【続】地獄行きは確定、に加え ~地獄の王様に溺愛されています~

墨尽(ぼくじん)

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獄主の里帰り

第8話 ラスト

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 連れてこられたのは大広間だった。
 豪華に飾り立てられたその広間は、来客をもてなすために作られたようだ。

 食卓には見るからに高そうな食器が並び、菓子や果物が盛り付けられている。

「マダリオ!息災か!!」

 広間の上座に座っていた男性が、豪快な声を発した。

 年齢はまだ40歳程に見える。真っ直ぐに垂れた髪は濡れ羽色で、目は大きく切りあがり、口も大きい。
 まさに豪快な男前といった風体だ。

「父上。お久しぶりでございます」

 獄主が頭を垂れ、聡一朗も頭を下げる。
 前獄主である獄主の父親は、聡一朗を見て目を見開いた。

「おお、お前が今回の花嫁か。マダリオがこうしてここに連れてくるのは、お前が初めてだ。名は何という?」
「桐谷聡一朗です。お初にお目にかかります」

 前獄主から親し気に微笑まれ、聡一朗はほっと胸を撫でおろした。

 想像していたより、かなり優しい印象だ。
 脇で座っている獄主の母親からは、相変わらず侮蔑を含んだ目を向けられているが、初対面でこれなら次第点ではないだろうか。

「マダリオよ。連れてきたって事は、今度は子を成すつもりか?子を成さねば、お前はずっと独りのままだ。我も、お前の子が早く見たい」
「……父上、今は焦らずとも良いと思っております。聡一朗には、他に大切な役目もあります」
「ふん、何が他の役目よ」

 獄主の母親が嘲笑い、聡一朗を見た。
 美人な分、見つめられると迫力が凄い。美で責めてくるあたり、獄主と似ているかもしれない。

「花嫁なんて、産んでなんぼでしょ。挨拶なんて来ないで、黙って抱かれてりゃ良いのよ。……まぁ、こんな汚らしい男との子なんて、私は見たくないわ」
「……母上。母上といえど、聡一朗を愚弄するのは許しません」

 獄主が言い放つと、母親が立ち上がった。
 指を獄主に突き付けて、凶悪な顔を浮かべている。


(あぁ、前言撤回。全然似てない)
 指を突き付けながら罵倒する様は、聡一朗もよく見た光景だ。
 自分の思い通りにいかない相手はとことん抑えつける。その対象が自分に逆らえないと知っていると、更にエスカレートするタイプだ。

 こういうタイプに遭遇すると、否が応でも過去の記憶が染み出してくる。
 殴られ、叩かれ、死ぬ寸前まで放置された記憶だ。

 無意識に喉を鳴らしていると、突然獄主が聡一朗の目の前に向かい合うようにして立った。そのまま頭を抱え込むようにして引き寄せられ、片手は聡一朗の背中を撫でている。

「聡一朗、見るな。聞かんでいい」
「……は、はは……まいったな」

 抱きしめられながら零す言葉が、つい震える。
 労わるように撫でられる背中から、じんわりと暖かさが広がって行った。

 抱きしめられながら、聡一朗は照れを隠すように咳ばらいを零す。

「……こ、ここは、いつもなら俺がキレているところじゃないか?」
「聡一朗ばかり格好いいのは、つまらん。ここは私の出番だろう?」
「そうか?最近エンばかりが目立ってないか?何もしなくても美男なんだからさ、こういう場面は俺に譲れって」

 獄主が息を吐き切り、一層ぎゅうっと抱きしめられる。
 聡一朗がぐえ、と喉を鳴らすと、獄主が笑いながら身体を離した。

 突然の2人の抱擁に、獄主の母親は指を突き出したまま固まっている。そんな母親を獄主は睨みつけた。

「母上、聡一朗は私の子を産むためにいるのではありません。私と共に歩むためにいるのです」

 獄主が無表情のまま捲し立てると、母親がわなわなと身体を震わせている。
 そのまま鋭い顔を浮かべて前獄主を見るが、咎めるような表情で前獄主が首を横に振った。

 怒りの矛先を折られて、母親は悔し気に獄主を睨んでいる。そんな視線に気付きながらも、獄主は構わず口を開く。

「……挨拶は終わりましたので、私と聡一朗は失礼いたします。大事な客が来ると聞きました。早めに退散いたします」
「……ああ。それにしてもマダリオが笑うなんて、いつぶりに見ただろう」

 前獄主が嬉しそうに笑い、獄主を見ている。目を細める様は、紛れもなく親の顔だ。
 獄主が目を合わせないことに苦笑いを浮かべながら、前獄主は聡一朗を見た。

「もし子が出来たら、絶対に知らせておくれ。婚礼の儀に呼ばれなかったことへの恨み言は、その時に消化しよう」
「はい。約束いたします」

 答える聡一朗の手を引いて、獄主が歩き出した。強引に引っ張られて、聡一朗が足をもつれさせる。
 必死にバランスを立て直していると、前獄主が思い出したように口を開いた。

