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29.諫言耳に逆らう

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 『討議室』は連日に渡り、深更まで灯りがともる。

 最早お馴染みとなった、中二階にある立入禁止の休憩所では、ザハド差し入れの御茶菓子を片手に、ミランダが寛いでいた。

 「……陛下に知れたら、怒られますよ」

 休憩時間にザハドが訪れ、チクリと釘をさすが、ミランダはどこ吹く風。

 まったく意に介する様子が無い。

「諫言耳に逆らうとは、このことですね」

 そんなミランダを目に留め、うふふと笑い声を漏らすシェリルに、ザハドは眉根を顰めた。

「……随分と仲が宜しいのですね」

 慎み深く、普段は感情を表に出さないシェリルが、それはそれは楽しそうに微笑む姿に、これまでの委細を承知しているザハドが驚いて視線を向ける。

 そもそも前回が特例であったのに、護衛騎士を通じて水晶宮に呼び出され、結局ミランダに押し負けてしまった。

 さらにはミランダだけでなく、シェリルまで一緒だという。

「護衛騎士のロンに詳細を確認するよう伝えたのに、まったく要領を得ないんだもの。それに陛下は、『心配事があればザハドに相談をしろ』と仰ったわ」

 陛下の指示なので、これは仕方のない事だったのですと、ミランダは嘯く。

「百歩譲って、大人しく見聞きする分には差し支えございません。……ですが、間違っても下には降りてこないでくださいね」

 本来であれば許可すべきではないのだが緊急事態であり、今後の状況によってはファゴル大公国に援軍を要請する可能性もあるため、特例として認めたものの、何をしでかすか不安で仕方がないザハドは、繰り返しミランダに念を押す。

「シェリル様、後生ですから。頼れるのはシェリル様だけです」
「ふふふ、閣下は心配性ですね。お任せください。お約束は守ります」

 微笑みながら約諾したシェリルにやっと安心したのか、だがミランダには再度念押しし、ザハドは戻っていく。

「……次からは追い返しなさい」

 追い返すなどと出来ようはずもないのだが、小言の止まないザハドに辟易し、扉口に立つロンに命じると、ミランダは再び『討議室』へと目を移した。


 ***


 四大国の一つであるインヴェルノ帝国が、グランガルドへ向けて進軍したとの一報を受け、諸侯らが招集される。

 前回の王国軍事会議とは、比にならない程規模は小さいが、国の一大事に議論は熱を帯びた。

 グランガルドの北西に位置するインヴェルノ帝国。
 強権的な軍事国家であり、ひとたび戦火を交えれば、女子供問わず蹂躙するその残虐さは枚挙に暇がない。

 インヴェルノの大軍が、国境まで到達するのは、およそ六日。
 そしてそこから南下し、グランガルド王都に辿り着くまでは、約八日である。

 だが今回、インヴェルノの本隊が二つに分けられ、第一陣として、機動力のある騎兵隊が先駆けて王都へ進軍したとの報告も入っているため、第一陣が国境まで到達するまでの猶予期間は、その半分と見てよい。

「第五王子率いる第二騎士団は、引き続きジャゴニ侵攻を進めます。陛下とワーグマン公爵は、第一騎士団及び残りを引き上げ、グランガルドへと向かっていますが、とても間に合いません」

 伝令を受け、第四騎士団の騎士団長ジョセフ・クローバーが状況を説明する。

「では、どうする。このままでは帝国軍が王都へと雪崩れ込むぞ」

 ヴァレンス公爵の言葉に、諸侯達がどよめいた。

「我々第四騎士団が明日にでも王都を発ち、インヴェルノの第一陣を食い止め、時間を稼ぎます。その間、第三騎士団は王都の守りを固め、諸侯達は各領地にて可能な限り募兵、もしくは今回懲役義務を免れた三十歳以上の男性を対象に徴兵してください」

 淀みなく話すジョセフに、数年前まで総騎士長の任に就いていたアシム公爵が口を挟んだ。

「火急の事態だが、第四騎士団は既に出征する準備が整っていると?」
「本件の第一報がもたらされたのは二日前。いつ如何なる時も、王国のため戦う準備はできております」

 その言葉に、ワーグマン公爵から臨時で第三騎士団を預かったヨアヒム公爵の眉がピクリと動く。

「だが第一陣で足止めを食らっている間に、本隊が到着すれば、第四騎士団はひとたまりもない」
「……帝国軍の精鋭部隊はアルディリアと長く交戦中のため、陛下不在の間を狙った帝国軍本隊は、実戦経験が乏しい動員兵が主となり構成されているようです」

 ジョセフはさらに畳み掛ける。

「圧倒的な数の前に敗れるのであっても一矢報いたく、どうか第四騎士団出征について許可願います」

 その言葉に、アシム公爵とヴァレンス公爵が視線を交わす。
 難しい判断だが、時間を稼ぐ必要があり、王都を戦場にするわけにはいかない。

「……出征を、許可する」

 退役済ではあるが、その経歴から今回の軍務に係る責任者を任されたアシム公爵が、第四騎士団の出征を許可すると、ジョセフは「明朝までに間に合わせます」と頭を下げ、足早に退室をした。

 だが、その様子を休憩所から眺めていたミランダは、胸騒ぎを覚え、ふと呟く。

「どうして、帝国軍の構成をご存知なのかしら……?」

 シェリルを見遣ると、そういえばそうですね、と首を傾げる。

 嫌な予感が拭えないまま閉会となり、水晶宮に帰ってもなお、ジョセフの一言が頭から離れなかった。


 ***


 そして第四騎士団が出征した数時間後。「帝国軍ではなく、クラウス率いるグランガルド軍に向け進軍を始めた」との急使が駆け込み、王宮内は再び騒然となったのである。







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