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第二十四章『黄金の博兎』
【6】
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階段を降りると、おなじみとなったスロットが姿を見せる。
「さて、運試しだ」
順番にスロットを引いていく。一度目は全員が行動に支障のないデバフを引いた。しかし、二度目はそうもいかなかった。
シン、ミルト、ティエラ、ユズハがそれぞれ全ステータス半減、魔術スキル封印、武芸スキル封印、HPMP半減というデバフを引いてしまったのだ。
「これはきついな。一気に体が重くなった」
全身に重しでも乗ったような感覚に、シンはちょっとまずいなと思った。装備で多少は補えるとはいえ、半減は大きすぎる。
最終エリアで出てくるボスは、レベルもランダムだ。シンが大きく弱体化しても倒せないというわけではない。しかし、今までと同じ戦い方というわけにも行かなくなった。
「僕やティエラちゃんもきついよ。魔術と武芸、片方が完全封印されてるから複合スキルも使えないし、戦略の幅も狭くなっちゃう」
「私も、体から何かが抜けていく感じがして気分が悪いわ」
腕を組んで顔をしかめるミルト。ユズハも弱体化の感覚が嫌なようで毛を逆立てていた。
「これが仕組まれたものじゃないなら、ちょっとまずいな」
総合的な戦闘力が、かなり下がっている。フルベガスのユズハのことを聞くまでならこれも運が悪かったで済ませられるが、聞いてしまってはそうも言っていられない。
「とりあえず、次の階層に進もう」
スロットのあるエリアに長居はできない。次の階層がどういうエリアか確認するために、シンたちは階段を降りる。
「一階層みたいなタイプならいいんだけどな」
そうつぶやきながら、足を進める。三階層に入ると、まず目に入ったのは石でできた壁が一直線に伸びている光景だった。
「迷宮タイプ、かな?」
「たぶんな。似たようなのに当たったことがある」
迷宮タイプは文字通り入り組んだ迷路を進んでゴールである階段にたどり着けばゴールというもの。罠の多いステージで、水が吹き出して濡れる、たらいが落ちてくるといった悪戯のようなものから、落とし穴や壁から飛び出す矢などのオーソドックスなものまでその内容は千差万別。フルベガスの生成するダンジョンの中で、一番出てくる確率が高いと言われていた。
「ここでアシュマンドがでてたら厄介だったね」
「そうだな。でも、他にも面倒なやつはいるし、油断はしないようにな」
「もちろんだよ。でも、シンさんもいつもの調子で前に出すぎないでよ? 装備の補正があるって言っても、ステータスは僕より弱くなっちゃってるんだから」
「わかってるさ。相手にもよるが、正面からやり合うのはきついやつも出るだろうしな」
言われなくとも、と思うシンだが多少どころではない弱体化なのでどこまで戦えるのかわからない部分も多い。
スロットによるデバフでステータス半減は、古代級の装備をつける際のステータス不足によるペナルティの判定外なのでマイナス補正は発生していない。その御蔭で装備補正はミルトより高い。しかし、いくら装備が良くてもステータス半減はあまりにお大きい。現状ではシンよりもミルトの戦闘力のほうが高かった。
ギギラティスやバージスパイダーを倒したように、正面から叩き伏せるという戦い方は難しいのはシンも承知している。
「私が前に出ます。シンは後ろから援護をお願いします」
「それしかないか。了解だ」
罠の感知にもステータスは影響する。今のシンでは見破れない罠も出てくるのでシュニーに任せることにした。もともとシュニーのメインジョブであるくノ一は戦闘もできる斥候職といっていい。罠の感知にも職業補正がつくので、こういったステージでは一番輝く存在だ。
ちなみにシンのメインジョブである侍には罠感知に関する補正はない。シンがシュニー以上の感知能力を発揮できたのは、上限突破の高ステータスによるゴリ押しである。
「この狭さだと、射線を通すのが難しそう」
通路を歩きながら、ミルトと会話していたティエラが天井や左右の壁を見ながら言った。草原と違い、動ける範囲が限られているのでシンたちを避けて矢を射るには難易度が上がっている。
「味方が敵と重なりやすいからね。こういうときは、あらかじめ合図を決めておいたほうがいいんだけど、どうしようか」
「ステータスが半減してなきゃ、こっちで避けるって言えるんだがな。とりあえず、撃つぞってひと声かけてくれればいい。シュニーとミルトはどうだ?」
「問題ありません」
「僕もそれでいいかな」
敵と戦力差があれば声を掛け合うのもいいが、デバフによってその余裕はなくなりつつある。シュニーは飛んでくる矢を察知して避けるくらいは簡単にやるだろう。シンも察知するまではできるが、かわせるかと言われると今のステータスでは心もとない。
一言あれば、その余裕も生まれるはずだった。
「罠が多いのはシンの話でわかったけど、モンスターはどうなの? 上の階層で出てきたようなモンスターだと、全部倒さないと進めなさそうだけど」
「ティエラの心配はまさにそれでな。アシュマンドは、むしろこういうステージで出てくるやつなんだ」
草原で出たのは単純に運が良かったのか、フルベガスによるものか。フルベガスによるものだとしても、もう同じことはないだろう。シンの勘だが、このステージでは本当に運が試されると思っていた。
「あれを全部倒さないといけないなんて、考えたくないわね」
「そうだねー。あれがいっぱい出るダンジョンは全てのモンスターは隠蔽能力を持った暗殺ダンジョンなんて言われたよ」
「そんなのがあるんですか……」
隠蔽能力の厄介さを身を持って味わっているだけに、そんなダンジョンには行きたくないとティエラは身を震わせる。話を聞いていたレトネーカも顔色を悪くしていた。
プレイヤーの評判も悪かったので、シンも気持は良くわかった。
「止まってください。罠です」
すでに何度目かもわからないシュニーの警告に、シンたちは足を止めた。どうやら避けて通るのは難しいタイプのようだ。解除をシュニーに任せ、シンたちは通路の前後を警戒する。
罠は直接ダメージを与えるタイプが一番多いが、足止めや転移などの妨害をしてくるタイプも少なくない。
「後ろから来る気配はないな」
「ここで来るのが一番面倒だからね」
罠を解除しているところを狙ってくるモンスターもいる。このタイプのいやらしいところは、罠も避けて通れない、または解除そのものが難しいというパターンが多いことだ。モンスターに押されて下がると罠を発動させてしまって全滅、なんてことは珍しくなかった。
「終わりました。進みましょう」
シュニーに促され、シンたちは先に進む。しばらく進むと一本道だった通路が二手に分かれていた。
「どっちにいく?」
「正解のルートを示すような目印は……ないな」
まれに正解のルートを示す目印、兎の印が掘られていることがあるのだが今回は見当たらない。あったらラッキー程度の感覚なので、ないならないで進むだけだ。
「勘しかないか。シュニー、頼んだ」
「私ですか?」
このダンジョンに来てから一番運がいいのはシュニーだとシンは思っている。ステータスで設定した幸運値が高いのもあるだろうが、行動に支障が出るようなデバフをほとんど受けていない。
少なくとも、自分が決めるよりもいいだろうとシンは思った。
デバフの内容という意味ではレトネーカもそうだが、さすがに行き先を決めさせるのは酷だろうと選択肢からは外している。
「当たり外れは気にしなくていい。誰がやっても結果はわからないからな。ただ、現状一番幸運なやつがやったほうがいいと思うんだ」
「わかりました。幸運を祈っていてください」
シュニーは通路に立って左右の道を見比べる。シンには違いと言えるものは見当たらない。ステータス半減の影響か、通路の先にも感じるものはなかった。
一分ほど考えて、シュニーは右の通路を選ぶ。
「よし、ならそっちに進もう」
シュニーを先頭に、通路を進む。相変わらず罠は多いが、シュニーの探知能力で事前にわかるので攻略は安定していた。
「調子はどうだ? 疲れを感じたら言ってくれよ」
「このくらいなら平気です。むしろ、いつもより調子がいいくらいですね。これのおかげでしょうか」
そう言って、シュニーは左手を胸の前に持ってくる。薬指には、シンが作った指輪が鈍い輝きを放っていた。
今朝、朝食前にシュニーにこっそり渡したのだ。試作品であり、このダンジョン内限定のものではある。しかし、それでもシュニーはとても喜んでくれた。嬉しさのあまり抱きしめられ、体格差のせいで胸の中に顔を押し込められたのは良い思い出である。
調子がいいのは、装備としての指輪の効果だけではないだろう。
「じー」
そんなシュニーとシンを後ろから見てくるのはミルトである。朝食をとる際にシュニーの指輪に真っ先に気づいたのは、ミルトだった。
食事の時も心話で聞いてきただけで皆に聞こえるように声に出したりはしなかった。とはいえ、思うところはあることくらい、シンもわかっている。
「いいなぁ」
羨ましい。言葉にしなくてもわかるくらい、ミルトの視線はシュニーの指輪に注がれていた。
「チョットシタ、試作品ダヨ」
「めちゃくちゃ棒読みだー」
茶化すわけにもいかないので、シンは指輪の次に自分へ向けられた視線から逃れるように明後日の方向を向いて喋る。自分でもわかるくらい、わざとらしい声だった。
「試作品なのは本当だぞ」
「それなら量産もできるんじゃないの?」
「したら絶対同じ場所につけるだろ」
「そうしたいのは山々だけど、まだシュニーさんの許可が出てないから」
ミルトはシュニーの方を見ながらいう。シンもシュニーを見ると、ニコリと擬音が聞こえそうな笑顔を向けられた。表情は笑っているのだが、こころなしか冷たさも感じる。
どうやらシュニーとミルトの間ではすでに格付けが完了しているらしい。
「あれ? 俺の意思は?」
「僕のこと嫌い?」
「その質問は卑怯だろ」
あざとい仕草で聞いてくるミルトに、シンは顔をしかめる。好き嫌いの二択を迫られて、嫌いと言えるわけがなかった。
正確だって悪くないのだ。出会う順番次第では、そういう相手になっていてもおかしくない。
しかし、今はシュニーが一番なのだ。単純な装備としてならともかく、特別な意味を持つ指輪を送るわけにはいかない。
「この話はここで終了だ。まずはダンジョンをクリアするのが先」
「わかってるよ。言ってみただけ」
そうは思えないんだよな、と思いながら、シンは離れていくミルトを見送った。ミルトが魅力的なのはわかっているし、引かれる自分がいるのもわかる。だが、来る者拒まずなんてできるほど、自分は器の大きい人物でないこともわかっていた。
「あまり、隠さなくなりましたね」
「そうだな」
シュニーもミルトがシンに好意を寄せているのは知っている。むしろ、シンより早く気づいただろう。最初はそれほどでもなかったが、今ではすぐにわかるくらい言葉と態度で示していた。
「悪いやつじゃないんだ。ただ、な」
いくらミルトが魅力的でも、シュニーがいるのに手を出す気はない。元の世界に戻ることも決まっているのだ。倫理観をこの世界準拠にするわけにもいかない。
「……私は、構いませんよ」
「シュニー?」
まさかそんな事をいってくるとは思わず、ミルトに向けていた視線をシュニーに向ける。
「誰がそばにいても、私が一番だということは変わりません。シンの視線が誰に向けられても、最後は私に戻ってきますから」
シュニーの表情は、圧倒的な自信に満ちていた。
その輝きに、思わず見惚れてしまう。
「っ! まさか、シュニーからそんなセリフが出てくるとは思わなかったよ」
呆けていた事に気づいてハッとする。ミルトのこともOKだと取れる内容にも驚いたが、そう言えるだけの魅力をシュニーが持っているのも事実だった。
シュニーの言う通り、どれだけ魅力的な相手と出会っても、最後はシュニーを選ぶだろうとシン自信が納得するしかない。
「ほらほら、いちゃついてないで先に進もうよ。ティエラちゃんたちが近寄れなくて困ってるよ」
いつの間にか、ティエラたちの方へ言っていたミルトが戻ってきていた。
「いや悪い。ここまで順調だったから、少し気が抜けてたな。ここからは真面目にいく」
「そこは僕も人のことは言えないんだけどね」
警戒を怠っていたつもりはないが、気の緩みがあったのも事実。シンは意識を切り替えてダンジョン攻略に集中することにした。
「ねぇ、シン。この迷宮タイプって、どのくらいの広さがあるの?」
「それもまた運次第。聞いた話だと、一直線の通路がそのままゴールに繋がってたってこともあるらしい」
「それって迷宮とは言えないんじゃ」
「まあ、ただの通路、だな」
真実かどうかはわからない。あくまで攻略サイトに載っていた情報の一つだ。ゲーム時の情報によると平均して1時間程度でクリアできるとあった。
「今のダンジョンは、俺の知識どおりとはとても言えない。広さが段違いなんだ」
フルベガスのダンジョンは転移ポイントなどなく、一度入ったらクリアするか全滅するかしないと外に出られない。なので、ある程度簡略化したダンジョンでないと時間が掛かりすぎて極一部のプレイヤーしか満足に遊べなくなってしまう。それではコンテンツとして不親切すぎる。
そのため、通常エリアのダンジョンに比べてフルベガスのダンジョンは非常に狭く設定されていた。それでも罠とギミック、モンスターによっては軽く全滅してしまうのだが、それも運が絡むギャンブルダンジョンというコンセプトゆえに許容されていた。
今のシンたちのように、攻略に何日もかかるような広さではない。これは、ゲームが現実になった影響だろうとシンは思っていた。
(イベントではなく、もっと大掛かりなアップデートの予定だったのかもな)
ゲーム時の姿は本来の設定より制限されたものだった。そう考えれば、この広さにも少しは納得できる。プレイヤーの満足度と、売上。どちらも気にしなければいけないのは、ゲーム会社の宿命だろう。
