魔法陣は世界をこえて

浜柔

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第二二話 粘土探し

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 累造は北の草原で粘土探しだ。北の草原に所有者が居るのかルゼに尋ねてみると、農地ではない草原には居ないとの事で、心置きなく探す事ができる。全粒パンにスープの具になっていた干し肉とマスタードを挟んだものを弁当に、朝からお出掛けである。

 魔法で粘土を召喚できれば手っ取り早いのだが、累造の魔法はそこまで万能ではない。場所については曖昧で漠然とした条件でも通用するが、召喚する物質は完全に特定できなければならない。組成の判らない物質を召喚する事はできないのである。
 また、化合物を還元して一部の原子だけを召喚する事もできない。鉄やアルミニウムを召喚しようとしても、自然界に有るのが化合物だけなので、化合物してしか手に入らないのだ。製鉄済みの鉄を召喚するのは他人に迷惑が掛かるので考えない。
 更には、質量の大きな物質も召喚できない。累造も既に金の召喚を試みたが失敗した。召喚可能なのは炭酸カルシウム程度の質量までである。
 その一方で、指定した場所に有るもの一切合切を召喚するのは可能だ。ただ、この方法では何が召喚されるか判ったものではない。
 それゆえに粘土は採取するよりないのである。

 北の草原は傍に森が有るにも拘わらず、木が一本も生えていない。それにはなんらかの理由がある筈で、最も可能性が高いのが地質が粘土質である事だ。
 ただ、粘度が有っても耐熱レンガに使えるかどうかなどは見ても判らない。だから割り切って、考えない事にしている。コンロができる程度の耐熱性があればそれでいいのだ。
 町から十分に離れた辺りで街道を外れ、周りに誰も居らず、どこからも見えないような場所まで移動した。そして、草の殆ど生えていない地面を探して掘り返すと、予想通りに粘土が見つかった。

 粘土は掘り起こすのが少々大変だが、頑張った。
「疲れたぁ」
 頑張ったが、粘土板三枚分程度を掘り起こしただけで限界に近い。インドア派は伊達ではなかった。
 掘り起こした粘土はそのままでは整形できないので水を加えて練る。だが、水の量を間違えた。正確には魔法陣から直接掛けてしまったために加減ができなかった。辺りはドロドロになって、もはや泥遊び気分だ。一気に意気消沈してしまったが、ここで諦めては意味がない。再度粘土を掘り起こして泥水を混ぜて練る。
 その後、粘土板を作成するために用意している三組の板と木枠に粘土を詰め、表面を均した後、少し乾かすために放置する。線を引くと少し水が染み出してくるほど緩かったためである。
「限界だぁ」
 思わず声を漏らしつつ乾いた草の上に腰を下ろした。体力の無さを実感する。弁当のパンを囓りながら空を見上げていると、さやさやとそよぐ風に頬を撫でられる。静かな草原に佇み、ただ風に身を委ねていると、世界に溶けていってしまいそうにさえ感じてしまう。
 青い空は日本で見慣れた空よりも澄み渡っている。流れる白い雲は代わり映えしない。それらを見ている限りはここが遠い異世界だと言う気はしない。ただ、眠気を誘われるだけである。

 暫しの間うつらうつらとした後、累造は起き上がった。
「もう一頑張りだ」
 少しだけ気合いを入れ直し、粘土板がある程度乾くまでの間にボリュームの試験を行う。光の魔法陣を利用した試作は既にできている。鉛筆書きだから合間のような時間でも作成できたのだ。
 水もそうだが、今までの光の魔法陣は最大効率で動作している。ボリュームを使えばその効率を絞れるのだ。魔法陣の消費魔力や出力自体は魔法陣の内容と大きさに依存するため、ボリュームを設ける事は効率を犠牲にする事でもある。しかし、利便性を考えればボリュームが是非とも欲しい。
 ボリュームは、ぴったりと隣接させた時に最大出力となり、離すと出力が下がる。これは、一種の安全装置も兼ねた措置である。光の場合はボリュームを設けるとしても最小効率を三割程度にする予定だが、今回は実験のため零まで下がるようにしている。
 累造が魔法陣を起動し、ボリュームを絞っていくと、最後は光が消えた。光が消えてしまった後は、ボリュームを元に戻しても動作不良を起こしたのか光は消えたままだ。
 再度、魔法陣本体を起動させてみると光が出るようになった。安全装置としては優秀である。今度は、光が消えてしまう前に元の位置に戻す。すると、光が元通りに強くなった。成功である。

