【完結】悪役令嬢ライザと悪役令息の婚約者

マロン株式

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第3章学園入学

前世の私と嘘吐き高校生男子との出会い3 サイコパス回想編 了

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 ある日、赤子を腕に抱きながら、お隣さんと話をしている伯母を見かけた。社長に書類を届けた帰りがけのことだった。

 相も変わらず、幸せそうな顔をしている。
 
 私は胸のもやもやとした感情を押さえるように、鞄の取手を強く握り込んだ。

(この人に、今更感情を振り回されるなんて馬鹿馬鹿しい。
気にしたら、負けだ。
私だってもう、あの時とは違う)
  

 そう言い聞かせて、深呼吸をし、心を何とか落ち着けた。



 すれ違いざまに、笑みを貼り付けたまま会釈して

 彼女達の横を通り過ぎ、足をすすめようとしたその時ーー…伯母の明るい弾んだ声が聞こえてきた。

「それでね、これまで本当に色々あったけど、全てこの子に出会う為なんだって思ったわ。うふふふふ」


 何気ないその一言に、全身の力が抜けそうになった。

 持っていた鞄が肩から滑り落ちそうになったのを、何とか掴み、足を止めた。

 伯母と話をしていた人が、私の様子が変だと気が付いたのか、「どうかしましたか?」と声をかけてきた瞬間、私は弾かれたように、その場から走りさった。

 後ろから聞こえて来る声は、耳には入らなくて、ただ込み上げる衝動を振り切るように、無我夢中で走った。

 頭の中で、伯母が幸せそうに笑う声と、最後に刑務所で面会した時の会話が交互に響いて、取れない。


 おさまらない衝動に、両手で自らを抱き締めて、何とかしなければと、人気の無い場所を探した。

 だけど、この辺りの住宅街には、人が来ない場所などなかった。
 
 そうしている間にも、抑え切れなくなったものが、身体から出ようとして、滲んだ涙が目を曇らせた。

 叫び出したい衝動が、抑えられない。
 

 とある日常で、突然道の真ん中で、叫ぶ人を他人として見かけたときは、あの人まともじゃないなと、横目で見ていたものだった。

ーーけれど、私は、幾らまともなフリをしたって、違ったのだ。随分前からまともではない側の人間だった。

 もう、あの日の放火事件は何年も前のこと。伯母は罪を償い出所して、伯母なりに更生し努力をした結果得た今の幸せ。
 

 だけど。
 
 だけどー…

 
『今まで色々あったけど、全てこの子に出会う為なんだって思ったわ。うふふふふ』

 ー…未だに消えない、私のこの胸の痛みも。記憶も。

 私のお母さんを炎の中に取り残したことも。

 それら全てが、伯母があの赤子に出会い、伯母を幸せにする為に必要な犠牲だったと、伯母がそう解釈して前向きに生きるその姿が、どうしても赦せなかった。


 今となっては、周りの人々は全てを忘れた様に笑顔で伯母を囲み、伯母を愛する人までいるようだ。
 
 けれど、私には、私にだけはそんな伯母の姿が歪んで見える。


 衝動がー…抑えられない。
 



 パンプスが脱げて、転んだ私は、肩で息をしながら、ゆっくりと身を起した。
 膝のストッキングが破れて、血が滲んでいる。

 それを手で強く抑えて、その痛みで、気を紛らわせようとしてもー…無理だった。

 どうして

「ー…どうして、私のお母さんが居ないのにっ。
あんな奴が、何でもない顔して生きて幸せそうにしてるのよっ!
神様、居るんだったら、私のお母さんをあの人が燃やしたみたいに、全部燃やしてよ、全部。

あの人の幸せを全部っっ!!

この世から消してよ!!!」


 涼しい顔をして生きてきた。平気なふりをしていた。だけど、私の中にはこんなにも、醜いドロドロしたものが燻っていた。

 そんな自分に、気付いていたから、まともになろうと、真面目に生きようと躍起になった。

 それなのに。




「ー・お姉さん、どうしたのこんな所で」

 
 顔を上げて見れば、初めて会った日のように、私に傘を差し掛けている高校生の男の子がいた。

 いつの間にか、また雨が降っていたことに私は気が付いていなかったようだ。

 我に返った私は、自分が大変恥ずかしい状態である事に気がついて、慌ててたち上がるも、フラリとよろめいた。

 そんな私の腕を支えてくれた男の子は、いつものように、にっこり笑いながら言った。

「流石にそのままじゃ会社に戻れないでしょ」


 その通り過ぎて、私はその場で会社に連絡し、社長宅から帰る途中で大変体調が悪くなったとつげると、そのまま病院に行くようにと指示を出された。現物や顧客情報を持っていなければ、今日はそのまま帰宅しても良いと言われた。
 
 支店に戻れば、着替えがロッカーに置いてあるのだけれど、そんな気力も残っていない。私は支店の指示に従うことにした。

「俺の家近いし、服貸すよ」

 そう申し出てくれた顔見知りの男の子に、誘導されるままについて行った。帰りの電車のことを考えたから。

 てっきり彼が貸してくれるのは、彼のお母さんか、姉とか妹の服かと思っていたら(話に良く出ていたので)高校生の男の子自身のパーカーと、ジャージの半ズボン、そしてタオルを貸してくれた。

「お姉さん、俺の服ダボダボで可愛いね」
「…そんなことより、貴方、一人暮らしなの?てっきり家族と住んでるのかと…」
「うん、家族はね、結構前に殺されたんだ」

 固まる私に、男の子は何でもないことのように、へらりと笑った。

「……また、嘘?」
「酷いなぁ。こんな嘘つかないよ。
家族がいる様に話をしてたのが嘘」

「………妹がいるって。それ事態が嘘だったの??なんでそんな嘘…」
「お姉さんと一緒だよ。まともなフリをしようと思ってさ」
「………」
「お姉さんが、燃やしたいと思ったのは誰?」


 誰にも話したことは無かった。だけどその日、どうしてだか、ポツリ、ポツリと語り出したのは、抑えていたものを叫んだ時に私の言葉をばっちり聞かれてしまっていたからだった。

 このままでは、私は完全にヤバい人だ。この男の子にそう思われるのが嫌だった。

 あの支店の銀行員はヤバいことを叫んでいたヤバい奴だと話されてしまう可能性も浮かんで、私は、理由を一つずつ、かい摘んで説明した。

 すると、彼は私にこう言った。

「燃やせば良いじゃん」


「え?」


「やられたらやり返したいって、人間の自然な感情でしょ?何で抑え込んでるの?」
「いやいや、また。何を言い出すかと思えば」
「これは冗談じゃなくて本当に思って言ってるんだけどなぁ」
「あははっ、あんたに〝本当〟何て言葉は似合わないわね」

 
 28歳の誕生日を迎える数日前のことー…私は、目の前に居る人間が、どれ程ヤバい人なのかを知らずに、笑っていた。
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