「一階層はそうでもなかったけど、二階層はわかりやすいくらい違ったな。俺の感覚でいうと、二階層は想定の5倍くらい広かった」
「そんなに!? じゃあ、この迷宮も」
「同じくらい広い可能性はあるだろうな。もちろん、もっと狭い可能性もある」
こればかりは進んでみないとわからない。通った道はマップに記録されるので、同じ場所をぐるぐる回るということがないのがせめてもの救いだろう。マップ使用不可というプレイヤー泣かせのダンジョンもあるのだ。
運営も、さすがにそこまでやると不満が出るとわかっていたのだろう。マップ使用不可のダンジョンは、自分でマップを作成するという行為が本当の冒険のようで面白いと感じるプレイヤーには好評だった。だが、そこまでのリアリティは求めていないというプレイヤーからは不評だった。
シンの感覚では、不評のほうが多かったと思う。面倒なことを楽しむというのは、やはり好みが分かれるのだろう。
「止まってください」
シュニーからストップがかかる。また解除に時間がかかるタイプの罠があったようだ。シュニーが解除に取り掛かると、シンたちの後方にモンスターの気配が現れる。
「そう何度もゆっくり解除させてくれないか」
どこから現れたのか、三つの反応が近づいてくる。シンとミルトが前に出て、ティエラたちには後方で援護を頼む。
「ミノブロスか」
通路の奥から現れたのは、牛の頭と下半身、人の上半身を持つ半獣半人のモンスター。ミノタウロスと違うのは頭の角が額から伸びる一本のみという点。武器はそれぞれバトルアックス、細剣、棒の先に四角柱の鉄塊がついたメイスを持っている。
それぞれ、ミノブロス・ファイター、フェンサー、プリーストだ。
レベルはどれも500前半。今のシンでも問題ない相手だ。
「■■■■■■■■■■■■――ッ!!」
ミノブロスの咆哮がシンたちの耳朶を打つ。三体分の咆哮が通路に反響して、実にうるさい。レトネーカは思わず耳を抑え、ティエラも顔をしかめている。一時的に聴覚を麻痺させる効果もあるのだ。
シンとミルトは咆哮にはひるまず前に出る。
「ティエラは可能なら奥のメイスを持ってるやつを狙ってくれ!」
「わかったわ!」
ティエラに指示を出しながら、距離を詰めた。ミルトがファイター、シンがフェンサーを相手にする。
自分に向かってくるのを認識したフェンサーが、手にした細剣をシンに向けた。一流の剣士のような隙のない構え。シンの目には、細剣が点のように見える。
その点が一瞬だけぶれた。視線の先に真月を置く。一秒にも満たない間をおいて、真月と細剣が激突した。
細身の剣身が火花を散らして真月の上を滑る。僅かなぶれに気づかなければ、そのまま頭に直撃していた。筋骨隆々の体躯からは想像できない見事な突き。シンの知るゲーム時代のフェンサーより遥かに技量が高い。
よく見れば、フェンサーの体が僅かだが緑色に発光している。後方にいるプリーストがバフを掛けているようだ。
強化された状態でも反応できた。それさえわかれば、何の心配もない。攻撃がそらされたとわかったフェンサーが素早く剣を引く。ただ手元に戻すのではなく、引きながらシンの首を狙っていた。
真月と左腕を入れ替える。手甲が細剣を弾き、わずかに引き戻すのが遅れた。その隙で十分。真月の刃が青いエフェクトをまとった。
水術刀術複合スキル【トライ・エイス】
真月がミノブロスの右足から右腕、さらに胴を通って左腕、そして腹を通って再び右足へと走る。エフェクトが斬撃の沿ってその場に残り、フェンサーに重なるように青い三角形が描かれた。
ダメージは3割ほど。フェンサーの生命力ならまだ動ける。しかし、青いエフェクトが輝きを増すと切られた傷口が一気に凍りついた。
動きの止まったフェンサーにシンはとどめを刺すために首に向かって真月を振る。だが、シンがフェンサーに近づくよりも先に、障壁が展開された。
「プリーストの障壁」
シンはすぐさま真月で障壁を切り裂く。真月の性能ならば、レベル500台のモンスターの障壁など紙も同然だ。ただ、足が止まるのはどうしようもない。障壁を避けてフェンサーに向かうには、通路が狭すぎた。
凍りついたフェンサーの体が薄く輝く。プリーストによる回復だ。もともとの生命力が高いミノブロスは回復の効果も高い。回復役がつくと、それだけで倒すのに苦労する。みるみるうちに傷が塞がっていくが、それを黙ってみているほどシンたちの後衛もぬるくはなかった。
「撃つわよ!」
ティエラの声が響き、ファイター、フェンサーの間を縫うように矢が飛ぶ。一瞬見えたそれは、打撃力を上げたタイプの矢。フェンサーを回復していたプリーストめがけて飛んだ矢は、狙われていることに気づいたプリーストのメイスと激突する。甲高い金属音とともに、矢が弾かれる。しかし、プリーストもフェンサーにかけていた回復を中断させられた。
それだけで、援護としては十分。回復を受けたフェンサーも自力で氷をどけようとしていたが、動きはまだ鈍ったまま。シンの斬撃を防ぐことはできない。
「プリーストは任せて!」
プリーストの援護がフェンサーに集中したことで、ファイターのほうが疎かになったようだ。真っ二つになったファイターの横を通ってみるとがプリーストに斬り掛かった。ミルトの振るうオルドガンドを
プリーストがメイスで防ぐが、パワーのある一撃に膝をついている。
ここまでくれば援護のないフェンサーの首を飛ばすのは簡単だった。シンが援護に入るまでもなく、ミルトも数合打ち合った後、メイスを跳ね飛ばされ無防備になったプリーストの胴体を真っ二つにする。
全てのみのブロスを倒したのを確認してから、念の為に後続がいないかも確認しておく。襲ってくるのが一組だけとは限らないのだ。
「後続は、いないな。よし、戦闘終了」
「この広さだと、一度に戦うのは二人が限界だね」
「そうだな。敵もそうだけど、魔術士タイプが居るとそうも言ってられないんだよな。ティエラたちはユズハとカゲロウが守ってるから大丈夫だろうけど」
盾役を前に出して敵を足止めしている間に魔術士がダメージを与える。プレイヤーにとってはよくある戦法だが、敵も同じことをやってくる場合がある。迷宮ではそうなるパターンが多かった。今回のみのブロスは三体だけだったが、これはむしろ少ないほうだ。
「ティエラもナイス援護」
「うまくいってよかったわ。練習したけど、本番は緊張感が違うわね」
「矢の重さも違うだろうし、それであれだけ的確に当てられれば十分だ」
「そういってもらえると、少しは自信が持てるわ」
褒められたティエラはまんざらでもない様子だ。もっと扱い慣れて連射ができるようになれば、より戦略の幅が広がるだろう。
「罠の解除が終わりました。戦闘は問題なかったようですね」
「今のところは、ってつくけどな。これがギギラティスみたいなやつなら、また違ってたと思う」
今回はレベルも数も苦戦するような相手ではなかった。しかし、この先はわからない。
シュニーを先頭に、迷宮を進む。分かれ道とモンスターとの戦闘はその後も続き、何度か行き止まりを戻ることもあった。
シンが感じていた通り、ダンジョンの広さはゲーム時とは比べ物にならないほど広くなっている。マップ機能が使えなければ、どれだけ時間がかかったかわからない。
時間にしておよそ4時間。シンたちは大きな広間にたどり着いた。通路から広間に入る直前で、シンたちは足を止める。
「ここにボスが出ますって感じの場所だね」
「そうとしか思えないよな。広間の先に階段が見えるし。たぶん、広間に入ったら中の敵を倒し終わるまで出れないタイプだろ」
広間の先には通路があり、その先に次のエリアへの階段があった。広間は縦横100メルの四角形の形をしている。モンスターの姿はないが、ここまであからさまな場所で何も起こらないはずもない。
「俺の知ってるやつだと、一定時間生き残るか、出てくるやつを全部倒すかだな」
「僕も同じかな」
全方位から攻撃されるので、パーティの総合力が試される。今まではレトネーカにほとんど戦闘へ参加させずに来れたが、今回ばかりはそうも言っていられないだろう。
「入る前に、各自装備とアイテムの確認だ。ティエラは矢の補充をしておこう」
「お願いするわ。節約してたつもりだけど、やっぱり減りが早いわね」
迷宮を進む過程で、隙間を抜けて攻撃できる矢は重宝した。ティエラの腕前もあり、シンたちの戦闘の間を縫って敵の後衛を攻撃するという役目をしっかり果たしたのだ。その代償として矢は減ってしまったが、戦果を見れば十分である。
貫通力を高めたタイプが一番減っていて、次に打撃力を上げたタイプ、他には各属性の付与された矢といった塩梅だ。物理ダメージを高めるタイプの矢の減りが早いのは武芸スキルを封じられているというのもあるが、汎用性の高さも一因だ。物理攻撃の効かない霊体のような相手以外なら顔を狙うとダメージがなくても行動を妨害できるし、動きを鈍らせることもできる。直接的なダメージよりも味方の攻撃が通りやすいようにするために、ティエラは積極的に使っていた。
「皆武器の方は大丈夫か? もし気になるところがあったら言ってくれ」
「一応、耐久値を回復してもらっていいかな。大丈夫だとは思うけど、念の為」
「ああ、武器の仕様上、一番消耗が激しいはずだからな」
ミルトからオルドガンドを受け取ってから消耗度合いを確認する。モンスターの武器や外殻に叩きつけるようにして戦うので、刃の部分が摩耗したり凹んだりすることがある。素材が素材なので、現状目に見えて変形している場所はない。それでも、数値で見ると耐久値は減っている。
アイテムボックスから簡易炉を取り出して、素材を取り込ませて耐久値を回復させた。完全回復とはいかないが、95%まで回復していればよほどのことがない限り折れることはない。
「あとは、こいつに少しばかり手を加えてっと」
シンはアイテムボックスから薄い緑色の腕輪を取り出し、付与を行っていく。腕輪は成形しただけで何の付与もされていないので、装備ではなく見た目が変わるだけの装飾品といて扱われる。そのため、装備が破壊されても残るのだ。
付与を終えるとそれをメンバー全員に配る。付与の効果は攻撃を受けた際に自動で障壁を張ってくれるというもの。片手間で作ったものなので障壁の強度はあまり高くないが、不意打ちを防ぐのには使える。
一定回数発動すると壊れる使い捨ての装備だ。
「接近戦すると、すぐ発動しない?」
「飛び道具か魔術にだけ反応するように設定してる。だから普通に殴られたりすると発動しないから注意してくれ。あくまで不意打ち対策だ」
二階層でギギラティスがやってきたように、隠蔽状態からの遠距離攻撃は戦闘中に気づくのは難しい。モンスターに囲まれればなおさらだ。
「あとはユズハ、バフを頼む」
「くぅ」
ユズハの尾が白い輝きを放つ。ステータスの半減のデバフがかかっていても、味方からのバフは効果がある。本来の効果より上昇値が大きく下がってしまうが、今のシンには貴重な効果だ。
バフの効果はシン以外にも作用する。シュニーだけはステータスが上限に達しているので効果はないが、それが本来の数値なので仕方ない。
「じゃあ、いくぞ」
準備を整え、広間に入る。シュニーを先頭に、ミルト、ティエラとカゲロウ、レトネーカにユズハと続く。最後に殿のシンが入ると、通路と広間を繋いでいた場所に壁がせり上がり、退路が完全に遮断された。次のエリアへの階段がある通路も同じだ。
広間の出口が閉鎖されると、地面がぼこりと盛り上がる。出てきたのは、鎧を身にまとった人骨だ。
「地面が通路と違うのはそういう理由か」
石畳の通路と違い、広間の地面は土が踏み固められたもの。地面の下になにかいるのだろうなと予想はしていたので、さほど驚きはしない。
スケルトンの出現と同時に、広間の中央にカウントが出現した。カウントは100。
「敵の数かな?」
「時間の表示とは違うし、そうだろう」
会話をしながらもシンとミルトはアイテムボックスから当適用の岩を取り出し、投擲体勢に入っていた。シュニーも戦闘態勢に入っているが、こちらは魔術を放つ。
スケルトンたちが完全に土から出てくる前に攻撃を仕掛けるのは、持っている装備が明らかにただの剣や盾ではないのがひと目で分かったからだ。
ただのスケルトンではない。上位個体なのは間違いないと思うシンだが、鑑定ではスケルトンとしか出てこない。レベルも200前後だ。
不審に思うがここで手を抜く理由もない。攻撃体勢に入ったシンとミルトの持つ岩に、意図を察したユズハが神術のバフを掛けてくれる。
「くらえ!」
腕を使って上半身を出したスケルトンに、投擲した岩が直撃する。半身だけでは体がうまく動かないのか、盾で防御することはなかった。頭蓋骨を粉砕されたスケルトンが崩れ落ちる。ミルトの投げた岩も同じようにスケルトンの頭部を粉砕していた。
頭上のカウントが98へ変化する。やはり敵の数を表していたようだ。
「いきなさい」
シュニーが腕の出ている場所めがけて火球を降らせる。爆発で地面がえぐれ、骨が舞った。
カウントが95に減る。
同じように地面から腕が出てきたところに魔術を打ち込んでいると、カウントは80まで減った。まるでもぐらたたきだ。出てくるのは骨だが。
「これ、カウントが進むと強いのが出てくるやつじゃない?」
「そりゃそうだろ。これじゃ簡単すぎる」
話をしていても手は止めない。そして、カウントが70になったところで変化があった。足元にモンスターの気配が現れたのだ。
「下からくるぞ!」
地面を砕いて人骨が伸びてくる。足を掴んで動きを止めようとしたのだろう。とっさに動かなければ絡め取られていた。
シンたちを追うように、足の下から次々と手が伸びてくる。ならばとシンはスキルを使用して地面ごとスケルトンを砕こうとした。だが、それを読んだように地面から出てきたのは人骨の手ではなく剣の切っ先だった。
(狙いを読まれた? いや、地面の下からでもこっちが見えるのか?)
