすばらしい。
 でも、そこに触覚と嗅覚はないんだ。
 いやまあ正確に言えば、振動があるので触覚はあるのかもしれないけど……少なくともこんな風に草に触れる感触なんてものはない。
 当然、森林浴をするかのような自然を感じられる匂いもするはずがないんだけど……。

「なのにそれがあるってことは……今、僕がいるこの場所が現実リアルってこと……って、あれ?」

 ――なんか声高くなってる?

「それに……」

 下を向くと、少し膨らんだ胸が視界に入る。
 恐る恐る手を伸ばし――、

「うぁ……」

 むにゅっと、手と胸に何とも言えない感触があった。
 AOLではが禁止されてるので、こんな風にむにゅむにゅできるはずがないのだ。

「いやいや待て待て――」

 そもそもミストは男キャラだ。
 こんなむにゅむにゅする胸なんてないし、声ももっとハスキーでイケボだ。

「――ス、ステータス!」

 声に反応して目の前に表示されたステータス画面を凝視する。

「あぁ、やっぱり……。これ、『倉庫ちゃん』じゃん――!」

 ステータスに表示された名前は『ソーコ』、メインの『ミスト』ではなくサブキャラのほうだった。
 見覚えあるソーコのステータスが――あ、ちょっと知らないのがあるぞ。
 よく見てみると、称号が『異世界の錬金術師』になっている。
 こんなのAOLにはなかったはずだ。

「なんでよりによってソーコの方なん――あ! ログアウトボタンもないし……あるんだなぁ、こういうことって本当に」

 創作物としてはよくある話だし、僕もその手のものは大好物だけどさ……まさか僕がそれに巻き込まれるだなんて想像すらしてなかったよ。
 そういえば、メインのミストでログアウトする前に『転生玉』ってのをソーコに送ったな。
 たしか説明文には、『所持しているキャラクターを新しい世界へと導きます』って書いてあったはず。
 ということはつまり――。

「だからソーコが転生されちゃったのかあぁー……。ミストだったらオールカンストしたし、装備も充実してるのになぁ」

 少し残念だけど、それよりもドキドキワクワクのほうが実のところ上回っている。
 だって異世界だよ?
 毎日毎日飽きることなく隅々まで遊んでいた世界に、僕は今、入れてるんだ。

 ――そんなの最高に決まってるね!

 もちろん現実世界にまったく未練がないわけじゃない。
 家族や友達だっているし、パソコンの中身もそのままだし……!
 でも、現状戻れるかどうかもわかんないし、何年もAOLをやり込んだ僕ならきっと大丈夫なはずだ。

「――帰れるその時まで、僕はこの世界を謳歌するぞ!!」

 僕がやる気を漲らせていると、後ろからガサガサと音がした。
 振り返るとそこには――、

「――ぁ」

 ウルフだ、しかも同時に2匹。
 このウルフはAOLにおいて、初期のマップに出現する魔物。
 つまり、初心者でも難なく倒せるレベルの敵で、ザコ敵と言ってもいいだろう。
 ……そう思っていたよ、この時までは。

「ぅ、ぁ……」

 あわわわわわっ、無理無理無理無理ッ!! 
 あれがザコ敵!? 
 嘘でしょ、怖過ぎて一歩も動けないんだけど! 
 少しでも動いたら噛み付かれそうだもん!!

「……いや落ち着けっ、とにかく落ち着くんだ、僕!」

 サブキャラなのでソーコのレベルは15、ミストのレベル999と比べたら天と地だ。
 とはいえ、ステータスが本当に反映されるなら、ウルフ程度ならダメージすら負わないで倒せるはずなんだ。
 でも――殺意剥き出しの目と鋭い牙、その端から垂れ下がるヨダレに低く唸る声、ゲームとは違うリアルさ。

 ――怖っ!! 

 え、ホントに君たちウルフだよね!? 
 今ならフェンリルの子供って言われても信じちゃいそうだよ……。
 ゲームを始めた頃ですら、こんな恐怖は抱かなかったのに。
 所詮、ゲームだったってことか。
 ……あ、やばい、足が竦んで動けない。

「ま、待っ――」

 そんな隙を魔物が見逃すはずもなく、ウルフは僕に向かって走り出した。

「だ、誰か――」

「ウゥォンッ!?」

 眼前にまで迫っていたウルフ2匹が、一瞬にして視界から消え去った。

 ――いや……吹っ飛んだ?

 そして、僕の目の前には吹っ飛んだウルフの代わりに、絶世の美少女がそこにいた。
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