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山男が見る世界

【3】はしたない むすめ、ぜん

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 次の日の前刻。

 早朝からヤコアを探す必要の無くなった俺は、かなり深い眠りに付いていたらしい。

 覚醒直後の形容し難い眠気を、俺は無理に取り払おうとはしなかった。


(日は……完全に出ているな。少し寝すぎたぐらいか)


 今日も特に忙しい訳では無い。

 だが山で暮らす俺には、何もしない日など殆ど無い。

 そう思えば自然と頭の霧が晴れ、急速に目覚めて行くのを感じた。


「む……?」


 目覚める中で、一瞬湿っぽい音が耳に止まる。

 それが気になるのと同時か、やや遅れてか。

 俺より先に起きていたらしいフィリが、俺の胸元で背を向け丸くなり、時折震えるている事に気付いた。

 その様子に、昨晩の出来事が閃光のように甦る。

 俺の胸に罪悪感と、不安が広がった。


(やはり、怖かったか? 嫌だったか? 俺を軽蔑したのだろうか?)


 後悔した所で、やった事は覆らない。

 覚悟を決めて声を掛ける。


「フィリ?」

 ビクンッ!


 俺の声に、フィリは小さな身体の全てで驚き跳ねた。

 やはり、そうだな……俺が恐ろしいのかも知れん。


「昨日は、ととのが悪かった。だから……うむ、フィリは、その……したいように、すればいい」

「…………ととの、フィリに、しろい ちっち、いっぱいした」


 心臓が握り潰されているのかと。

 そう錯覚する程に、俺は胸が苦しくなる。

 そんな俺を知ってか知らずか、フィリはぽつぽつと続けた。


「でもな、あれ、ちっちと ちがう。わかる。きたなくない。だから…………わるいの、フィリ」


 いや待て、分からん。

 汚なく無いのが分かると、どうしてフィリが悪くなる?


「……ごめんなさい……」


 いや、うん。分かった。なるほど。

 フィリは俺を恐れていたのでは無く……いや、恐れているから、なのか?