シンがかわした剣の持ち主は頭部がまだ地面の中だ。だというのに、突き出された剣はシンを狙って振り下ろされた。
真月で剣を弾き、スキルを発動して刃を地面に突き刺す。刀身から魔力による超振動が地面を伝わっていく。真月を中心に地面に亀裂が入り、半径10メル以内にあった地下の反応が一斉に消えた。
土術刀術複合スキル【地裂振】
さらに同じく範囲内にいたスケルトンにも次々と亀裂が入り、粉々になっていく。振動は打撃系の有効なモンスターにもよく効くので、出てくるのがスケルトンなら効果は抜群だった。
シュニーは地面ごと凍らせ、ミルトは剣や盾ごと武芸スキルで粉々にしている。
「ティエラとレトネーカも、大丈夫そうだな」
ティエラはカゲロウに飛び乗り、移動しながら一体ずつ確実に頭部を破壊している。レトネーカの方はユズハが補佐しながらハンマーでスケルトンを砕いていた。
ここまでで残るカウントは45。半分を切ったがモンスターに変化はない。
40,35,30,25。
次々と倒され減っていくスケルトン。変化が起こるとすれば切りのいい数字だろうとシンはスケルトンを倒しながらもカウントに意識を向けていた。
変化が起きたのはカウントが5になった瞬間だった。
今までにない巨大な反応が、シンの真下に現れる。反射的に跳んだ。地面が爆発したように吹き飛び、土煙が視界を塞ぐ。シンが透視で中を見るよりも先に、土煙を蹴散らして姿を見せたのは巨大な牙。
「ここからが本番か」
空中移動用のスキル【飛影】で宙を蹴るが、牙の主は重力などないかのようにシンに追従してきた。シンを飲み込もうと開かれた口の中には、螺旋状の牙が渦巻いている。
おそらくは、ワーム系のスケルトン。巨体と口の中の螺旋状の牙という特徴に、シンは覚えがあった。
だが、覚えがあることと対処できることは別物だ。鉱石すらミンチにするような牙の中に飛び込みたくはない。
シンはスキルを発動しながら、再び宙を蹴る。すると、その姿が三つに分裂した。ワームスケルトンを飛び越えるように上に飛ぶシンと、左右に避けるシン。突如分裂したシンに対してワームスケルトンは左に跳んだシンを飲み込んだ。
「外れだ」
閉じられた口の下から、シンが拳を叩きつける。拳が骨に触れた瞬間、振動が骨全体に伝播した。
無手系武芸スキル【透波】
ワームスケルトンの頭部が跳ね上がり、顎から口、さらに頭部全体へと亀裂が広がっていく。このまま砕け散るかと思ったシンだが、ワームスケルトンは跳ね上げられた頭部を振ってシンにぶつけてきた。とっさに宙を蹴る。頭部そのものはかわした。しかし、伸びた牙が避けきれずにシンの身を打つ。
「ぐっ!」
腕をクロスさせて防御する。ワームスケルトンは骨であっても巨体に見合うだけの質量があった。空中に作った不安定な足場ではその場にとどまれず、シンは跳ね飛ばされる。みしりと腕がきしみ、押し込められた腕が胸を打った。
「シンっ!!」
ティエラの悲鳴のような声が聞こえる。
ワームスケルトンはその一撃が限界だったようで、牙が折れると同時に頭部も砕けていった。頭部が壊れたことで胴体が力を失い地面に倒れる。土煙が舞う中、シンは地面に叩きつけられる直前に柔らかいものに受け止められた。
「シン、大丈夫ですか?」
「ああ、助かった」
受け止めてくれたのはシュニーだ。動揺していないのは、ここで倒されても死なないと理解しているからだろう。
『こっちは大丈夫だ! まだ敵は出てくるから、周りに気をつけろ!』
土煙の中で咳き込んでいるティエラに聞こえるように、心話で無事を伝える。残りのカウントは4。予想通りなら、もっと強いスケルトンが出てくる。
「でたか」
土煙の中に、四つの反応があった。気になるのは反応が二つずつ重なっているところ。土煙の中を透視すると、鎧をまとった馬型のスケルトンに全身鎧で武装したモンスターが騎乗していた。
それぞれ黒褐色の鎧に赤と青のオーラを纏い、悠然と構える姿は明らかに強者のそれ。
「テラー・ナイトですね」
「スケルトン系で統一されてるわけじゃないのか」
それぞれ逆の手に円盤型の盾と馬上槍を装備した姿は、スケルトンよりもデュラハンやリビングアーマーを連想させる。当然だが、モンスターしての格はワームスケルトンより上だ。
「ティエラたちが狙われるとまずい。合流しよう」
シンとシュニーを狙ってくるか、ミルトたちを狙ってくるか。数の少なさならシンたちだが、接近されるとミルト一人では厳しい相手だ。ユズハとカゲロウはどちらも強力なモンスターだが、その力故に味方を巻き込みやすい。
テラー・ナイトたちもそれに気づいたのか。馬を走らせ土煙の中をミルトたちに向かって駆けていく。ミルトやユズハはテラー・ナイトに気づいていたが、ティエラとレトネーカは敵が近づいているということしかわからないようだ。
「させるか!」
テラー・ナイトに向かって、シンは光術による遠距離攻撃を放つ。テラー・ナイトもスケルトンと同じく光術や神術が弱点だ。直撃すれば無傷では済まない。だが、シンの放った光線は赤のテラー・ナイトが持った盾に弾かれる。表面が溶けて変形していたが、本体にダメージが入った様子はない。
シュニーも走りながら水術を放つ。テラー・ナイトに向かって地面から氷柱が伸びる。青のテラー・ナイトは馬を足場に跳び上がって氷柱をかわし、空中で馬上槍を投擲した。
「この!」
土煙の中を高速で突き進む馬上槍にミルトがオルドガンドを叩きつけて軌道をそらす。その間に、氷柱の展開範囲を避けて赤のテラー・ナイトがティエラたちに迫っていた。
シュニーが魔術を放ちなら赤のテラー・ナイトに迫る。氷柱を迂回した分、シュニーが追いつけるだけの時間が稼げていた。
青のテラー・ナイトはミルトと戦っている。土煙の中で馬上槍とオルドガンドが火花を散らしていた。投擲した馬上槍はテラー・ナイトの一部なので、プレイヤーの使う一部の武器のように手元に戻すことができる。そのため、武器を手元から離しても僅かな隙を作ることしかできない。
「重いッ」
互いの重量級の武器。打ち合いは互角に見えたが、段々とミルトの傷が増えていく。操る武器の動きが、精彩を欠いていた。デバフによるDEX半減が、ここにきて足を引っ張る。
そこへ、背後からシンが斬り掛かった。
盾で受ける青のテラー・ナイト。円盾の半ばまでを切り裂くが、完全には断ち切れずに止まる。一瞬の硬直。その状態で青のテラー・ナイトは腕を振り、半ばで止まった真月がシンの手から離れた。武器を失ったシンに馬上槍を繰り出そうとする青のテラー・ナイト。しかし、ミルトがオルドガンドを打ち込んで動きを止める。
視界から消える真月には目もくれず、シンは青のテラー・ナイトの腕に飛びつく。盾ごと腕を振ったせいで伸び切っている腕の付け根に向かって、予備の武器として用意していた短刀を突き刺した。
「吹っ飛べ!」
短刀が光を放ち、青のテラー・ナイトの内側から同色の光が漏れる。
神術刀術複合スキル【清浄ノ一刀】
弱点である神術を直接体内に打ち込まれ、青のテラー・ナイトがガクガクと身を震わせる。馬上槍が地に落ち、動きが鈍った隙をミルトは見逃さなかった。大きく振りかぶったオルドガンドを青のテラー・ナイトの頭部に叩きつける。
斧術系武芸スキル【巌砕き】
青いエフェクトを残して、オルドガンドが青のテラー・ナイトを両断した。ひび割れた鎧が砕け、HPがゼロになる。
シュニーの方へ目をやれば、半分になった盾と先端が砕けた馬上槍でどうにか攻撃を防いでいる赤のテラー・ナイトの姿があった。乗っていた馬は、すでに首を立たれて倒れている。
シンは魔術スキルで赤のテラー・ナイトの足元を凍らせる。バランスを崩した瞬間、蒼月が赤のテラー・ナイトの首を飛ばした。
頭上に表示されていたカウントが0になる。青のテラー・ナイトの乗っていた馬は倒していないが、乗っていた主を倒すと撃破したとしてカウントされるようだ。
通路と広間を遮断していた壁が下がり、次のエリアへ降りる階段が見えた。
「いやー、きつかったー」
細かい傷が目立つミルトが、手で顔を仰ぎながら歩いてくる。
「DEXって大事だね。思うように武器が動かせないんだもん」
「それを言ったら俺なんて全部半減してるんだが? いつもなら切れるはずの相手が切れないのはきついぜ。さっきだって、テラー・ナイトを内側から吹き飛ばすつもりがとどめまでいかなかった」
いつものステータスならば、青のテラー・ナイトの盾の腕ごときり飛ばせた。できない可能性を考えていたので動揺することはなかったが、やはりいつもの動きができないというのはやりにくかった。
「それを言ったら、私何もできなかったんだけど」
「ティエラは視界に作用するスキルを取ったほうがいいな。今回みたいな土煙もそうだけど、霧とか煙幕とか使ってくる敵もいるし」
「簡単そうにいうけど、スキルは貴重なものなのよ? おいそれと身につくものじゃないんだけど」
そこまで言って、でもシンだからなぁとティエラは眉根を寄せていた。
「とりあえず、回復と装備の確認だな。流石にこのまま次のエリアにいくのは無茶だ」
「さんせーい!」
ボスを倒した広間はセーフティエリアだ。迷宮を歩き回って精神的にも疲れている。今日はここで休むことにした。
食事を終えてから、シンはメンバー全員の装備の点検作業を行う。見学を希望したレトネーカに、チェックするポイントを教えていく。逆に、レトネーカからも黒の派閥でどうやっているのか聞いた。どうやらメンテナンスの仕方に大きな差はないようだった。
メンテナンスが終わるとここからが本番だ。折角なので、貴重な金属を使って物作りをしてみないかとレトネーカに提案する。無理ならそれはそれで構わないとも伝えた。鎚を持つのが怖いと言っていたのが、簡単に克服できるとは思っていない。
「どうする?」
「……やって、みたいです」
レトネーカの表情は固い。それでも、やりたいという意欲は本当だと思えた。
シンは用意していた鎚をレトネーカに差し出す。小さく深呼吸して、レトネーカは鎚を手に取った。
「やれそうか?」
「はい。大丈夫です。シンさんと皆さんの姿を見て、鍛冶師の役目が、少しだけわかった気がするんです」
手が震える様子はない。台の上に座らせ、オリハルコンのインゴットを取り出す。
「オリハルコンは魔力を含んだ炎でないと加工が難しい。理想を言えば、今使ってるくらいの魔力炉がほしいな」
「難しいということは、魔力を含んでいない炎でも加工はできるんですか?」
「できるにはできる。長時間かけて熱し続けることで少しずつな。だけど、時間がかかりすぎるのと反応が一定にならないから加工が恐ろしく難しいんだ。正直に言って、とてもすすめられない。鍛冶のスキルを最大まで上げて、それ以外にも鍛冶と関係しているスキルも上げ切ってようやくまともに打てるようになるくらいだ」
「そ、それは……」
ゲーム時代ならいざ知らず、今の世界ではまず不可能な内容を聞いてレトネーカは言葉を失っていた。それほどまでに扱いが難しいのだ。
ただし、魔力炉を使えば話は別である。
「まともに動く魔力炉を使えれば、難易度はかなり下がる。それでも難しいことに変わりはないけど、加工可能な状態に持っていければあとは作り手の腕次第でどうにかできる」
「腕次第で」
鎚を握る手に力がこもっている。シンはレトネーカの様子に注意しながら、加工時の注意点を教えていった。
「加熱したインゴットに鎚を打つときは、魔力を込めて打つ。これは魔力操作の練習をすればできるようになる。鎚に魔力をためて、それをインゴットに流すイメージだ」
技術自体は、黒の派閥にもある。あとは、どれだけスムーズに、無駄なく魔力を込められるかだ。こればかりは、練習するしかない。
「じゃあ、俺が打つから相槌を頼む。練習だから、打ち込むのはレトネーカのタイミングでいい。俺の魔力の流れを見ながら、やってみてくれ」
「わかりました」
