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5.ここからは、ひとり
しおりを挟むグランガルド王国に向け、ファゴル大公国を出立したのは十日前のこと。
クルッセルの街を出て、途中の街々で停泊する以外は、ほとんど馬車の中で過ごしたが、王都まであと一日というところで、周辺の街々で熱病が流行っているという噂を聞きつけ、足止めを食らってしまう。
仕方なく、ぐるりと大きく街を迂回しながら進み、王都に到着したのは謁見日前日のことである。
それから手続き等に時間を要し、王宮入りしたのは何と、謁見日当日の早朝だった。
立場上難しいだろうとは思っていたが、やはり、自国から連れてきた侍女や護衛を随従させることはできず、手続きの承認がおりるや否や、別れの挨拶もそこそこに引き離されてしまった。
――グランガルドを宗主国と仰ぐ、四つの従属国に勅令が発せられたのは、約一ヶ月前。
先王が身罷り、次代の王に選ばれたクラウスが、戴冠式を終えた直後のことである。
王宮へ到着した順に拝謁が許されるとのことで、謁見日の当日早朝に王宮入りしたミランダは、本日最後の三番目。
本来であれば、ミランダを含め四人いるはずだが、最後の一人は王都手前で熱を出し、療養中らしく、未だ王宮入りできていないようだった。
『未婚の子女』とあり、男女問わずの内容ではあったが、実質的な人質に、わざわざ王子をあてがう国などあるはずもなく、また王女のほうが先々生き残る見込みも高いことから、「謁見の間」隣室に設けられた控室に座していたのは、すべて女性であった。
しばらくして謁見の準備が整い、一人目が王宮騎士に連れ出される。
なんにせよ早く終わって休みたいと、身体を預けるようにしてソファーにもたれながら、ミランダが目を瞑っていると、突然ざわめきと怒号が飛び交った。
カァンと二つの金属がぶつかり合う音が聞こえ、そのうちの一つが床に落ちたのだろうか、控室まで反響する。
騒然としているため話の内容まではよく分からないが、国王に拝謁していたはずの、先程連れ出された女性が何かを叫び、その後斬られたようである。
断末魔のような叫び声の後、王宮騎士や衛兵達がバタバタと慌しく行き来をする足音が続き、半刻程で静かになった。
程なくして恐怖で震える二人目が呼ばれ、また同様に王宮騎士に連れ出される。
今度は、甲高い悲鳴が謁見の間から控室まで、細く長く届いた。
続いて、何か重さのあるものが、ドサリと落ちる音が壁越しに聞こえる。
またしても、王宮騎士や衛兵達がバタバタと慌(あわただ)しく行き来し、しばらくして静かになった。
(一体なんなのよ……)
不穏な気配に、疲労で気怠い身体を起こし、いっそこのまま走って逃げてやろうかと考えていたところで、三人目のミランダに声がかかり、王の御前へと否応なしに引き立てられる。
謁見の間に入るなり、ミランダはピクリと目尻を震わせた。
一人目のものだろうか、室内中央、ちょうど跪くであろう場所に、大きな血溜まりがある。
二人目はこれを見て、失神し、血溜まりに倒れたのだろうか。
斜め四十五度、前方に伸びる形で、派手に血しぶきが飛んでいる。
控室からミランダを連れ出した王宮騎士は、まるで敗戦国の捕虜のような扱いで腕を掴むと、王の前に力任せに跪かせた。
少し離れた場所には、クルッセルに停泊する際、先に王宮へと急がせた貢納品が積まれている。
(斬るなら斬ったで拭きなさいよね)
温度を失くした血溜まりの中、簡素なドレスが鮮やかな朱色で染め上げられる。
ドレスの袖が血に浸るのをものともせず、ミランダは平伏した。
「面を上げよ」
貢納品を携え、ドレスを朱に染めながら平伏するミランダを玉座から見据え、グランガルド王国の新王クラウスはゆったりと足を組む。
鋭い目つきと厳めしい面差しが相まって、強国の王にふさわしい威圧感が漂う。
ミランダは顔を上げ、真っ直ぐにクラウスを見つめると、凛とした声で口上を述べた。
「ファゴル大公国、第二大公女のミランダ・ファゴルが、陛下に拝謁いたします」
――空気が、変わる。
玉座から無感動な視線を向け、頬杖を突いていたグランガルド国王クラウスは、不快そうに眉間へと皺を寄せた。
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