 ボリュームの試験をしている間に粘土板もある程度乾き、線を引いた時に水が染み出すような事にはならなくなっていた。
 釘で粘土に線を引いてみる。釘に押し退けられた粘土で表面がガタガタになってしまった。これでは使えない。無かったことにするため、粘土板の表面を均して一息ついた。
 今度は彫刻刀の先で粘土を抉るようにして線を彫っていく。削った粘土を落とさないようにするのは思いの外大変で、予想以上の時間が掛かる。一枚彫り終わった頃には日が傾いてきていた。
 累造はコンロの実験までするつもりだったが、無理だと悟った。粘土を乾かしてからでなければ木枠から外す事すらできないのだ。一日でできる事ではなかった。

 作業を切り上げて帰り支度をする。遅くなってまたルゼを心配させるのは避けたい。問題は粘土板をどうするかだったが、ここに放置したとしてまたこの場所を見つけられるとは限らない。三枚の粘土板は持ち帰らざるを得ない。
「重い」
 粘土板はなるべく水平にして運ばなければならないので背負えない。しかし、抱えているとどんどん腕力と握力が奪われていく。粘土板を真っ直ぐ抱えていては足下が見えないために、時折左右に振って足下を確認する必要があり、余計に体力を消耗する。休み休みでなければ移動できないが、休めば休んだだけ疲れを実感してしまう。
 次第に重くなる身体を引き摺るようにして雑貨店へと帰り着いた時には、既に日が暮れようとしていた。
 そして、帰りの遅い累造を探しに出掛けようと、ルゼが外に出てきた瞬間でもあった。
「累造! 遅いじゃないか!」
 直ぐに累造に気付いたルゼが駆け寄って抱きつこうとしたが、寸前で累造の持っているものに気付いて思い止まった。
 累造の方は息も絶え絶えと言った風情である。
「すみません、これが思ったより重くて難儀しました」
「何だい、これは?」
「粘土板です。火を扱うものは木じゃ作れないので」
「それでこの後、これをどうするんだ?」
「どこかで乾かします」
「わかった」
 ルゼは累造から粘土板を奪い取るとすたすたと納屋へと向かった。そして、納屋の棚に粘土板を並べると、後ろから付いて行った累造に改めて抱きついた。
「あ、あの、ルゼさん? 泥が付いちゃいますよ!」
 累造はあたふたするばかりだ。
「だったら、洗いっこしようか?」
「ええ!? それはちょっと……」
「あんなにあたしの身体を食い入るように見ていたのに、今更遠慮かい?」
「いえ、そう言う事じゃなく……」
「それとも恥ずかしがってるのかい? あたしだけじっくり見られただなんて不公平だと思わないか?」
「あのっ! それはだって! その……」
「あっはっはっはっはっ、冗談に決まってるじゃないか」
 真っ赤になって口をぱくぱくさせる累造の背中を、ルゼは抱きついたままバンバンと叩いた。
「はい……」
 累造に残念に思う気持ちが無い訳ではないが、今は安堵の方が大きかった。
 そしてまたルゼの腕が累造を優しく包む。
「だけど、今度心配掛けたら、お仕置きだよ」
「すいませんでした」
 累造は無意識のうちにルゼを抱き締めてしまっていた。

  ◆

 その夜、累造は悶々として過ごしてしまった。ルゼを抱き締めてしまった感触がいつまでも残っている。ルゼが累造の事を「男の子」とは見ていても「男」としては見ていないのが判るだけに、余計にもやもやしてしまうのだ。
 そして、ルゼが気になって仕方がない。
 尤も、単に累造が男の子なだけであるのだが。
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