最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第三章 愛と欲望の狭間

第百二十三話 ペロの発言は爆弾だった

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 セレスティナが目を覚ますと、天蓋付きのベッドの中だった。朝日は心地よく、体を包み込む布団は、いつものようにふわりと柔らかい。厳しい冬の最中でも、室内はいつだってこうして快適な温度が保たれている。

 いつの間に寝たのかしら?
 セレスティナは不思議に思う。
 ベッドに入った記憶がないわ……

 きちんとピンクのネグリジェを身につけているので、侍女のメリーが着替えさせてくれたのだと分かるけれど……
 竜王国で開かれた宴会に参加して、それから、それから? シリウスに膝抱っこされながらお酒を飲んで……お酒、あ! そうだわ! く、口移し!
 セレスティナの顔がかぁっと火照った。

 シリウスが飲んでいるお酒が欲しいと強請ったら、口移しでくれたのよね。つい、普通に飲んでしまったけれど、あ、あれ、皆見てたわよね?
 ふわふわ良い気持ちで、シリウスの愛情表現が嬉しくて、そのまま長々ちゅー……。今更だけど、今更なんだけど、シリウスは大人、よね……キスがもの凄くうまいわ。

「セレスティナ様、ご気分はどうですか?」

 恥ずかしさに身悶えていると、可愛らしい子供の声が聞こえて驚いた。周囲には誰もいない。誰も……あ、そうよ、シリウスは? つい、彼の姿を探してベッドの上でキョロキョロしていると、先程の声が再度耳に届く。

「あ、もしかして、マスターを探していらっしゃいますか? 今、シャワーを浴びに行っていますよ。直ぐに戻ってくると思います」

 セレスティナは声の主を目にして驚いた。言葉を発していたのは、なんと妖蛇のペロである。ペロの細長い紫銀色の体が、するりとセレスティナの腕に巻き付いた。

「ペロ? あなた話せたの?」
「はい、マスターに話せるようにしていただきました」

 チロチロと赤い舌を出すペロの頭には、見覚えのない赤い宝石がついている。もしかして魔道翻訳機? そっと赤い宝石に触れると、ペロが笑った。

「似合いますか?」
「ええ、素敵よ。シリウスの作品ね?」
「はい、人語を話せる魔道具だそうです。こうしてセレスティナ様と話せるようになって嬉しいです。で、ご気分はどうですか?」
「ええ、とってもいいわ?」

 セレスティナがそう答えると、ペロが嬉しそうに笑う。

「それは良かった。昨夜はベロベロに酔っ払われて、喉がとても渇いていたようで、マスターに何度も水を強請っていました。喉の乾きはもう大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫、よ?」

 セレスティナは思わず首を捻った。
 シリウスに水を強請る? ハロルドじゃないかしら? そういった雑用をこなしてくれるのはいつだってマジックドールのハロルドだ。なのに今回に限って、何故シリウスなのかしら?
 セレスティナがそう問うと、ペロが無邪気に暴露した。

「ええ、はい。ハロルドが持ってきた水を、セレスティナ様は口移しで飲ませて欲しいと、マスターに強請っていました」

 え……
 ペロの爆弾発言に、セレスティナはピキリと固まった。二の句が継げない。口移しで水を飲ませて欲しいとシリウスに強請った……
 ペロが口にした内容を理解した途端、セレスティナの顔が沸騰する。まるでゆでだこのよう。にゃあああああああああ! 悲鳴を上げなかったのが不思議なくらいである。急ぎ上掛けをすっぽり頭からかぶり、丸まった。
 ど、どどどどんな顔して、シリウスに会えば良いの?

「セレスティナ様?」

 不思議そうなペロの声が聞こえるけど、顔を出す勇気はない。

「わ、私、み、水を飲んで直ぐに寝たの?」
「え? ええ、はい、マスターにいつものように抱っこされて寝ましたよ?」

 怖々セレスティナが問えば、ペロのそんな答えが返ってくる。

「そ、そう……」

 よかった他はやらかしてない。セレスティナはほっと胸をなで下ろすも、ペロの悪意のない二発目の爆弾が投下される。

「そうそう、寝室まで運んでもらったセレスティナ様は、とてもご機嫌で、マスターとまた一緒にお風呂に入りたいと、そうおっしゃっていました。仲が良くていいですね?」

 セレスティナは目の前がふうっと暗くなりかけた。まったく記憶になかったが、やらかし具合が半端ない。
 お風呂……水を口移しで欲しい、なんて強請ったように、もしかして、一緒に入りたいと強請った、とか? 許容範囲を遙かに超えた内容だ。こ、このままもう一度寝れば、夢だったですむかしら……