熱したインゴットを金床の上に置き、まずはシンが鎚を打つ。食い入るように見つめていたレトネーカは、小さく息を吐いてから鎚に魔力を込めた。シンからすれば拙いと言える状態。それでも、この世界ではこれができるだけでもすごいことなのだ。
振り上げた鎚がインゴットの上に落ちる。シンのときとはまるで違う音が響いた。
シンがキーンという澄んだ音なら、レトネーカのはガギンとでのいうような耳障りな音だ。
「魔力の込め方、伝わり方。それらが違うだけで、こんなにも音が変わる。どうする? まだやるか?」
一度打ち付けただけで、レトネーカの手は震えていた。それでも、レトネーカはやめるとは言わない。
頷くレトネーカにシンもうなずきを返して作業を再開する。
暫くの間。鍛冶場からは澄んだ音と鈍い音が交互に響いていた。
▼
一夜明け、シンたちは次のエリアへ向かう階段を降りた。
スロットを回し、先へ進む。不運は前日に使い切ったのか、出てきたデバフは戦闘に支障のないものばかり。幸先は良さそうだ。
階段を降りきると、金色の兎が描かれた扉が姿を見せる。最終エリアの扉だ。
「最終エリア、何が出ると思う?」
「結構レベルの高いボスばかりだったし、やっぱりあれじゃない?」
「だよな。でも本人は残りは運だって言ってたし」
最終エリアのボスはこれまたランダムだ。各階層が高レベルだったからと言って、最終エリアも高レベルとは限らない。
最後がとんでもない雑魚だった、というパターンも報告されていた。しかし、ここに来てそれはないだろうとシンとミルトは考えていた。
「予想がつくのですか?」
「フルベガスが出てくるパターンもあるんだよ。レアボスってやつだ」
倒すと獲得報酬が二倍になるという特典がある。
そうでなくとも、わざわざダンジョンに呼び寄せるような真似をしているのだ。最後は自身で締めるのではないかという思いがある。
「考えても仕方ないか。いこう」
エリアに入ればわかること。議論してても意味はないと、最終エリアへの扉を開いた。
直ぐに目に入ったのは、金色に輝く台座。その上に座るのは、もちろんフルベガスだ。
「よく来たわね。嬉しいわ。そして、ここで私を引き当てるなんて、運がいいのか、悪いのか」
「手を加えたわけじゃないのか?」
「そんな野暮な真似はしないわよ。私が手を出したのは一度だけ。ここに私がいるのは、あなたたちが私を引き寄せたからよ」
台座から立ち上がり、フルベガスは歩みを進めた。次第にその姿がかすみ、靄が立ち上る。
そして、靄の中から巨大な毛玉が現れた。それも、5メルサイズの見上げるような毛玉だ。
「いや待て、俺の知ってる大きさじゃないぞ」
「もしかして、噂で聞いた本気モードってやつかな」
毛玉がもぞりと動く。小さな――毛玉と比べればだが――尻尾がぽんと生え、大きな耳が天に向かってそそり立つ。
振り向き、見下ろしてくるのは愛らしい顔とつぶらな瞳。
そのあまりにも大きな体躯にさえ目をつぶれば、可愛いと呼べる姿だ。
「私を引き当てた上に、さらにこっちが当たるなんて、ずいぶん運が悪いのね。それとも、報酬が欲しくないのかしら」
ふわふわの毛を揺らしながら、フルベガスがシンたちに目を向ける。
(ユズハを見てる?)
上から向けられる視線が、自分に向けられていないことにシンは気づいた。報酬のセリフと合わせて考えれば、誰を見ているのかは想像がつく。
「いるに決まってるだろ」
もしかすると、フルベガスの持っている情報をユズハは知っているのかもしれない。口にしないのも、理由があるのかもしれない。
しかし、それでもシンははっきりと言う。
ダンジョンに来てからユズハが妙に口数の少ないことも、戦闘で動きが鈍いことも気づいていた。ユズハだって、シンが自分の様子に気づいていることに気づいていたはずだ。それでも、何も言わなかった。
ユズハ本人に問いただしても、おそらく何も言わないだろう。今までの付き合いで、そのくらいはわかる。
フルベガスも意味のない情報をわざわざ伝えようとするとは思えなかった。
理由はない。だが、一人でリスクを背負おうとしている。そんな予感がした。
「なら、やることは一つね。私を倒してご覧なさい」
瞬間、空間が割れた。
そう錯覚するほどの、威圧感。
眼の前にいるのは神獣であると、そう知らしめる意図を感じた。
武器を構える。フルベガスに向かって駆け出そうとしたその時――。
「ごめんなさいね」
金色の閃光が空を裂いた。狙われたのは自分ではない。そう気づいて仲間に目を向けると、レトネーカとティエラが消えていくのが見えた。
「レトネーカちゃんは足手まとい。ティエラちゃんはまだこのステージは早いわ」
聞こえるのは戦闘前の明るい声音。変わらぬその声音が、今は恐ろしい。
カゲロウが、背中のティエラがいないことに動揺している。仮にも同じ神獣。だというのに、フルベガスはカゲロウに反応させることなく背中のティエラをその爪で切り捨てた。
これが、自分の領域で本気を見せた神獣の力。
――――『フルベガス レベル1000』
鑑定が、フルベガスのレベルを教えてくれる。
「あえて見せてくれたのか?」
今のシンのステータスで、フルベガスのレベルが見えるはずがない。これが本気だと、公開してくれたとしか思えなかった。
「GGGAAAAAAAAAAッ!!」
カゲロウが本来の姿に戻る。全身から雷を放ち、フルベガスに襲いかかった。
『仕掛けるぞ!』
心話でシュニーとミルトに叫び、隠蔽をかけて接近する。今のシンでは、正面からぶつかるのは自殺行為だ。
巨大化したカゲロウが、フルベガスの喉元に噛みつこうと牙を剥く。飛びかかったカゲロウを、フルベガスは避けなかった。巨体同士がぶつかり合い、地面が揺れる。
カゲロウはフルベガスの胴体に爪を突きたて、首元に噛みついた。一気に噛み千切る。そう考えているのがわかるほど、カゲロウは怒りに燃えていた。
だが。
「幼い」
ドンッと、空気が震えた。鈍く重い音がカゲロウの腹あたりから聞こえたと思ったときには、見上げるほどの巨体が宙を舞っていた。
「坊やには、もう少し経験が必要ね」
三条の閃光が二度。クロスするように宙に描かれた。地面を転がるカゲロウの右前足が切り飛ばされ、顔と胴体が半ばまで分かたれる。少しの間を開けて、カゲロウの姿が消えた。
(圧倒的すぎる)
シンの知るフルベガスの強さとは、次元が違う。
初めて完全体のエレメントテイルを相手にしたときと同じ感覚が、全身を駆け巡っていた。
勝てない。
剣を交える前にわかる。あまりにも圧倒的な、力の差。
「だとしても!」
フルベガスに向かって、駆ける。
デバフを受けていようが、諦める気はない。
「僕だって!」
ミルトもオルドガンドを振りかぶって走る。
そんなシンたちを、フルベガスは無言で待った。
先に振るベガスに仕掛けたのはミルト。青いエフェクトを残して、オルドガンドが一際強く輝いていた。
「足手まといには、なりたくないんだ!」
流星の如き輝きをまとって、フルベガスの胴体にオルドガンドが叩きつけられる。
放つは自身の最高峰。
斧術系武芸スキル【至伝・星砕】
フルベガスに対して特殊な効果はない。ただただ、己の最高の一撃だった。
「いくぞ!」
わずかに遅れて、シンが仕掛ける。
地面を蹴って飛び上がる。身体強化、斬撃強化、かけられるだけのバフを自身にかけた。
放つは至伝。武芸の極地。
刀術系武芸スキル【至伝・神狩】
効果は神獣、または神に属するモンスターに対する威力の上昇。
真月の刀身が黒く染まる。巨大化する闇色の刃。それを、紫色のオーラが覆った。
フルベガスは振り下ろされる刃をじっと見ている。【星砕】を受けてわずかに身を後退させながら、右腕を自身と刃の間にかざした。
「無謀、か」
「そうでもないわ」
スキルの効果時間が終わり、オルドガンドの輝きが消え、闇色の刃が砕け散る。
攻撃を受けたフルベガスの胴体は毛がバッサリと切れ、かざした右腕には、一筋の傷ができていた。
「次は本気でやりましょう」
フルベガスの爪が金色の光を放つ。再び振るわれる二度の斬撃。
宙に残った光の軌跡が消えたとき、シンとミルトの姿はどこにもなかった。
「それで、あなたは戦わないのかしら?」
「いえ、ですがその前に、聞いておきたいことがあります。ここでならば、邪魔は入らないでしょうから」
蒼月の刃が光を反射して輝く。
シュニーの視線は、戦いの中で動くことのなかったユズハに向けられていた。
「さて、運試しだ」
順番にスロットを引いていく。一度目は全員が行動に支障のないデバフを引いた。しかし、二度目はそうもいかなかった。
シン、ミルト、ティエラ、ユズハがそれぞれ全ステータス半減、魔術スキル封印、武芸スキル封印、HPMP半減というデバフを引いてしまったのだ。
「これはきついな。一気に体が重くなった」
全身に重しでも乗ったような感覚に、シンはちょっとまずいなと思った。装備で多少は補えるとはいえ、半減は大きすぎる。
最終エリアで出てくるボスは、レベルもランダムだ。シンが大きく弱体化しても倒せないというわけではない。しかし、今までと同じ戦い方というわけにも行かなくなった。
「僕やティエラちゃんもきついよ。魔術と武芸、片方が完全封印されてるから複合スキルも使えないし、戦略の幅も狭くなっちゃう」
「私も、体から何かが抜けていく感じがして気分が悪いわ」
腕を組んで顔をしかめるミルト。ユズハも弱体化の感覚が嫌なようで毛を逆立てていた。
「これが仕組まれたものじゃないなら、ちょっとまずいな」
総合的な戦闘力が、かなり下がっている。フルベガスのユズハのことを聞くまでならこれも運が悪かったで済ませられるが、聞いてしまってはそうも言っていられない。
「とりあえず、次の階層に進もう」
スロットのあるエリアに長居はできない。次の階層がどういうエリアか確認するために、シンたちは階段を降りる。
「一階層みたいなタイプならいいんだけどな」
そうつぶやきながら、足を進める。三階層に入ると、まず目に入ったのは石でできた壁が一直線に伸びている光景だった。
「迷宮タイプ、かな?」
「たぶんな。似たようなのに当たったことがある」
迷宮タイプは文字通り入り組んだ迷路を進んでゴールである階段にたどり着けばゴールというもの。罠の多いステージで、水が吹き出して濡れる、たらいが落ちてくるといった悪戯のようなものから、落とし穴や壁から飛び出す矢などのオーソドックスなものまでその内容は千差万別。フルベガスの生成するダンジョンの中で、一番出てくる確率が高いと言われていた。
「ここでアシュマンドがでてたら厄介だったね」
「そうだな。でも、他にも面倒なやつはいるし、油断はしないようにな」
「もちろんだよ。でも、シンさんもいつもの調子で前に出すぎないでよ? 装備の補正があるって言っても、ステータスは僕より弱くなっちゃってるんだから」
「わかってるさ。相手にもよるが、正面からやり合うのはきついやつも出るだろうしな」
言われなくとも、と思うシンだが多少どころではない弱体化なのでどこまで戦えるのかわからない部分も多い。
スロットによるデバフでステータス半減は、古代級の装備をつける際のステータス不足によるペナルティの判定外なのでマイナス補正は発生していない。その御蔭で装備補正はミルトより高い。しかし、いくら装備が良くてもステータス半減はあまりにお大きい。現状ではシンよりもミルトの戦闘力のほうが高かった。
ギギラティスやバージスパイダーを倒したように、正面から叩き伏せるという戦い方は難しいのはシンも承知している。
「私が前に出ます。シンは後ろから援護をお願いします」
「それしかないか。了解だ」
罠の感知にもステータスは影響する。今のシンでは見破れない罠も出てくるのでシュニーに任せることにした。もともとシュニーのメインジョブであるくノ一は戦闘もできる斥候職といっていい。罠の感知にも職業補正がつくので、こういったステージでは一番輝く存在だ。
ちなみにシンのメインジョブである侍には罠感知に関する補正はない。シンがシュニー以上の感知能力を発揮できたのは、上限突破の高ステータスによるゴリ押しである。