 兎に角、昨日の事をどうこう言っているのでは無く、俺に怒られるのでは、と思ったのだな。

 怒られないよう、昨日の俺を引き合いに出そうとして、しかし上手く出来なかったのか、もしくはそれも悪い事だと思ったのか。

 フィリは本当に賢い。だがな、悪い事をしているのは俺の方なのだぞ。

 フィリの中では無罪らしい俺を、せめてフィリと同じぐらいに悪い、程度までは吊り上げておこう。

 そんな思いで、俺は冗談めかして言った。


「大丈夫だ、フィリ。ととのは怒らん……しかしまあ、ととのもフィリも、ちっちが大好きだな」

「だいすきでは ない!きいろい ちっちは きたないの!」


 怒りと羞恥で、フィリはプルプルと震える小動物のようになった。

 さて、前刻の洗濯には濡れた寝間着二着と、地図の描かれた寝床布を追加しなければ。





 昨日の後刻同様に、フィリと二人仲良く並んでの洗濯。なんとか終わったが、寝床布のせいで時間を取られた。

 前後間の飯には少し早いが、すぐに調理の支度に取り掛かる。今日は山菜と穀物類の粥だ。

 折角天気が良いのだからと、調理と飯は庭で済ませる事にした。

 頑張っている最中のフィリにも目が届くしな。


「ととの~、ここのは せんたくおけ、かたづけるのか」

「うむ、転ぶなよ」

「わかってる~」


 洗濯物を干したり水を捨てたりといった、大きな作業は俺が済ませておいたが、他の小さな作業はフィリが手伝ってくれているのだ。

 洗濯で濡れてしまうからと、予めフィリは裸にしておいた。

 今日も元気に、あっちにテケテケ、こっちにトテトテ。

 何故フィリは一つ一つの動作が可愛いのだろうか。

 元気に弾む髪も、ぽってりとしたお腹も、無性に撫でくり回してやりたい衝動に駆られる。


「かたづけおわった!」

「よくやった。こっちも後は少し待つだけだ」


 戻ってきたフィリを労い、鍋を火から退ける。

 余程飯が楽しみなのだろう。フィリは両手をパタパタさせながら、鼻歌に合わせて腰を左右に揺らしていた。

 妖精か、お前は。可愛いが過ぎる。

 しかし本当に可愛いだけなのか。

 俺はそれを確認してみたくなる。


「フィリ、ちょっと尻を向けてくれるか」

「おう、こうか?」


 フィリはこちらに背を向けると、砂を払ったのか、それとも強調しているのか、小さな尻をぺちぺちと叩いた。


「うむ。すまんが、もう少しよく見えるようにするぞ」


 俺はしゃがみ込むと、その尻を掴んで引く。

 そのまま尻を左右に広げると、肛門が丸見えになった。


「はぇっ!?」


 可愛い尻の穴だ。その下に、ぴっちり閉じたままのスジもある。

 昨晩フィリが自力で湯に浸かろうとした時と、ほぼ同じ光景だ。

 しかしじっくり見てみても、あの時と同じだ。劣情は湧かない。

 尻肉にかぶり付きたい気持ちはあるが、それはフィリの尻が可愛過ぎるからだ。

 同時に、たまたま昨日は性欲に負けた、という訳では無いのも理解している。

 その辺りの諸々は、時間を取って二人で話すべきだろう。俺自身まだ整理出来ていないが、フィリが何も知らないのを利用して弄ぶような真似はもうしたく無い。

 気掛かりなのは、彼女に何処まで理解出来るかだが。


 ふと視線を感じて顔を上げると、フィリが何か言いたげにこちらを見ていた。肛門がピクピクしているのが、その答えだろう。


「飯の前に厠へ行ってこい」

「えっっ??……うん……んん?」


 何かが腑に落ちない様子で首を傾げてから、フィリは厠へと歩いて行く。

 その間に俺は、出来上がった粥を食器によそい、昔作った長椅子を準備。

 フィリ用の小さな食卓を持ってきた所で、本人も厠から戻って来た。


「ととの、て あらう!」

「うむ、偉いぞ」


 浄め用の水樽は、フィリには背が高すぎる。自然と柄杓を持つのは俺の役目だ。

 よく手を洗い、ついでに皮服を着せてから、長椅子に並んで座る。

 食べやすい位置に食卓を調整する間も、既にフィリの視線は粥に釘付けだ。食器が動く度、瞳がそれを追い回していた。


「さあ、食おう」

「おう!」


 元気よく答えると、木製の匙にこんもりと掬って口へ運ぶ。


「最近フィリも肉を食えるようになったからな、あまり柔くしなかったが、どうだ?」

「んむ~、ひょひょお……んぐ。ととの、えらい!」


 どうやら気に入ってくれたようで、言うが早いか二口目を頬張った。

 もっ、もっ、と膨れて動く頬。見ているだけで食が進む思いだが、喉に詰まらせないかが心配だ。


「フィリは芋と粥、どっちが好きだ?」

「このまえくった にく!」

「何が好きかではない。芋と粥……」

「に~く~ぅ!!」


 そんな他愛のない話をしながら、飯を済ませた。



 食器を洗って片せば、食後のひと休みだ。

 フィリと一緒に、長椅子で寛ぐ事にしよう。


(一日中ほとんど隣にいるのに、よく飽きないものだ)