「ティナ、具合はどうだ?」

 セレスティナが現実逃避に走っていると、シリウスの声が間近で聞こえて、思わずベッドから転がり落ちそうになる。どうやらシャワーを終えて、戻ってきたらしい。

「もしかして、頭が痛い?」

 労るような声だが、顔を出せそうにない。頭からすっぽり上掛けをかぶったまま、セレスティナは、ぶんぶん首を横に振る。体の方はすっきり爽快である。恥ずかしくて悶え死にそうになっている以外は……

「水は……」
「だ、大丈夫よ!」

 声が裏返った。どどどどどうしよう……シリウスの顔がまともに見られない。

「ティナ? 顔を見せて欲しいんだが……」

 シリウスの懇願するような声に負けて、おずおずと顔を出せば、風呂上がりの彼がそこにいた。白銀の髪の天使様……。ふわりと香るのは、やっぱりライムの香りだ。つっとシリウスの指先が唇に触れて、どきりとする。

「……怖がらせたか?」

 シリウスの表情がどこか切なくて、目を見張ってしまう。え? あの……

「風呂場で、その……随分と強引な真似をしたから……」
 ――シリュウ、しゅき……

 そう言われて、ふっと記憶が蘇る。ほんの断片だけれど……
 シリウスの指や舌が体に触れて、とろけるような快楽を味わった記憶だ。好きだと言ってシリウスに抱きついて……瞬時に顔が沸騰する。穴があったら入りたい!

「ご、ごめんなさい!」

 セレスティナは平身低頭謝った。

「ティナ?」
「無茶なお願いばかりして、シリウスを困らせて! あ、あんな真似は二度としないようにするわ!」

 そうよ、お酒に気を付ければ……

「それは寂しいな……」

 シリウスにそう言われて、ふっと顔を上げれば、直ぐ目の前に彼の顔があった。大きく逞しい腕に引き寄せられて、唇を奪われる。優しく柔らかな口づけが、深いものに変わるのはあっという間だった。たちまち夢心地である。
 変よ、本当に変……どうしてかしら? 最近はシリウスにこうして触れられるだけで、体が熱い……
 唇が離れれば、漏れ出るのは熱い吐息で、目を開ければ、青い瞳が自分を見下ろしている。その眼差しはやはりどこか切なげで、惹きつけられる。目が離せない。

「君からのおねだりは嬉しいんだ。成人後でありさえすれば……」

 シリウスのそんな呟きが耳に届く。

「成人後……」
「そう、十八才になってからだ、ティナ」

 忘れるな、そう言って再び唇を奪われる。やっぱり大人の口づけで、シリウスの絡みつく舌にどうしても応えてしまう。溶けてしまいそう……

「時を操りたい?」

 くたりと力の抜けた体をシリウスに預けると、そんな囁きが耳をくすぐった。
 時……そう言われて、星の設計図がふっと浮かんで消える。幾層にも折り重なって存在するそれは、人の知恵など足下にも及ばない。その一端を解き明かしたと思った途端、さらなる広がりを見せ、己の浅知恵を突きつけられるよう。その深みと緻密さに圧倒される。何て素晴らしいんだろう……
 底知れない神秘に感じ入っていると、シリウスの声が聞こえた。

「翼を広げなさい。思う存分。私がそれを手伝おう」

 まるで天啓のよう。
 ティナ、ティナ、私のティナ、愛している。私の珠玉……そう囁いたシリウスに、額に頬に口づけられる。髪を撫でるシリウスの手の感触が心地良い。

 ――簡単に出来りゅお鍋作りゅー。たくさんの人を笑顔にしゅるのー……

 これは、自分の声? ええ、そうね……みんなに喜んでもらえたら嬉しいわ。
 セレスティナの口元に微笑みが浮かぶ。涙が溢れて止まらない。
 好きよ、あなたが好き……
 この手を離さないで? 今のままのあなたでいて? あなたにふさわしい大人にきっときっとなってみせるから。愛しているわ……

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