「この狭さだと、射線を通すのが難しそう」
通路を歩きながら、ミルトと会話していたティエラが天井や左右の壁を見ながら言った。草原と違い、動ける範囲が限られているのでシンたちを避けて矢を射るには難易度が上がっている。
「味方が敵と重なりやすいからね。こういうときは、あらかじめ合図を決めておいたほうがいいんだけど、どうしようか」
「ステータスが半減してなきゃ、こっちで避けるって言えるんだがな。とりあえず、撃つぞってひと声かけてくれればいい。シュニーとミルトはどうだ?」
「問題ありません」
「僕もそれでいいかな」
敵と戦力差があれば声を掛け合うのもいいが、デバフによってその余裕はなくなりつつある。シュニーは飛んでくる矢を察知して避けるくらいは簡単にやるだろう。シンも察知するまではできるが、かわせるかと言われると今のステータスでは心もとない。
一言あれば、その余裕も生まれるはずだった。
「罠が多いのはシンの話でわかったけど、モンスターはどうなの? 上の階層で出てきたようなモンスターだと、全部倒さないと進めなさそうだけど」
「ティエラの心配はまさにそれでな。アシュマンドは、むしろこういうステージで出てくるやつなんだ」
草原で出たのは単純に運が良かったのか、フルベガスによるものか。フルベガスによるものだとしても、もう同じことはないだろう。シンの勘だが、このステージでは本当に運が試されると思っていた。
「あれを全部倒さないといけないなんて、考えたくないわね」
「そうだねー。あれがいっぱい出るダンジョンは全てのモンスターは隠蔽能力を持った暗殺ダンジョンなんて言われたよ」
「そんなのがあるんですか……」
隠蔽能力の厄介さを身を持って味わっているだけに、そんなダンジョンには行きたくないとティエラは身を震わせる。話を聞いていたレトネーカも顔色を悪くしていた。
プレイヤーの評判も悪かったので、シンも気持は良くわかった。
「止まってください。罠です」
すでに何度目かもわからないシュニーの警告に、シンたちは足を止めた。どうやら避けて通るのは難しいタイプのようだ。解除をシュニーに任せ、シンたちは通路の前後を警戒する。
罠は直接ダメージを与えるタイプが一番多いが、足止めや転移などの妨害をしてくるタイプも少なくない。
「後ろから来る気配はないな」
「ここで来るのが一番面倒だからね」
罠を解除しているところを狙ってくるモンスターもいる。このタイプのいやらしいところは、罠も避けて通れない、または解除そのものが難しいというパターンが多いことだ。モンスターに押されて下がると罠を発動させてしまって全滅、なんてことは珍しくなかった。
「終わりました。進みましょう」
シュニーに促され、シンたちは先に進む。しばらく進むと一本道だった通路が二手に分かれていた。
「どっちにいく?」
「正解のルートを示すような目印は……ないな」
まれに正解のルートを示す目印、兎の印が掘られていることがあるのだが今回は見当たらない。あったらラッキー程度の感覚なので、ないならないで進むだけだ。
「勘しかないか。シュニー、頼んだ」
「私ですか?」
このダンジョンに来てから一番運がいいのはシュニーだとシンは思っている。ステータスで設定した幸運値が高いのもあるだろうが、行動に支障が出るようなデバフをほとんど受けていない。
少なくとも、自分が決めるよりもいいだろうとシンは思った。
デバフの内容という意味ではレトネーカもそうだが、さすがに行き先を決めさせるのは酷だろうと選択肢からは外している。
「当たり外れは気にしなくていい。誰がやっても結果はわからないからな。ただ、現状一番幸運なやつがやったほうがいいと思うんだ」
「わかりました。幸運を祈っていてください」
シュニーは通路に立って左右の道を見比べる。シンには違いと言えるものは見当たらない。ステータス半減の影響か、通路の先にも感じるものはなかった。
一分ほど考えて、シュニーは右の通路を選ぶ。
「よし、ならそっちに進もう」
シュニーを先頭に、通路を進む。相変わらず罠は多いが、シュニーの探知能力で事前にわかるので攻略は安定していた。
「調子はどうだ? 疲れを感じたら言ってくれよ」
「このくらいなら平気です。むしろ、いつもより調子がいいくらいですね。これのおかげでしょうか」
そう言って、シュニーは左手を胸の前に持ってくる。薬指には、シンが作った指輪が鈍い輝きを放っていた。
今朝、朝食前にシュニーにこっそり渡したのだ。試作品であり、このダンジョン内限定のものではある。しかし、それでもシュニーはとても喜んでくれた。嬉しさのあまり抱きしめられ、体格差のせいで胸の中に顔を押し込められたのは良い思い出である。
調子がいいのは、装備としての指輪の効果だけではないだろう。
「じー」
そんなシュニーとシンを後ろから見てくるのはミルトである。朝食をとる際にシュニーの指輪に真っ先に気づいたのは、ミルトだった。
食事の時も心話で聞いてきただけで皆に聞こえるように声に出したりはしなかった。とはいえ、思うところはあることくらい、シンもわかっている。
「いいなぁ」
羨ましい。言葉にしなくてもわかるくらい、ミルトの視線はシュニーの指輪に注がれていた。
「チョットシタ、試作品ダヨ」
「めちゃくちゃ棒読みだー」
茶化すわけにもいかないので、シンは指輪の次に自分へ向けられた視線から逃れるように明後日の方向を向いて喋る。自分でもわかるくらい、わざとらしい声だった。
「試作品なのは本当だぞ」
「それなら量産もできるんじゃないの?」
「したら絶対同じ場所につけるだろ」
「そうしたいのは山々だけど、まだシュニーさんの許可が出てないから」
ミルトはシュニーの方を見ながらいう。シンもシュニーを見ると、ニコリと擬音が聞こえそうな笑顔を向けられた。表情は笑っているのだが、こころなしか冷たさも感じる。
どうやらシュニーとミルトの間ではすでに格付けが完了しているらしい。
「あれ? 俺の意思は?」
「僕のこと嫌い?」
「その質問は卑怯だろ」
あざとい仕草で聞いてくるミルトに、シンは顔をしかめる。好き嫌いの二択を迫られて、嫌いと言えるわけがなかった。
正確だって悪くないのだ。出会う順番次第では、そういう相手になっていてもおかしくない。
しかし、今はシュニーが一番なのだ。単純な装備としてならともかく、特別な意味を持つ指輪を送るわけにはいかない。
「この話はここで終了だ。まずはダンジョンをクリアするのが先」
「わかってるよ。言ってみただけ」
そうは思えないんだよな、と思いながら、シンは離れていくミルトを見送った。ミルトが魅力的なのはわかっているし、引かれる自分がいるのもわかる。だが、来る者拒まずなんてできるほど、自分は器の大きい人物でないこともわかっていた。
「あまり、隠さなくなりましたね」
「そうだな」
シュニーもミルトがシンに好意を寄せているのは知っている。むしろ、シンより早く気づいただろう。最初はそれほどでもなかったが、今ではすぐにわかるくらい言葉と態度で示していた。
「悪いやつじゃないんだ。ただ、な」
いくらミルトが魅力的でも、シュニーがいるのに手を出す気はない。元の世界に戻ることも決まっているのだ。倫理観をこの世界準拠にするわけにもいかない。
「……私は、構いませんよ」
「シュニー?」
まさかそんな事をいってくるとは思わず、ミルトに向けていた視線をシュニーに向ける。
「誰がそばにいても、私が一番だということは変わりません。シンの視線が誰に向けられても、最後は私に戻ってきますから」
シュニーの表情は、圧倒的な自信に満ちていた。
その輝きに、思わず見惚れてしまう。
「っ! まさか、シュニーからそんなセリフが出てくるとは思わなかったよ」
呆けていた事に気づいてハッとする。ミルトのこともOKだと取れる内容にも驚いたが、そう言えるだけの魅力をシュニーが持っているのも事実だった。
シュニーの言う通り、どれだけ魅力的な相手と出会っても、最後はシュニーを選ぶだろうとシン自信が納得するしかない。
「ほらほら、いちゃついてないで先に進もうよ。ティエラちゃんたちが近寄れなくて困ってるよ」
いつの間にか、ティエラたちの方へ言っていたミルトが戻ってきていた。
「いや悪い。ここまで順調だったから、少し気が抜けてたな。ここからは真面目にいく」
「そこは僕も人のことは言えないんだけどね」
警戒を怠っていたつもりはないが、気の緩みがあったのも事実。シンは意識を切り替えてダンジョン攻略に集中することにした。
「ねぇ、シン。この迷宮タイプって、どのくらいの広さがあるの?」
「それもまた運次第。聞いた話だと、一直線の通路がそのままゴールに繋がってたってこともあるらしい」
「それって迷宮とは言えないんじゃ」
「まあ、ただの通路、だな」
真実かどうかはわからない。あくまで攻略サイトに載っていた情報の一つだ。ゲーム時の情報によると平均して1時間程度でクリアできるとあった。
「今のダンジョンは、俺の知識どおりとはとても言えない。広さが段違いなんだ」
フルベガスのダンジョンは転移ポイントなどなく、一度入ったらクリアするか全滅するかしないと外に出られない。なので、ある程度簡略化したダンジョンでないと時間が掛かりすぎて極一部のプレイヤーしか満足に遊べなくなってしまう。それではコンテンツとして不親切すぎる。
そのため、通常エリアのダンジョンに比べてフルベガスのダンジョンは非常に狭く設定されていた。それでも罠とギミック、モンスターによっては軽く全滅してしまうのだが、それも運が絡むギャンブルダンジョンというコンセプトゆえに許容されていた。
今のシンたちのように、攻略に何日もかかるような広さではない。これは、ゲームが現実になった影響だろうとシンは思っていた。
(イベントではなく、もっと大掛かりなアップデートの予定だったのかもな)
ゲーム時の姿は本来の設定より制限されたものだった。そう考えれば、この広さにも少しは納得できる。プレイヤーの満足度と、売上。どちらも気にしなければいけないのは、ゲーム会社の宿命だろう。
「一階層はそうでもなかったけど、二階層はわかりやすいくらい違ったな。俺の感覚でいうと、二階層は想定の5倍くらい広かった」
「そんなに!? じゃあ、この迷宮も」
「同じくらい広い可能性はあるだろうな。もちろん、もっと狭い可能性もある」
こればかりは進んでみないとわからない。通った道はマップに記録されるので、同じ場所をぐるぐる回るということがないのがせめてもの救いだろう。マップ使用不可というプレイヤー泣かせのダンジョンもあるのだ。
運営も、さすがにそこまでやると不満が出るとわかっていたのだろう。マップ使用不可のダンジョンは、自分でマップを作成するという行為が本当の冒険のようで面白いと感じるプレイヤーには好評だった。だが、そこまでのリアリティは求めていないというプレイヤーからは不評だった。
シンの感覚では、不評のほうが多かったと思う。面倒なことを楽しむというのは、やはり好みが分かれるのだろう。
「止まってください」
シュニーからストップがかかる。また解除に時間がかかるタイプの罠があったようだ。シュニーが解除に取り掛かると、シンたちの後方にモンスターの気配が現れる。
「そう何度もゆっくり解除させてくれないか」
どこから現れたのか、三つの反応が近づいてくる。シンとミルトが前に出て、ティエラたちには後方で援護を頼む。
「ミノブロスか」
通路の奥から現れたのは、牛の頭と下半身、人の上半身を持つ半獣半人のモンスター。ミノタウロスと違うのは頭の角が額から伸びる一本のみという点。武器はそれぞれバトルアックス、細剣、棒の先に四角柱の鉄塊がついたメイスを持っている。
それぞれ、ミノブロス・ファイター、フェンサー、プリーストだ。
レベルはどれも500前半。今のシンでも問題ない相手だ。
「■■■■■■■■■■■■――ッ!!」