 などと自分に呆れていたのも束の間。残念な事に、長椅子にいたのは可愛い不細工だった。

 眉を寄せ、頬を膨らませ、両手で食卓をベチベチと叩き……全身でその不満を表している。

 食事中の満面の笑みは何処へ消えた。


「どうした? 粥に嫌いな物でも入っていたか?」

「ちがう。ととの、フィリきらいなの いれない」

「それはフィリが好き嫌いしないだけだ。偉いぞ」

「えへへ~!……じゃなくて!」


 食卓をベチン、と強く叩くフィリ。

 誘導に失敗したか。不満顔も可愛いが、俺は笑顔の方が眺めていて楽しいのだが。


「ならば、どうした」

「ん~……」


 口を固く結んで悩む事しばらく。

 フィリは長椅子から降りると、開けた場所まで小走りに移動し振り返った。


「ととの、みろ」


 俺にそう指示すると、鼻歌を交えながら全身をユラユラと揺らし始める。

 腕を上げ下げしながら、俺から見て右に2歩。同じように左へ2歩。

 くるん、と反転し、腰をふりふり。

 また回って俺に向き直り、前屈みになって皮服の首もとを限界までひっぱる。

 服をひっぱるのが魅せ所なのか。鼻歌の高さが少し上がり、全身を揺らしながら俺に期待の眼差しを向けた。

 この世の全ての何よりも可愛い。

 どこでその発想に至ったのかは分からんが、完全に踊りを意識している。


「まるで妖精の舞いようだ」

「よーせー? まい?」

「うむ。人のいない森に住む可愛らしい生き物だ。そしてフィリのように動くのが、舞い。踊りだな」


 フィリは言葉の意味を理解しようとしているのだろう。難しい顔をすると俺から視線だけを外し、

 ぷくり、と怒りの大栗鼠状態になった。

 この答えではお気に召さなかったらしい。


「もっと みてろ!」


 ぷんぷんと鼻息を荒くして服を捲り上げ、腰の所で何やらゴソゴソする、と。

 何という事だ。腰本で服が括られているではないか。俺は教えてもいないのに。天才だ。

 呆気に取られている俺を余所に、フィリはまた踊り出した。

 鼻歌に合わせて腰をユラユラ。後ろを向いてお尻をフリフリ。

 成程、腰に括った服を飾りに見立てるのが、今回の見所なのだな?

 腰を強調する要所要所でフィリがこちらに振り向くが、何故か視線は合わせてくれない。

 それにも何かの意図があるのか? よく分からん。


「……もういい」


 目的を考察している内に、フィリはがっくりと肩を落とし、踊るのを止めてしまった。

 すまない。天才のお前と違い、俺は賢くは無いのだ。

 だが、ひとつだけ言いわねばなるまい。


「フィリ、踊りは凄く可愛かったぞ」

「うん……ありがと」


 不満そうなフィリに、どれだけ可愛かったかを熱弁したい。俺の言葉では表現し切れないだろうが。

 違うだろう。可愛いに流されるな。

 今言うべきは、いくら可愛かろうが、結び目の飾りを自慢したかろうが、人前で自ら下半身を晒すな、という事だ。


「だが服を捲るのは止めるんだ。はしたない」

「はしたない?」

「はしたないというのは……うむ。みっともない、見た目がよくない、大きくなってやったら恥ずかしい。そういう意味だ」

「ん~! ん~! んんん~っ!」


 フィリは顔を真っ赤にし、俺に向けて指差した腕を振り回す。

 いつも気軽にすっぽんぽんに剥く、お前が言うな、と。

 全くもってその通りである。

 だがもう少しフィリが大きくなれば、時々街へも行こうと思う。このままでは駄目だ。


「フィリ、家に入るぞ。今日はこれから勉強だ」


 何故裸ではいけないのか、人前で脱ぐのがどういう事なのか、しっかり教えておかなければ。






 俺は三才児に、何を教えているのだ。

 はしたない事や恥じらいという概念を教えようとしたのだが、俺は説明が下手で、そして捻りを知らなかった。

 どうして恥ずかしいのか、何がいけないのか。

 それを掘り下げて行った俺は、いつの間にか男と女の行為について語る羽目になり、それを幼児に説いている事実に虚しさを覚え始めていた。


「え~と……あいしてる おとこと おんなが、こどもつくる。はだかになるの、そのとき“ぼう”と“あな”で こうび? するため 」

「…………その通り」


 うん、あれだな、死にたい。

 いや、いかんぞ、負けるな戦斧のヨグイ。

 この子の過ちを、きちんと俺が正すのだ。


「ととの、フィリで こども、つくる?」


 畜生、過ちを正すべきは俺だった。

 山神よ、何故俺にこのような試練を与えるのか。

 いや、忘れてくれ山神よ。これは自業自得だ。


「フィリは大人ではない。だから子供も作れん」

「でもととの、きのうフィリに、た~んと こだねだした」

「それは……おい、フィリよ。その意地悪な顔は何だ」

「いじわる? フィリわからん」


 賢いのは良い事だが、良からぬ事に知恵を回すのは良くない事だぞ。

 しかし、この反応。フィリは何処まで理解しているのだ?

