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31.箱庭《テルル》

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 オガネ大森林の奥深く、そこにはどの国にも属さない未開の地とされている場所があった。
 その場所は、ソーコでさえ存在を知らないエルフの住まう場所、彼らはその地を『箱庭テルル』と呼んでいた。
 テルルの中心には、天に届きそうなほど高く、湖のように太い木がある。
 『世界樹』と呼ばれ、この地で崇められているものだ。
 人族が呼ぶエルフとは彼らの俗称であり、正確にいうと耳長族と呼ばれ、そこから3つの種に分かれる。

 ハイエルフ、エルフ、ダークエルフ――。

 ハイエルフは、耳長族の中で最も位が高いとされる。
 人族でいうならば、王族や貴族に当たる身分だ。
 彼らはこの箱庭テルルを管理し、世界樹を守っている。
 そうすることによって、ハイエルフ達は自分達がこの世界を『正常』に管理していると信じていた。
 そして、そのほとんどのハイエルフがこの地から出ることはなく一生を終えるのであった。

 ハイエルフが王族や貴族であれば、ただのエルフは『平民』ということになるだろう。
 彼らはハイエルフが行わない農業などの仕事に従事し、この管理された世界で生きている。
 ただし、使命を帯びた者は外の世界に出ており、その数は少なくないとされている。

 そして、ダークエルフとは彼らとは異なる者達である。
 本来の括りとして耳長族であることは間違いないが、ハイエルフ、エルフからは同族としては見られておらず、むしろ軽蔑の対象とされている。
 それは彼らの肌が他の耳長族よりも浅黒いところや、魔法よりも武器を主体として使うところなど、理由は様々である。

 よって、ここ箱庭テルルには、ハイエルフとエルフのみが暮らしている。
 ダークエルフだけが、このオガネ大森林にはおらず、別の場所で暮らしていた。


 ――オガネ大森林 箱庭テルル 中央議事堂

 現在、箱庭テルルにある中央議事堂ではハイエルフが一同に介し、世界樹を管理するための会議が行われていた。

「ふむ、では今回はこんなところで良いかの。他に何かある者はおるか?」

 耳長族を束ねる族長のビスマスは、会議の参加者を見渡しながら問う。
 ビスマスは耳長族の中で最高齢で、歳は500を超えている。
 耳長族は長命であるが、エルフやダークエルフが寿命を300歳ほどで終えるのに対し、ハイエルフは平均で500ほどと言われている。
 見た目も若い状態で維持されるのだが、ビスマスのように高齢になると、年相応に老けてくる。
 白髪で皺だらけのビスマスと違い、まだ20代の青年に見える金髪の男が手を挙げた。

「む。なんじゃ? ダーム」

 ダームと呼ばれた男は立ち上がり、

「外で諜報活動している者から報告が届いています。どうやら帝国が少々きな臭いと……近い内に何らかの動きがあるかもしれません」

 議事堂内が騒然とする。

「帝国……またアルゴン帝国か?」

「はい。まだ情報が確定していませんが、帝国は隣国のボロン王国に攻め込む準備を進めていると……」

 ダームの報告を聞いたハイエルフ達は、「本当に人間は愚か者共だ」、「あの国は好き勝手が過ぎるのではないか」など、アルゴン帝国への非難が集中した。
 実際アルゴン帝国は、これまで多くの国への侵略行為を行ってきた歴史がある。
 ボロン王国とも小さないざこざはあったが、もしこれが本格的な戦争となると、両国にとって初めてのこととなる。

「いずれにせよ、我々はどのように人間達が結末を迎えるか観測するのみじゃ。その結果がどうであれな」

 ビスマスは、人同士の争いをこれまでに何度も見てきた。
 むしろ、争いがなかった時代などなかったかもしれないと思うほどに。
 彼は、いつものように変わることなく、そう宣言した。

「――お待ちください」

 だが、いつものようには納得しない者が1人いた。

「……なんじゃ、ダーム」

 今しがた、アルゴン帝国の報告をしていたダームだ。
 議事堂内の注目が一斉にダームへと集まった。

「確かに人間達の争いはいつものことですが、これを放置していると、世界樹に悪影響があるかもしれません」

「なに? 悪影響じゃと……?」

 予想だにしなかったダームの発言に、ビスマスが目を見開いて驚く。
 議事堂内は一瞬静まり返り、たちまち蜂の巣をつついたように一層騒がしくなった。

「あ、悪影響とはどういうことだっ!」

「世界樹に何かあれば世界の終わりだぞ? 我等も道連れになってしまうのだぞ!」

「おい、ダーム! 何か知ってるならさっさと言え!」

 ハイエルフ達が青ざめ狼狽し、会議が紛糾し出したのを「皆、落ち着かんか!」と、ビスマスが一喝した。

「……ダーム、説明してくれ」

 ビスマスは、ようやく皆が落ち着いたのを確認し、ダームへ続きを促した。

「はい。――先にお伝えしますが、これは確定ではございません。ただし、確信はしております」

「ええい、まどろっこしい! さっさと話さんかっ!」

「これっ、メンデレ! 黙ってダームの話を聞かんか! ……続きを」

 メンデレと呼ばれた初老の男は「ぐむむ……」と口を噤んだ。
 ビスマスに促されたダームは、その様子を気に留めることもなく、続きを話し始める。

「世界樹の管理をする過程で、とある現象が見られるようになりました。それは――世界樹の『実』の落下です。この数年の間に3つも落ちてきました」

 ダームの話に、その場にいる全員が言葉を失った。
 先ほどまでダームを急かしていたメンデレまで、聞かされた現象の意味が理解できず、間の抜けた顔をしていた。

 ――なぜなら世界樹の実は、からだ。

 世界樹とは、この世界を成り立たせるものとされている。
 この世界にある魔力マナは世界樹が作り出し、不必要となった魔力マナは世界樹に還ってくるのだ。
 世界樹の根は世界の端にまで届いていると言われ、そこから溢れ出た魔力マナを人々は吸収して魔法を行使し、植物は魔力マナを伴って薬草などになる。
 魔力マナを吸収し過ぎると、生物は魔物となり、死ねばその身体から魔力マナが失われ根に吸い込まれる。
 こうして循環していくのだ。

 そして、世界樹はその枝に『実』を付ける。

 この魔力マナをたっぷり取り込んだ世界樹の実は、黄金のように輝きを放っていると言われていた。
 この実は普通の実のように落下することなく、意図的に取らない限りは、流れ込む魔力マナによって美しく輝き続けているものだった。
 その『落ちない実』が落ちたという事実に、ハイエルフ達は箱庭テルルの――いや、世界の危機を感じていくのだった。
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