ミノブロスの咆哮がシンたちの耳朶を打つ。三体分の咆哮が通路に反響して、実にうるさい。レトネーカは思わず耳を抑え、ティエラも顔をしかめている。一時的に聴覚を麻痺させる効果もあるのだ。
シンとミルトは咆哮にはひるまず前に出る。
「ティエラは可能なら奥のメイスを持ってるやつを狙ってくれ!」
「わかったわ!」
ティエラに指示を出しながら、距離を詰めた。ミルトがファイター、シンがフェンサーを相手にする。
自分に向かってくるのを認識したフェンサーが、手にした細剣をシンに向けた。一流の剣士のような隙のない構え。シンの目には、細剣が点のように見える。
その点が一瞬だけぶれた。視線の先に真月を置く。一秒にも満たない間をおいて、真月と細剣が激突した。
細身の剣身が火花を散らして真月の上を滑る。僅かなぶれに気づかなければ、そのまま頭に直撃していた。筋骨隆々の体躯からは想像できない見事な突き。シンの知るゲーム時代のフェンサーより遥かに技量が高い。
よく見れば、フェンサーの体が僅かだが緑色に発光している。後方にいるプリーストがバフを掛けているようだ。
強化された状態でも反応できた。それさえわかれば、何の心配もない。攻撃がそらされたとわかったフェンサーが素早く剣を引く。ただ手元に戻すのではなく、引きながらシンの首を狙っていた。
真月と左腕を入れ替える。手甲が細剣を弾き、わずかに引き戻すのが遅れた。その隙で十分。真月の刃が青いエフェクトをまとった。
水術刀術複合スキル【トライ・エイス】
真月がミノブロスの右足から右腕、さらに胴を通って左腕、そして腹を通って再び右足へと走る。エフェクトが斬撃の沿ってその場に残り、フェンサーに重なるように青い三角形が描かれた。
ダメージは3割ほど。フェンサーの生命力ならまだ動ける。しかし、青いエフェクトが輝きを増すと切られた傷口が一気に凍りついた。
動きの止まったフェンサーにシンはとどめを刺すために首に向かって真月を振る。だが、シンがフェンサーに近づくよりも先に、障壁が展開された。
「プリーストの障壁」
シンはすぐさま真月で障壁を切り裂く。真月の性能ならば、レベル500台のモンスターの障壁など紙も同然だ。ただ、足が止まるのはどうしようもない。障壁を避けてフェンサーに向かうには、通路が狭すぎた。
凍りついたフェンサーの体が薄く輝く。プリーストによる回復だ。もともとの生命力が高いミノブロスは回復の効果も高い。回復役がつくと、それだけで倒すのに苦労する。みるみるうちに傷が塞がっていくが、それを黙ってみているほどシンたちの後衛もぬるくはなかった。
「撃つわよ!」
ティエラの声が響き、ファイター、フェンサーの間を縫うように矢が飛ぶ。一瞬見えたそれは、打撃力を上げたタイプの矢。フェンサーを回復していたプリーストめがけて飛んだ矢は、狙われていることに気づいたプリーストのメイスと激突する。甲高い金属音とともに、矢が弾かれる。しかし、プリーストもフェンサーにかけていた回復を中断させられた。
それだけで、援護としては十分。回復を受けたフェンサーも自力で氷をどけようとしていたが、動きはまだ鈍ったまま。シンの斬撃を防ぐことはできない。
「プリーストは任せて!」
プリーストの援護がフェンサーに集中したことで、ファイターのほうが疎かになったようだ。真っ二つになったファイターの横を通ってみるとがプリーストに斬り掛かった。ミルトの振るうオルドガンドを
プリーストがメイスで防ぐが、パワーのある一撃に膝をついている。
ここまでくれば援護のないフェンサーの首を飛ばすのは簡単だった。シンが援護に入るまでもなく、ミルトも数合打ち合った後、メイスを跳ね飛ばされ無防備になったプリーストの胴体を真っ二つにする。
全てのみのブロスを倒したのを確認してから、念の為に後続がいないかも確認しておく。襲ってくるのが一組だけとは限らないのだ。
「後続は、いないな。よし、戦闘終了」
「この広さだと、一度に戦うのは二人が限界だね」
「そうだな。敵もそうだけど、魔術士タイプが居るとそうも言ってられないんだよな。ティエラたちはユズハとカゲロウが守ってるから大丈夫だろうけど」
盾役を前に出して敵を足止めしている間に魔術士がダメージを与える。プレイヤーにとってはよくある戦法だが、敵も同じことをやってくる場合がある。迷宮ではそうなるパターンが多かった。今回のみのブロスは三体だけだったが、これはむしろ少ないほうだ。
「ティエラもナイス援護」
「うまくいってよかったわ。練習したけど、本番は緊張感が違うわね」
「矢の重さも違うだろうし、それであれだけ的確に当てられれば十分だ」
「そういってもらえると、少しは自信が持てるわ」
褒められたティエラはまんざらでもない様子だ。もっと扱い慣れて連射ができるようになれば、より戦略の幅が広がるだろう。
「罠の解除が終わりました。戦闘は問題なかったようですね」
「今のところは、ってつくけどな。これがギギラティスみたいなやつなら、また違ってたと思う」
今回はレベルも数も苦戦するような相手ではなかった。しかし、この先はわからない。
シュニーを先頭に、迷宮を進む。分かれ道とモンスターとの戦闘はその後も続き、何度か行き止まりを戻ることもあった。
シンが感じていた通り、ダンジョンの広さはゲーム時とは比べ物にならないほど広くなっている。マップ機能が使えなければ、どれだけ時間がかかったかわからない。
時間にしておよそ4時間。シンたちは大きな広間にたどり着いた。通路から広間に入る直前で、シンたちは足を止める。
「ここにボスが出ますって感じの場所だね」
「そうとしか思えないよな。広間の先に階段が見えるし。たぶん、広間に入ったら中の敵を倒し終わるまで出れないタイプだろ」
広間の先には通路があり、その先に次のエリアへの階段があった。広間は縦横100メルの四角形の形をしている。モンスターの姿はないが、ここまであからさまな場所で何も起こらないはずもない。
「俺の知ってるやつだと、一定時間生き残るか、出てくるやつを全部倒すかだな」
「僕も同じかな」
全方位から攻撃されるので、パーティの総合力が試される。今まではレトネーカにほとんど戦闘へ参加させずに来れたが、今回ばかりはそうも言っていられないだろう。
「入る前に、各自装備とアイテムの確認だ。ティエラは矢の補充をしておこう」
「お願いするわ。節約してたつもりだけど、やっぱり減りが早いわね」
迷宮を進む過程で、隙間を抜けて攻撃できる矢は重宝した。ティエラの腕前もあり、シンたちの戦闘の間を縫って敵の後衛を攻撃するという役目をしっかり果たしたのだ。その代償として矢は減ってしまったが、戦果を見れば十分である。
貫通力を高めたタイプが一番減っていて、次に打撃力を上げたタイプ、他には各属性の付与された矢といった塩梅だ。物理ダメージを高めるタイプの矢の減りが早いのは武芸スキルを封じられているというのもあるが、汎用性の高さも一因だ。物理攻撃の効かない霊体のような相手以外なら顔を狙うとダメージがなくても行動を妨害できるし、動きを鈍らせることもできる。直接的なダメージよりも味方の攻撃が通りやすいようにするために、ティエラは積極的に使っていた。
「皆武器の方は大丈夫か? もし気になるところがあったら言ってくれ」
「一応、耐久値を回復してもらっていいかな。大丈夫だとは思うけど、念の為」
「ああ、武器の仕様上、一番消耗が激しいはずだからな」
ミルトからオルドガンドを受け取ってから消耗度合いを確認する。モンスターの武器や外殻に叩きつけるようにして戦うので、刃の部分が摩耗したり凹んだりすることがある。素材が素材なので、現状目に見えて変形している場所はない。それでも、数値で見ると耐久値は減っている。
アイテムボックスから簡易炉を取り出して、素材を取り込ませて耐久値を回復させた。完全回復とはいかないが、95%まで回復していればよほどのことがない限り折れることはない。
「あとは、こいつに少しばかり手を加えてっと」
シンはアイテムボックスから薄い緑色の腕輪を取り出し、付与を行っていく。腕輪は成形しただけで何の付与もされていないので、装備ではなく見た目が変わるだけの装飾品といて扱われる。そのため、装備が破壊されても残るのだ。
付与を終えるとそれをメンバー全員に配る。付与の効果は攻撃を受けた際に自動で障壁を張ってくれるというもの。片手間で作ったものなので障壁の強度はあまり高くないが、不意打ちを防ぐのには使える。
一定回数発動すると壊れる使い捨ての装備だ。
「接近戦すると、すぐ発動しない?」
「飛び道具か魔術にだけ反応するように設定してる。だから普通に殴られたりすると発動しないから注意してくれ。あくまで不意打ち対策だ」
二階層でギギラティスがやってきたように、隠蔽状態からの遠距離攻撃は戦闘中に気づくのは難しい。モンスターに囲まれればなおさらだ。
「あとはユズハ、バフを頼む」
「くぅ」
ユズハの尾が白い輝きを放つ。ステータスの半減のデバフがかかっていても、味方からのバフは効果がある。本来の効果より上昇値が大きく下がってしまうが、今のシンには貴重な効果だ。
バフの効果はシン以外にも作用する。シュニーだけはステータスが上限に達しているので効果はないが、それが本来の数値なので仕方ない。
「じゃあ、いくぞ」
準備を整え、広間に入る。シュニーを先頭に、ミルト、ティエラとカゲロウ、レトネーカにユズハと続く。最後に殿のシンが入ると、通路と広間を繋いでいた場所に壁がせり上がり、退路が完全に遮断された。次のエリアへの階段がある通路も同じだ。
広間の出口が閉鎖されると、地面がぼこりと盛り上がる。出てきたのは、鎧を身にまとった人骨だ。
「地面が通路と違うのはそういう理由か」
石畳の通路と違い、広間の地面は土が踏み固められたもの。地面の下になにかいるのだろうなと予想はしていたので、さほど驚きはしない。
スケルトンの出現と同時に、広間の中央にカウントが出現した。カウントは100。
「敵の数かな?」
「時間の表示とは違うし、そうだろう」
会話をしながらもシンとミルトはアイテムボックスから当適用の岩を取り出し、投擲体勢に入っていた。シュニーも戦闘態勢に入っているが、こちらは魔術を放つ。
スケルトンたちが完全に土から出てくる前に攻撃を仕掛けるのは、持っている装備が明らかにただの剣や盾ではないのがひと目で分かったからだ。
ただのスケルトンではない。上位個体なのは間違いないと思うシンだが、鑑定ではスケルトンとしか出てこない。レベルも200前後だ。
不審に思うがここで手を抜く理由もない。攻撃体勢に入ったシンとミルトの持つ岩に、意図を察したユズハが神術のバフを掛けてくれる。
「くらえ!」
腕を使って上半身を出したスケルトンに、投擲した岩が直撃する。半身だけでは体がうまく動かないのか、盾で防御することはなかった。頭蓋骨を粉砕されたスケルトンが崩れ落ちる。ミルトの投げた岩も同じようにスケルトンの頭部を粉砕していた。
頭上のカウントが98へ変化する。やはり敵の数を表していたようだ。
「いきなさい」
シュニーが腕の出ている場所めがけて火球を降らせる。爆発で地面がえぐれ、骨が舞った。
カウントが95に減る。
同じように地面から腕が出てきたところに魔術を打ち込んでいると、カウントは80まで減った。まるでもぐらたたきだ。出てくるのは骨だが。
「これ、カウントが進むと強いのが出てくるやつじゃない?」
「そりゃそうだろ。これじゃ簡単すぎる」
話をしていても手は止めない。そして、カウントが70になったところで変化があった。足元にモンスターの気配が現れたのだ。
「下からくるぞ!」
地面を砕いて人骨が伸びてくる。足を掴んで動きを止めようとしたのだろう。とっさに動かなければ絡め取られていた。
シンたちを追うように、足の下から次々と手が伸びてくる。ならばとシンはスキルを使用して地面ごとスケルトンを砕こうとした。だが、それを読んだように地面から出てきたのは人骨の手ではなく剣の切っ先だった。
(狙いを読まれた? いや、地面の下からでもこっちが見えるのか?)
