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35.それぞれが、それぞれに。
しおりを挟む王都のメインストリートから少し距離のある奥まった路地に、寂れた一軒の宿屋がある。
十番街の宿屋『エトロワ』。
有事の際、活動拠点を担うこともあるこの宿屋は、王家直属の連絡役を兼ねた騎士が、常に三人体制で控えている。
地下通路から現れた二人の衣服に、失血死相当量の血がべったりと染みていたため、『ファゴル大公国の第二大公女を国元へ返す』と命じられていた三人は、刺客にでも襲われたのかと青褪めた。
心配する騎士達に、返り血だから治療は必要ないと説明すると、それならばせめて着替えをと、宿屋に置いてある少年用の服を勧めてくれる。
その申し出をミランダは固辞し、水に浸した布で、顔にこびり付いた血だけを拭うと、一刻を争うからと前置きして早速本題へと入った。
「それで? 伝令はすべて始末したから、ガルージャの進攻について陛下はご存じないと、そう言ったのね?」
第四騎士団の息がかかった運び役が、今際の際に吐き捨てた言葉。
状況を鑑みると虚勢とも思えず、さてどうしたものかとミランダは思考を巡らせる。
「今回、帝国と内通したのは、騎士団長ジョセフ・クローバー率いる第四騎士団。ガルージャと内通したのは、ホレス・ヘイリー侯爵で、今現在二人は手を組んでいるという理解でよろしいかしら?」
大公女を国元へ返すという連絡以降、王宮からの指示が途絶えていた三人の騎士達は、ミランダの言葉に動揺を隠せず、不敬と知りつつ身を乗り出して問いかけた。
「……殿下、我らは今王宮がどのような状態なのか、また帝国とガルージャがどのような動きをしているのか、詳細を把握できておりません。大変恐縮ではございますが、ご存知の内容をすべてご教示いただけますでしょうか」
騎士達の言葉にミランダは頷き、現在までの状況を知りうる限り事細かに説明すると、ロンがその内容に補足をした。
「第三騎士団が王都を発った今、潜んでいたヘイリー侯爵の手の者が、手薄になった王宮内で反乱を起こしている可能性が高いです。殿下の安全を第一に考えれば、このまま騎馬で大公国に向かうのが得策です」
ロンの言葉に、その場にいた三人の騎士達が、賛同するように深く頷く。
予想通りの反応に、ミランダは深く長い溜息をつくと、有無を言わせぬ口調で四人に告げた。
「状況が変わりました……大公国へは帰りません。ロンが始末した運び役の言う通り、このままだと第四騎士団との交戦中に、ガルージャから背後を急襲され、グランガルド軍は最悪全滅です」
後背に敵軍がいるかいないかで、布陣も変われば、戦術も変わる。
ミランダの言葉に、三人の騎士達が顔を強張らせた。
「グランガルドへの到達時刻や兵数など……ガルージャの詳細について、王宮内の反乱軍であれば情報を持っているかもしれません」
アサドラ王国のレティーナ王女に渡した情報は、狙い通りにガルージャへと漏れ、王宮内に連絡役がいることを確信させてくれた。
そうであれば、逆方向に、外部からの情報も王宮内に入ってきているはずなのだ。
「三人のうち、一番馬術に長けている者が、技術者の街クルッセルに向かいなさい。途中まで道が補正されているとはいえ、連日の雨による悪路……至る街々で、交換用の馬をこまめに補充する必要があります」
これで足りるかしらと、身に着けていた宝飾品と、胸元に隠していた仕込み簪を取り出し、机上に置いた。
「手持ちがなくて申し訳ないのだけれど……これは馬代の足しにしてください。今から馬で向かえば、南下してきた帝国軍と鉢合わせせず、二日かからずクルッセルへと到着します」
この簪を領主に見せれば、間違いなく私からの使者だと気付くはずです。
「クルッセルに、大陸有数の土木チームがあります。その中で騎馬出来る者を二~三名、最高級の宝飾品を携えて、大至急王宮に向かうよう伝えてください」
ガルージャの大軍と衝突するまでに、クルッセルの土木チームに会いたい旨を伝えると、一人の騎士が頷いた。
その後ミランダに向かって一礼をすると、先程の宝飾品と簪を受け取り、クルッセルに向かうべく早足で部屋を後にする。
「私はこの後、すぐ地下通路を引き返し、グランガルド王宮へと戻ります。一名はこの場に残り、もう一名は護衛として随行しなさい」
三人の騎士に命じた後、ミランダはひとつ息をつき、ロンに向き直った。
「そして、クラウス陛下へ、ガルージャの進攻について早馬を飛ばし報告を。……ロン、お前が行きなさい」
「えっ!? い、嫌です!」
てっきり自分も護衛として随行するものとばかり思っていたロンが、驚いてミランダに食って掛かる。
「お願いします! 俺は殿下の護衛です!」
頭を振って必死に抗うが、ミランダは拒否をすることを許さなかった。
「この中で一番信頼のおける者に頼みたいの。第四騎士団の裏切りによって、もし正しい情報が取捨出来ないような状況に陥っていたとしたら、それはとても危険なことでしょう?」
あなたにしか、頼めないの。
そういうと、窓際に置いてあった短剣を手に取り、鞘から抜くと、自分の髪を一房切り取った。
「必要であれば、これを渡しなさい。何か聞かれたらミランダに遣わされたと、そう言うのですよ」
そのまま落ちていた組紐で固く縛り、小さな紙に包むと、ロンの掌にそっと握らせる。
「いい? ガルージャが足元まで迫ってきていること、第四騎士団が裏切り、第三騎士団が向かっていること。そして後もうひとつ……これだけは絶対に忘れず伝えて欲しいの」
最後は声をひそめ、ロンにしか聞こえないよう小さく小さく囁いた。
ロンはしばらく、拒否するように頭を振っていたが、こうなったら最後、聞き入れては貰えないだろうと懇願する言葉をぐっと呑込む。
堪えるように、険しく眉間に皺を寄せながら、ミランダの髪を胸元へと大切にしまい込んだ。
「すべてを終えたら、必ず殿下の元へ戻ります。どうかそれまで、ご無事で」
つい数刻前、地下通路に入った時とはまったく違う面持ちで、告げる言葉に力を感じる。
「……さぁ、戻りましょう」
馬で駆けてゆくロンを見送ると、ミランダは護衛を一人連れ、再び王宮に続く地下通路へと向かった。
打つ手は少なく、持ちうる手駒も尽きかけている。
だからこそ、悪手を重ねてでも妙手を見出し、最善手へと繋げていくしかないのだ。
ひとつひとつ退路を塞がれ、万策尽きかけた今だからこそ。
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