「そうそう、マダリオ。最近リュシオル様にお会いしたか?今日は愛し子様が来られると聞いていたんだが、なかなかいらっしゃらない」

 その言葉に獄主はぴたりと立ち止まり、顔だけ振り返る。聡一朗は口を引き結んだ。

「………まさか、今日の大事な客とは……」
「ああ、言っていなかったか?神の愛し子様だ。この度リュシオル様の業務を手伝われるらしい」

 聡一朗がちらりと獄主を見ると、恨めし気に睨まれた。大きな溜息を零して、獄主がぼそりと呟く。

「やっと帰れると思ったのだが……」
「……うん。俺も想定外だった。ご馳走、食べなきゃいけないぞ……」

 聡一朗が言うと、獄主が再度溜息をつき、舌打ちまでが加わった。

 聡一朗からも妙な笑いが漏れる。
 この状況で「はい、俺が神の愛し子です」なんてジョークが通じるのだろうか。ジョークじゃないのだが。

 気が付くと獄主も笑い出している。
 獄主の両親から戸惑いの視線を感じながら、2人して顔をくっつけて笑った。



________

 慣れた十居へ帰り着いたのは、もう夜も更けた頃だった。
 風呂から上がり、聡一朗はうとうとしながら獄主の髪を拭う。

「疲れたなぁ、エン。本当にお疲れさま」
「ああ」

 大きく溜息をつく獄主に、聡一朗はふふと笑う。

「エンのお父さん、良い人だったなぁ。エンの事も大事にしてるって感じだった」
「そうか?父上はいつも単純で、何事も深く考えない人だ」
「……お母さんも、想像してたよりずっと美人で、まぁまぁ良い人だった」
「……それは無いだろ」

 獄主に言われ、聡一朗は苦笑いを浮かべる。

 獄主に手を上げないだけ良い人だ、と思ったが口には出せなかった。
 言葉の暴力は、時に拳よりも傷つける。過去に母親からどんな仕打ちを受けたか、当人にしかきっと分からない。


 獄主の実家訪問は刺激的だったと共に、聡一朗にとって気付かされた事がたくさんあった。
 終始硬い顔だった獄主だが、実家と言うのはやはり特別だ。素の部分が垣間見える瞬間が、堪らなく愛おしかった。

「なぁ……エン? 俺さ、あんたの事相当好きだわ」
「……!?」

 聡一朗の予想通り、獄主は目を見開いて振り返る。狙いを定めて唇を重ねると、獄主が息を詰める音が聞こえた。

 してやったりと聡一朗がにやりと笑い、獄主が恨めし気に眉を寄せる。微かに頬が赤いのは、風呂上がりのせいだけじゃないだろう。

「……聡一朗、明日は……」
「明日は休め、だろ?もう休む気でいるよ」
「……っ! 聡一朗!お前と言うやつは……!」

 立ち上がった獄主に抱きかかえられ、聡一朗はへにゃりと頬を緩ませた。
 顔を赤くしてる獄主の胸元に、頭を擦りつける。

「仕方ないだろ?俺だって、エンといちゃいちゃしたい時もある」
「……嬉しいが、心臓が止まるかと思った。加減を知れ」

 寝台に降ろされたが、獄主はいつものように伸し掛かってこない。
 聡一朗が首を傾げていると、獄主が袂から四角いものを取り出した。


 その箱がどんな物か、聡一朗は知っている。しかしあまりにも縁のない物だったので、つい眉を寄せて凝視してしまう。

 手のひらに乗るほど小さな小箱の蓋を、獄主がそっと開く。
 そこには銀色に光る指輪があった。

「遅くなってしまってすまない。人間はこれをつけるものだと、最近知った」
「あ、え、っと、え?」
「鍛冶屋に作らせたから少々粗いが、私の愛刀と同じ工房で出来たものだ」
「……あ、あの……」
 
 狼狽える聡一朗をよそに、獄主は指輪を取り出した。その場で膝を折って、聡一朗の左手を取る。
 獄主は下から聡一朗を見上げて、優しく微笑んだ。

「聡一朗、もう一度誓う。私と結婚してくれ」

 聡一朗は思わず仰け反って、右手で顔を覆った。真っ赤に染まるのは、今度はこちらの番のようだ。
 嬉しいのに、涙が溢れて来る。

「聡一朗、返事は?」
「良い!良いよ!……良いに決まってる……」

 涙を拭いながら答えて、指に輪が通るのをしっかりと見据える。
 見届けると涙は止まるどころか、また堰を切ったように流れ出した。

「聡一朗、愛している」
「……うん。俺も、愛してる」

 気が付くと獄主の指にはもう指輪が付いていた。
 「俺がつけたかったのに」と拗ねると、獄主は困ったように眉を寄せる。

「……泣くのは、聡一朗だけでいい」
「……なんだよそれは」

 聡一朗が笑うと、獄主が今にも泣き出しそうな顔で笑う。
 聡一朗は思わず顔を覆った。先ほどから何度、顔を赤くすればいいのだろう。

「ああぁああ!俺の旦那が可愛すぎる……!」
「私の嫁には敵わん」

 そう言いながら伸し掛かられた獄主の重みに、聡一朗は幸せを嚙み締めた。

おしまい


※この下は、二人のイメージイラストがあります
 イメージ壊れそうで嫌な方は、すぐさまバックして下さい!















 お目汚し、失礼しました
 再度、おしまい
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