シンがかわした剣の持ち主は頭部がまだ地面の中だ。だというのに、突き出された剣はシンを狙って振り下ろされた。
真月で剣を弾き、スキルを発動して刃を地面に突き刺す。刀身から魔力による超振動が地面を伝わっていく。真月を中心に地面に亀裂が入り、半径10メル以内にあった地下の反応が一斉に消えた。
土術刀術複合スキル【地裂振】
さらに同じく範囲内にいたスケルトンにも次々と亀裂が入り、粉々になっていく。振動は打撃系の有効なモンスターにもよく効くので、出てくるのがスケルトンなら効果は抜群だった。
シュニーは地面ごと凍らせ、ミルトは剣や盾ごと武芸スキルで粉々にしている。
「ティエラとレトネーカも、大丈夫そうだな」
ティエラはカゲロウに飛び乗り、移動しながら一体ずつ確実に頭部を破壊している。レトネーカの方はユズハが補佐しながらハンマーでスケルトンを砕いていた。
ここまでで残るカウントは45。半分を切ったがモンスターに変化はない。
40,35,30,25。
次々と倒され減っていくスケルトン。変化が起こるとすれば切りのいい数字だろうとシンはスケルトンを倒しながらもカウントに意識を向けていた。
変化が起きたのはカウントが5になった瞬間だった。
今までにない巨大な反応が、シンの真下に現れる。反射的に跳んだ。地面が爆発したように吹き飛び、土煙が視界を塞ぐ。シンが透視で中を見るよりも先に、土煙を蹴散らして姿を見せたのは巨大な牙。
「ここからが本番か」
空中移動用のスキル【飛影】で宙を蹴るが、牙の主は重力などないかのようにシンに追従してきた。シンを飲み込もうと開かれた口の中には、螺旋状の牙が渦巻いている。
おそらくは、ワーム系のスケルトン。巨体と口の中の螺旋状の牙という特徴に、シンは覚えがあった。
だが、覚えがあることと対処できることは別物だ。鉱石すらミンチにするような牙の中に飛び込みたくはない。
シンはスキルを発動しながら、再び宙を蹴る。すると、その姿が三つに分裂した。ワームスケルトンを飛び越えるように上に飛ぶシンと、左右に避けるシン。突如分裂したシンに対してワームスケルトンは左に跳んだシンを飲み込んだ。
「外れだ」
閉じられた口の下から、シンが拳を叩きつける。拳が骨に触れた瞬間、振動が骨全体に伝播した。
無手系武芸スキル【透波】
ワームスケルトンの頭部が跳ね上がり、顎から口、さらに頭部全体へと亀裂が広がっていく。このまま砕け散るかと思ったシンだが、ワームスケルトンは跳ね上げられた頭部を振ってシンにぶつけてきた。とっさに宙を蹴る。頭部そのものはかわした。しかし、伸びた牙が避けきれずにシンの身を打つ。
「ぐっ!」
腕をクロスさせて防御する。ワームスケルトンは骨であっても巨体に見合うだけの質量があった。空中に作った不安定な足場ではその場にとどまれず、シンは跳ね飛ばされる。みしりと腕がきしみ、押し込められた腕が胸を打った。
「シンっ!!」
ティエラの悲鳴のような声が聞こえる。
ワームスケルトンはその一撃が限界だったようで、牙が折れると同時に頭部も砕けていった。頭部が壊れたことで胴体が力を失い地面に倒れる。土煙が舞う中、シンは地面に叩きつけられる直前に柔らかいものに受け止められた。
「シン、大丈夫ですか?」
「ああ、助かった」
受け止めてくれたのはシュニーだ。動揺していないのは、ここで倒されても死なないと理解しているからだろう。
『こっちは大丈夫だ! まだ敵は出てくるから、周りに気をつけろ!』
土煙の中で咳き込んでいるティエラに聞こえるように、心話で無事を伝える。残りのカウントは4。予想通りなら、もっと強いスケルトンが出てくる。
「でたか」
土煙の中に、四つの反応があった。気になるのは反応が二つずつ重なっているところ。土煙の中を透視すると、鎧をまとった馬型のスケルトンに全身鎧で武装したモンスターが騎乗していた。
それぞれ黒褐色の鎧に赤と青のオーラを纏い、悠然と構える姿は明らかに強者のそれ。
「テラー・ナイトですね」
「スケルトン系で統一されてるわけじゃないのか」
それぞれ逆の手に円盤型の盾と馬上槍を装備した姿は、スケルトンよりもデュラハンやリビングアーマーを連想させる。当然だが、モンスターしての格はワームスケルトンより上だ。
「ティエラたちが狙われるとまずい。合流しよう」
シンとシュニーを狙ってくるか、ミルトたちを狙ってくるか。数の少なさならシンたちだが、接近されるとミルト一人では厳しい相手だ。ユズハとカゲロウはどちらも強力なモンスターだが、その力故に味方を巻き込みやすい。
テラー・ナイトたちもそれに気づいたのか。馬を走らせ土煙の中をミルトたちに向かって駆けていく。ミルトやユズハはテラー・ナイトに気づいていたが、ティエラとレトネーカは敵が近づいているということしかわからないようだ。
「させるか!」
テラー・ナイトに向かって、シンは光術による遠距離攻撃を放つ。テラー・ナイトもスケルトンと同じく光術や神術が弱点だ。直撃すれば無傷では済まない。だが、シンの放った光線は赤のテラー・ナイトが持った盾に弾かれる。表面が溶けて変形していたが、本体にダメージが入った様子はない。
シュニーも走りながら水術を放つ。テラー・ナイトに向かって地面から氷柱が伸びる。青のテラー・ナイトは馬を足場に跳び上がって氷柱をかわし、空中で馬上槍を投擲した。
「この!」
土煙の中を高速で突き進む馬上槍にミルトがオルドガンドを叩きつけて軌道をそらす。その間に、氷柱の展開範囲を避けて赤のテラー・ナイトがティエラたちに迫っていた。
シュニーが魔術を放ちなら赤のテラー・ナイトに迫る。氷柱を迂回した分、シュニーが追いつけるだけの時間が稼げていた。
青のテラー・ナイトはミルトと戦っている。土煙の中で馬上槍とオルドガンドが火花を散らしていた。投擲した馬上槍はテラー・ナイトの一部なので、プレイヤーの使う一部の武器のように手元に戻すことができる。そのため、武器を手元から離しても僅かな隙を作ることしかできない。
「重いッ」
互いの重量級の武器。打ち合いは互角に見えたが、段々とミルトの傷が増えていく。操る武器の動きが、精彩を欠いていた。デバフによるDEX半減が、ここにきて足を引っ張る。
そこへ、背後からシンが斬り掛かった。
盾で受ける青のテラー・ナイト。円盾の半ばまでを切り裂くが、完全には断ち切れずに止まる。一瞬の硬直。その状態で青のテラー・ナイトは腕を振り、半ばで止まった真月がシンの手から離れた。武器を失ったシンに馬上槍を繰り出そうとする青のテラー・ナイト。しかし、ミルトがオルドガンドを打ち込んで動きを止める。
視界から消える真月には目もくれず、シンは青のテラー・ナイトの腕に飛びつく。盾ごと腕を振ったせいで伸び切っている腕の付け根に向かって、予備の武器として用意していた短刀を突き刺した。
「吹っ飛べ!」
短刀が光を放ち、青のテラー・ナイトの内側から同色の光が漏れる。
神術刀術複合スキル【清浄ノ一刀】
弱点である神術を直接体内に打ち込まれ、青のテラー・ナイトがガクガクと身を震わせる。馬上槍が地に落ち、動きが鈍った隙をミルトは見逃さなかった。大きく振りかぶったオルドガンドを青のテラー・ナイトの頭部に叩きつける。
斧術系武芸スキル【巌砕き】
青いエフェクトを残して、オルドガンドが青のテラー・ナイトを両断した。ひび割れた鎧が砕け、HPがゼロになる。
シュニーの方へ目をやれば、半分になった盾と先端が砕けた馬上槍でどうにか攻撃を防いでいる赤のテラー・ナイトの姿があった。乗っていた馬は、すでに首を立たれて倒れている。
シンは魔術スキルで赤のテラー・ナイトの足元を凍らせる。バランスを崩した瞬間、蒼月が赤のテラー・ナイトの首を飛ばした。
頭上に表示されていたカウントが0になる。青のテラー・ナイトの乗っていた馬は倒していないが、乗っていた主を倒すと撃破したとしてカウントされるようだ。
通路と広間を遮断していた壁が下がり、次のエリアへ降りる階段が見えた。
「いやー、きつかったー」
細かい傷が目立つミルトが、手で顔を仰ぎながら歩いてくる。
「DEXって大事だね。思うように武器が動かせないんだもん」
「それを言ったら俺なんて全部半減してるんだが? いつもなら切れるはずの相手が切れないのはきついぜ。さっきだって、テラー・ナイトを内側から吹き飛ばすつもりがとどめまでいかなかった」
いつものステータスならば、青のテラー・ナイトの盾の腕ごときり飛ばせた。できない可能性を考えていたので動揺することはなかったが、やはりいつもの動きができないというのはやりにくかった。
「それを言ったら、私何もできなかったんだけど」
「ティエラは視界に作用するスキルを取ったほうがいいな。今回みたいな土煙もそうだけど、霧とか煙幕とか使ってくる敵もいるし」
「簡単そうにいうけど、スキルは貴重なものなのよ? おいそれと身につくものじゃないんだけど」
そこまで言って、でもシンだからなぁとティエラは眉根を寄せていた。
「とりあえず、回復と装備の確認だな。流石にこのまま次のエリアにいくのは無茶だ」
「さんせーい!」
ボスを倒した広間はセーフティエリアだ。迷宮を歩き回って精神的にも疲れている。今日はここで休むことにした。
食事を終えてから、シンはメンバー全員の装備の点検作業を行う。見学を希望したレトネーカに、チェックするポイントを教えていく。逆に、レトネーカからも黒の派閥でどうやっているのか聞いた。どうやらメンテナンスの仕方に大きな差はないようだった。
メンテナンスが終わるとここからが本番だ。折角なので、貴重な金属を使って物作りをしてみないかとレトネーカに提案する。無理ならそれはそれで構わないとも伝えた。鎚を持つのが怖いと言っていたのが、簡単に克服できるとは思っていない。
「どうする?」
「……やって、みたいです」
レトネーカの表情は固い。それでも、やりたいという意欲は本当だと思えた。
シンは用意していた鎚をレトネーカに差し出す。小さく深呼吸して、レトネーカは鎚を手に取った。
「やれそうか?」
「はい。大丈夫です。シンさんと皆さんの姿を見て、鍛冶師の役目が、少しだけわかった気がするんです」
手が震える様子はない。台の上に座らせ、オリハルコンのインゴットを取り出す。
「オリハルコンは魔力を含んだ炎でないと加工が難しい。理想を言えば、今使ってるくらいの魔力炉がほしいな」
「難しいということは、魔力を含んでいない炎でも加工はできるんですか?」
「できるにはできる。長時間かけて熱し続けることで少しずつな。だけど、時間がかかりすぎるのと反応が一定にならないから加工が恐ろしく難しいんだ。正直に言って、とてもすすめられない。鍛冶のスキルを最大まで上げて、それ以外にも鍛冶と関係しているスキルも上げ切ってようやくまともに打てるようになるくらいだ」
