70 / 78
第3章学園入学
前世の私と嘘吐き高校生男子との出会い3 サイコパス回想編 了
しおりを挟むある日、赤子を腕に抱きながら、お隣さんと話をしている伯母を見かけた。社長に書類を届けた帰りがけのことだった。
相も変わらず、幸せそうな顔をしている。
私は胸のもやもやとした感情を押さえるように、鞄の取手を強く握り込んだ。
(この人に、今更感情を振り回されるなんて馬鹿馬鹿しい。
気にしたら、負けだ。
私だってもう、あの時とは違う)
そう言い聞かせて、深呼吸をし、心を何とか落ち着けた。
すれ違いざまに、笑みを貼り付けたまま会釈して
彼女達の横を通り過ぎ、足をすすめようとしたその時ーー…伯母の明るい弾んだ声が聞こえてきた。
「それでね、これまで本当に色々あったけど、全てこの子に出会う為なんだって思ったわ。うふふふふ」
何気ないその一言に、全身の力が抜けそうになった。
持っていた鞄が肩から滑り落ちそうになったのを、何とか掴み、足を止めた。
伯母と話をしていた人が、私の様子が変だと気が付いたのか、「どうかしましたか?」と声をかけてきた瞬間、私は弾かれたように、その場から走りさった。
後ろから聞こえて来る声は、耳には入らなくて、ただ込み上げる衝動を振り切るように、無我夢中で走った。
頭の中で、伯母が幸せそうに笑う声と、最後に刑務所で面会した時の会話が交互に響いて、取れない。
おさまらない衝動に、両手で自らを抱き締めて、何とかしなければと、人気の無い場所を探した。
だけど、この辺りの住宅街には、人が来ない場所などなかった。
そうしている間にも、抑え切れなくなったものが、身体から出ようとして、滲んだ涙が目を曇らせた。
叫び出したい衝動が、抑えられない。
とある日常で、突然道の真ん中で、叫ぶ人を他人として見かけたときは、あの人まともじゃないなと、横目で見ていたものだった。
ーーけれど、私は、幾らまともなフリをしたって、違ったのだ。随分前からまともではない側の人間だった。
もう、あの日の放火事件は何年も前のこと。伯母は罪を償い出所して、伯母なりに更生し努力をした結果得た今の幸せ。
だけど。
だけどー…
『今まで色々あったけど、全てこの子に出会う為なんだって思ったわ。うふふふふ』
ー…未だに消えない、私のこの胸の痛みも。記憶も。
私のお母さんを炎の中に取り残したことも。
それら全てが、伯母があの赤子に出会い、伯母を幸せにする為に必要な犠牲だったと、伯母がそう解釈して前向きに生きるその姿が、どうしても赦せなかった。
今となっては、周りの人々は全てを忘れた様に笑顔で伯母を囲み、伯母を愛する人までいるようだ。
けれど、私には、私にだけはそんな伯母の姿が歪んで見える。
衝動がー…抑えられない。
パンプスが脱げて、転んだ私は、肩で息をしながら、ゆっくりと身を起した。
膝のストッキングが破れて、血が滲んでいる。
それを手で強く抑えて、その痛みで、気を紛らわせようとしてもー…無理だった。
どうして
「ー…どうして、私のお母さんが居ないのにっ。
あんな奴が、何でもない顔して生きて幸せそうにしてるのよっ!
神様、居るんだったら、私のお母さんをあの人が燃やしたみたいに、全部燃やしてよ、全部。
あの人の幸せを全部っっ!!
この世から消してよ!!!」
涼しい顔をして生きてきた。平気なふりをしていた。だけど、私の中にはこんなにも、醜いドロドロしたものが燻っていた。
そんな自分に、気付いていたから、まともになろうと、真面目に生きようと躍起になった。
それなのに。
「ー・お姉さん、どうしたのこんな所で」
顔を上げて見れば、初めて会った日のように、私に傘を差し掛けている高校生の男の子がいた。
いつの間にか、また雨が降っていたことに私は気が付いていなかったようだ。
我に返った私は、自分が大変恥ずかしい状態である事に気がついて、慌ててたち上がるも、フラリとよろめいた。
そんな私の腕を支えてくれた男の子は、いつものように、にっこり笑いながら言った。
「流石にそのままじゃ会社に戻れないでしょ」
その通り過ぎて、私はその場で会社に連絡し、社長宅から帰る途中で大変体調が悪くなったとつげると、そのまま病院に行くようにと指示を出された。現物や顧客情報を持っていなければ、今日はそのまま帰宅しても良いと言われた。
支店に戻れば、着替えがロッカーに置いてあるのだけれど、そんな気力も残っていない。私は支店の指示に従うことにした。
「俺の家近いし、服貸すよ」
そう申し出てくれた顔見知りの男の子に、誘導されるままについて行った。帰りの電車のことを考えたから。
てっきり彼が貸してくれるのは、彼のお母さんか、姉とか妹の服かと思っていたら(話に良く出ていたので)高校生の男の子自身のパーカーと、ジャージの半ズボン、そしてタオルを貸してくれた。
「お姉さん、俺の服ダボダボで可愛いね」
「…そんなことより、貴方、一人暮らしなの?てっきり家族と住んでるのかと…」
「うん、家族はね、結構前に殺されたんだ」
固まる私に、男の子は何でもないことのように、へらりと笑った。
「……また、嘘?」
「酷いなぁ。こんな嘘つかないよ。
家族がいる様に話をしてたのが嘘」
「………妹がいるって。それ事態が嘘だったの??なんでそんな嘘…」
「お姉さんと一緒だよ。まともなフリをしようと思ってさ」
「………」
「お姉さんが、燃やしたいと思ったのは誰?」
誰にも話したことは無かった。だけどその日、どうしてだか、ポツリ、ポツリと語り出したのは、抑えていたものを叫んだ時に私の言葉をばっちり聞かれてしまっていたからだった。
このままでは、私は完全にヤバい人だ。この男の子にそう思われるのが嫌だった。
あの支店の銀行員はヤバいことを叫んでいたヤバい奴だと話されてしまう可能性も浮かんで、私は、理由を一つずつ、かい摘んで説明した。
すると、彼は私にこう言った。
「燃やせば良いじゃん」
「え?」
「やられたらやり返したいって、人間の自然な感情でしょ?何で抑え込んでるの?」
「いやいや、また。何を言い出すかと思えば」
「これは冗談じゃなくて本当に思って言ってるんだけどなぁ」
「あははっ、あんたに〝本当〟何て言葉は似合わないわね」
28歳の誕生日を迎える数日前のことー…私は、目の前に居る人間が、どれ程ヤバい人なのかを知らずに、笑っていた。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる