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5. 諸々ゴクリ、飲みこんで
しおりを挟む「なので、俺が買わせてもらった」
「――え?」
「聞こえなかったか? 俺が、お前を買った」
その言葉に、ナタリーは信じられない思いでルドルフを見つめた。
「弟とセットで買ってやる。俺は成金平民だからな、強欲なんだ」
「……ッ!!」
弟と、一緒にいられる――?
せり上がる涙で景色が歪む。
いつ二階から降りてきたのだろうか。
扉の隙間から固唾を呑んで見守っていたロイが、室内に飛び込んできた。
「ごめんなさい! 僕が昨日しゃべっちゃったの!!」
泣き出した姉の姿に驚いたロイは、ナタリーに飛びついた。
「ごめんなさい! ごめんなさいッ!!」
「……いいのよ。謝らなければならないのは、むしろ私のほうだわ」
こぼれ落ちる涙を拭いて居住まいを正し、ナタリーはルドルフへと向き直った。
「お皿の件、大変申し訳ございませんでした。申し開きのしようもございません」
「もう終わったことだ。俺は気にしていない」
頬杖を突きながら自分を見つめるその表情は、困ったような、少し申し訳無さそうな……ナタリーの知っている優しい彼のもの。
「……ッ。自分達だけでは何もできませんでした。お役に立てるよう、精一杯仕えさせていただきます」
「ん? 仕える!?」
「はい、買われた身ですので……」
何を驚いているのか、目を大きく見開いたルドルフの肩に、先ほどの大きな衛兵がポンと手を置いた。
「兄さん、こんな若い子に何をさせる気?」
「お、おねえぢゃ、がんばっ……て………」
ザックからは咎めるような眼差し、ロイからは応援するような眼差しを送られる。
溜息をついてルドルフが順番に睨むと、怖かったのか、「ふ、ふぎっ」と小さく叫んでロイが泣き出してしまった。
「あーあ、こんな小さな子に」
「俺のせいか!? なんなんだまったく……まぁいい。成人するまでの後見も、ついでに俺が付いてやる」
「ありがとうございます……ッ!!」
堰を切ったように泣き出したナタリーへ、同じく涙でグシャグシャのロイが、庇うようにギュッと抱き着いた。
「せいぜい姉さんを守ってやれ。お前達の保護者になったからには、厳しくいかせてもらう。貴族様であっても、容赦はしない」
照れ隠しなのか、威張り始めたルドルフ。
もはや敬語を使う気も無いらしい。
「あんなことを言ってますが、弟四人を甘やかしまくっていますので、大丈夫ですよ」
「まぁ、そんなに御兄弟がいらっしゃるのですね!」
「ちなみに俺は次男です。……あれ? そういえば身売り分のお金を建て替えたのは俺だから、ナタリー様に色々してもらえるのは俺ってこと?」
何かに気付いたようにザックが首を傾げ、まじまじと無遠慮にナタリーの顔を覗きこんだ。
「そういえば、すごい可愛い……! はじめまして、ザックです。王都で衛兵をしていますが、そこそこお金持ちです!!」
元気に自己紹介をされるが、ナタリーはこの状況でどう答えたらよいか分からない。
「ダメだ」
「珍しく兄さんが肩入れすると思ったら……そういうこと」
揶揄うザックをギリリと怖い顔で睨みつけ、ルドルフは肩に置かれた手を払った。
「チッ、余計なことを。分かったらさっさと支度をしろ。すぐに出発だ」
慌てて荷物を取りに、二階へ上がるナタリーとロイを見送りながら、ザックはルドルフに小声で耳打ちした。
「伯父とやらが、両親の馬車に細工をした話は?」
「その件を表に出す気はない。これ以上、傷付く必要もない……俺達は、何も知らなかった」
「では、揉み消す方向で」
地獄の沙汰も、金次第。
そうしてナタリーとロイは、ルドルフ宅へと引き取られたのである。
***
あの後、ルドルフが住んでいた家だと手狭なため、広い庭のある屋敷へと引っ越した。
「なんでお前までついてくるんだ……」
「いや、色々心配で」
面白がってついてきた次男のザックに肩車をされ、以前のように元気を取り戻したロイが、嬉しそうにはしゃいでいる。
暇を出した執事まで雇い入れてくれた時には、ナタリーは感激のあまりルドルフに抱き着きそうになってしまった。
そして今、ナタリーは学校にも通わせてもらい、毎日の出来事をルドルフに報告するのが日課となっている。
「で、どうだ? その、学校に気になる令息とかはいたりしないのか?」
もごもごと言い淀むルドルフがおかしくて、ナタリーはプッと吹き出すと、小さく手招きをした。
「ん? どうした?」
不思議そうに身体をかがめたその耳元へ、そっとささやく。
「……ルドルフ様より素敵な方はいらっしゃいません」
途端にカッと顔を赤らめ、目を泳がせる御主人様……ルドルフ。
「それ、わざとでしょ?」
ザックが笑いを堪えながらナタリーに歩み寄り、問い掛けると、以前の姿が嘘のように晴れやかな笑顔で「さぁどうでしょう」とうそぶいた。
「おい、お前ら近いぞ」
二人の距離にムッとして、離れろと威張り散らすルドルフに、どっと笑いが起こる。
「兄さん、うるさい男は嫌われますよ。……それでは皆さん、準備はよろしいですか?」
今日は、ルドルフの二十四歳の誕生日――の、前祝い。
誕生日パーティーを一週間後に控え、ただ集まってワイワイしたいだけのザックが乾杯の音頭を取る。
その場にいた者は皆笑顔で、手元のグラスを高々と掲げ――、そして。
諸々ゴクリ、飲み込んだ。
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