 しかし、そうだな。

 昨日犯した過ちをフィリに打ち明ける、良い機会なのかもしれない。

 文字通り自分で蒔いた種だ。


「男は毎日、子種が作られ溜まって行くのだ」

「ん。だからきのう、ふくろおっきくなってた」

「そうだ。子種を出さないと、どんどん溜まって昨日のようになる。昨日よりもっと溜まって溜まって、それでも出せずに溜まり過ぎると」

「ぱんってなる?」

「いや、邪悪な獣になる。二度と人には戻れん」

「…………え?」


 悪戯っぽい顔をしていたフィリが、全く予想していなかった、という素振りで固まった。

 見た事の無い珍しい表情だ。

 賢いとはいえ、やはり子供。

 布を結ぶような芸当が出来ても、こんな当たり前の事を知らないらしい。

 俺が教えた事がないのだから、当然とも言えるのだが。


「他にも厄介なのが、男は子種を出したくても、何か具合の良い穴が無ければ出せん事だな」

「え? え? じぶんの てで なでればいいだろ?」

「自分で触っても何も感じん。穴を使わないなら、女が触った所で同じだ」

「でも……あれ? え? ととの、うそついてるだろ? だってきのう、フィリの“あな”でこうびしてない」


 混乱するフィリに、穴を使わない解消法を伝えようとしてーー

 俺は、止めた。


「うむ、不思議だな。フィリが触っただけで出せそうだったのだ。だから手伝って貰った」


 相手を心から愛しているなら、穴など使わなくとも果てる事が出来る。これが真相だ。

 事実、フィリの幼い体に俺は全く欲情しない。だというのに昨日は勃起し、あまつさえフィリの手で果てた。

 思えば俺が勃起したのは、フィリが嫁に行く姿を想像した時だ。

 娘に嫁に行って欲しく無いなど、父親ならば当たり前の感情の筈。

 だが俺にとってフィリを嫁に出したく無い理由は、家族としてでは無く、フィリを一人の女として愛していたから……フィリに俺の女として、側にいて欲しかったからなのだろう。



 だから、言わなかった。

 フィリはまだ幼く、長い人生の始まりに立ったばかりだ。

 フィリが育ち、愛とは何かを感じ、大人の身体になり。

 そうして自分で見定めた相手と、子を成すべきなのだ。


「フィリ、昨日言っただろう? ととのは悪い男だ。フィリが大きくなってからする事を、それも愛する者とするべき事を、子種を出す為に勝手にやったのだ。何も知らないフィリを使って」

「……でもととの、しかたない。ととのが けものになるの、フィリやだ」


 うぅむ、俺の勝手で精処理に付き合わされた事より、俺が魔の物になる恐怖の方が勝ってしまったか。

 俺がどれ程酷い事をしているか、理解してくれると思ったのだが。

 そう思う一方で、少し安心した俺もいた。

 やはり父親には向かんな。


「……大分話が逸れたが、愛する者以外に大事な所を見せるのは駄目だ、という事だ」

「はしたない、だからな!」

「ん? うむ、そうだ」


 やたらと威勢の良い物言いに、何かが引っ掛かる思いがした。

 だが、フィリが外を指差した事で些細な違和感は吹き飛ぶ。


「ととの、ごはん!」

「おお!? もう夜刻に入っていたか!?」


 何という事だ。飯の準備も急がねばならんが、今日は仕事どころか干した洗濯すら取り込んでおらんぞ。
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