「そ、それは……」
ゲーム時代ならいざ知らず、今の世界ではまず不可能な内容を聞いてレトネーカは言葉を失っていた。それほどまでに扱いが難しいのだ。
ただし、魔力炉を使えば話は別である。
「まともに動く魔力炉を使えれば、難易度はかなり下がる。それでも難しいことに変わりはないけど、加工可能な状態に持っていければあとは作り手の腕次第でどうにかできる」
「腕次第で」
鎚を握る手に力がこもっている。シンはレトネーカの様子に注意しながら、加工時の注意点を教えていった。
「加熱したインゴットに鎚を打つときは、魔力を込めて打つ。これは魔力操作の練習をすればできるようになる。鎚に魔力をためて、それをインゴットに流すイメージだ」
技術自体は、黒の派閥にもある。あとは、どれだけスムーズに、無駄なく魔力を込められるかだ。こればかりは、練習するしかない。
「じゃあ、俺が打つから相槌を頼む。練習だから、打ち込むのはレトネーカのタイミングでいい。俺の魔力の流れを見ながら、やってみてくれ」
「わかりました」
熱したインゴットを金床の上に置き、まずはシンが鎚を打つ。食い入るように見つめていたレトネーカは、小さく息を吐いてから鎚に魔力を込めた。シンからすれば拙いと言える状態。それでも、この世界ではこれができるだけでもすごいことなのだ。
振り上げた鎚がインゴットの上に落ちる。シンのときとはまるで違う音が響いた。
シンがキーンという澄んだ音なら、レトネーカのはガギンとでのいうような耳障りな音だ。
「魔力の込め方、伝わり方。それらが違うだけで、こんなにも音が変わる。どうする? まだやるか?」
一度打ち付けただけで、レトネーカの手は震えていた。それでも、レトネーカはやめるとは言わない。
頷くレトネーカにシンもうなずきを返して作業を再開する。
暫くの間。鍛冶場からは澄んだ音と鈍い音が交互に響いていた。
▼
一夜明け、シンたちは次のエリアへ向かう階段を降りた。
スロットを回し、先へ進む。不運は前日に使い切ったのか、出てきたデバフは戦闘に支障のないものばかり。幸先は良さそうだ。
階段を降りきると、金色の兎が描かれた扉が姿を見せる。最終エリアの扉だ。
「最終エリア、何が出ると思う?」
「結構レベルの高いボスばかりだったし、やっぱりあれじゃない?」
「だよな。でも本人は残りは運だって言ってたし」
最終エリアのボスはこれまたランダムだ。各階層が高レベルだったからと言って、最終エリアも高レベルとは限らない。
最後がとんでもない雑魚だった、というパターンも報告されていた。しかし、ここに来てそれはないだろうとシンとミルトは考えていた。
「予想がつくのですか?」
「フルベガスが出てくるパターンもあるんだよ。レアボスってやつだ」
倒すと獲得報酬が二倍になるという特典がある。
そうでなくとも、わざわざダンジョンに呼び寄せるような真似をしているのだ。最後は自身で締めるのではないかという思いがある。
「考えても仕方ないか。いこう」
エリアに入ればわかること。議論してても意味はないと、最終エリアへの扉を開いた。
直ぐに目に入ったのは、金色に輝く台座。その上に座るのは、もちろんフルベガスだ。
「よく来たわね。嬉しいわ。そして、ここで私を引き当てるなんて、運がいいのか、悪いのか」
「手を加えたわけじゃないのか?」
「そんな野暮な真似はしないわよ。私が手を出したのは一度だけ。ここに私がいるのは、あなたたちが私を引き寄せたからよ」
台座から立ち上がり、フルベガスは歩みを進めた。次第にその姿がかすみ、靄が立ち上る。
そして、靄の中から巨大な毛玉が現れた。それも、5メルサイズの見上げるような毛玉だ。
「いや待て、俺の知ってる大きさじゃないぞ」
「もしかして、噂で聞いた本気モードってやつかな」
毛玉がもぞりと動く。小さな――毛玉と比べればだが――尻尾がぽんと生え、大きな耳が天に向かってそそり立つ。
振り向き、見下ろしてくるのは愛らしい顔とつぶらな瞳。
そのあまりにも大きな体躯にさえ目をつぶれば、可愛いと呼べる姿だ。
「私を引き当てた上に、さらにこっちが当たるなんて、ずいぶん運が悪いのね。それとも、報酬が欲しくないのかしら」
ふわふわの毛を揺らしながら、フルベガスがシンたちに目を向ける。
(ユズハを見てる?)
上から向けられる視線が、自分に向けられていないことにシンは気づいた。報酬のセリフと合わせて考えれば、誰を見ているのかは想像がつく。
「いるに決まってるだろ」
もしかすると、フルベガスの持っている情報をユズハは知っているのかもしれない。口にしないのも、理由があるのかもしれない。
しかし、それでもシンははっきりと言う。
ダンジョンに来てからユズハが妙に口数の少ないことも、戦闘で動きが鈍いことも気づいていた。ユズハだって、シンが自分の様子に気づいていることに気づいていたはずだ。それでも、何も言わなかった。
ユズハ本人に問いただしても、おそらく何も言わないだろう。今までの付き合いで、そのくらいはわかる。
フルベガスも意味のない情報をわざわざ伝えようとするとは思えなかった。
理由はない。だが、一人でリスクを背負おうとしている。そんな予感がした。
「なら、やることは一つね。私を倒してご覧なさい」
瞬間、空間が割れた。
そう錯覚するほどの、威圧感。
眼の前にいるのは神獣であると、そう知らしめる意図を感じた。
武器を構える。フルベガスに向かって駆け出そうとしたその時――。
「ごめんなさいね」
金色の閃光が空を裂いた。狙われたのは自分ではない。そう気づいて仲間に目を向けると、レトネーカとティエラが消えていくのが見えた。
「レトネーカちゃんは足手まとい。ティエラちゃんはまだこのステージは早いわ」
聞こえるのは戦闘前の明るい声音。変わらぬその声音が、今は恐ろしい。
カゲロウが、背中のティエラがいないことに動揺している。仮にも同じ神獣。だというのに、フルベガスはカゲロウに反応させることなく背中のティエラをその爪で切り捨てた。
これが、自分の領域で本気を見せた神獣の力。
――――『フルベガス レベル1000』
鑑定が、フルベガスのレベルを教えてくれる。
「あえて見せてくれたのか?」
今のシンのステータスで、フルベガスのレベルが見えるはずがない。これが本気だと、公開してくれたとしか思えなかった。
「GGGAAAAAAAAAAッ!!」
カゲロウが本来の姿に戻る。全身から雷を放ち、フルベガスに襲いかかった。
『仕掛けるぞ!』
心話でシュニーとミルトに叫び、隠蔽をかけて接近する。今のシンでは、正面からぶつかるのは自殺行為だ。
巨大化したカゲロウが、フルベガスの喉元に噛みつこうと牙を剥く。飛びかかったカゲロウを、フルベガスは避けなかった。巨体同士がぶつかり合い、地面が揺れる。
カゲロウはフルベガスの胴体に爪を突きたて、首元に噛みついた。一気に噛み千切る。そう考えているのがわかるほど、カゲロウは怒りに燃えていた。
だが。
「幼い」
ドンッと、空気が震えた。鈍く重い音がカゲロウの腹あたりから聞こえたと思ったときには、見上げるほどの巨体が宙を舞っていた。
「坊やには、もう少し経験が必要ね」
三条の閃光が二度。クロスするように宙に描かれた。地面を転がるカゲロウの右前足が切り飛ばされ、顔と胴体が半ばまで分かたれる。少しの間を開けて、カゲロウの姿が消えた。
(圧倒的すぎる)
シンの知るフルベガスの強さとは、次元が違う。
初めて完全体のエレメントテイルを相手にしたときと同じ感覚が、全身を駆け巡っていた。
勝てない。
剣を交える前にわかる。あまりにも圧倒的な、力の差。
「だとしても!」
フルベガスに向かって、駆ける。
デバフを受けていようが、諦める気はない。
「僕だって!」
ミルトもオルドガンドを振りかぶって走る。
そんなシンたちを、フルベガスは無言で待った。
先に振るベガスに仕掛けたのはミルト。青いエフェクトを残して、オルドガンドが一際強く輝いていた。
「足手まといには、なりたくないんだ!」
流星の如き輝きをまとって、フルベガスの胴体にオルドガンドが叩きつけられる。
放つは自身の最高峰。
斧術系武芸スキル【至伝・星砕】
フルベガスに対して特殊な効果はない。ただただ、己の最高の一撃だった。
「いくぞ!」
わずかに遅れて、シンが仕掛ける。
地面を蹴って飛び上がる。身体強化、斬撃強化、かけられるだけのバフを自身にかけた。
放つは至伝。武芸の極地。
刀術系武芸スキル【至伝・神狩】
効果は神獣、または神に属するモンスターに対する威力の上昇。
真月の刀身が黒く染まる。巨大化する闇色の刃。それを、紫色のオーラが覆った。
フルベガスは振り下ろされる刃をじっと見ている。【星砕】を受けてわずかに身を後退させながら、右腕を自身と刃の間にかざした。
「無謀、か」
「そうでもないわ」
スキルの効果時間が終わり、オルドガンドの輝きが消え、闇色の刃が砕け散る。
攻撃を受けたフルベガスの胴体は毛がバッサリと切れ、かざした右腕には、一筋の傷ができていた。
「次は本気でやりましょう」
フルベガスの爪が金色の光を放つ。再び振るわれる二度の斬撃。
宙に残った光の軌跡が消えたとき、シンとミルトの姿はどこにもなかった。
「それで、あなたは戦わないのかしら?」
「いえ、ですがその前に、聞いておきたいことがあります。ここでならば、邪魔は入らないでしょうから」
蒼月の刃が光を反射して輝く。
シュニーの視線は、戦いの中で動くことのなかったユズハに向けられていた。
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第二十四章『黄金の博兎』【6】
誤字報告 240515
装備が良くてもステータス半減はあまりにお大きい → あまりに大きい
正確だって悪くないのだ。出会う順番次第では → 性格だって
ティエラたちの方へ言っていたミルトが戻って → 行っていた
ファイターの横を通ってみるとがプリーストに斬り掛かった → ミルトが
全てのみのブロスを倒したのを確認してから → ミノブロスを
アイテムボックスから当適用の岩を取り出し → 投擲用
第二十四章『黄金の博兎』【5】
誤字報告 240515
やれることが大いに越したことはないし → 多いに
ダンジョン場出現した場所の周囲をある程度の → ダンジョンが
数を増し、先に近いところで増えるのが止まり → 千に近い
アシュマンドも自慢の大鎌を存分に震えない → 振るえない
第二十四章『黄金の博兎』【5】240504
誤字報告
無事自体が違えば多少なりとも → 武器自体
まあ、本人に効かないとわからないけどな → 聞かないと