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1巻

1-2

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 うながされ、部屋の中に足を踏み入れる。
 大理石の玄関……といっても段差がなく、部屋の間仕切りもない。フロア全体が見渡せる場所で、私は立ち尽くした。
 背後で施錠していた部長が「靴のままでいい」と教えてくれる。……ここは本当に日本なのだろうか。

「誤解がないように言っておくが、いつも部屋に女性を連れ込んでいる訳ではない」

 それはそうだと思う。こんな場所にほいほい女性を連れ込んだら、帰りたくない人が続出して困るに違いない。
 私だって、あこがれの上司のご自宅に入れてもらえて、正直かなり舞い上がっている。

「社内の人間を連れて来たのもはじめてだから。この意味、わかってる?」

 意味深に問われ、私は試験時間終了間際に解答用紙の空欄を埋めるように急いで答えた。

「わ、わかってます。絶対に勘違いしたりしません。部長は私のいらないものをもらってくれるだけです。大丈夫です。職場で自慢したり、気安く声をかけたり、そんなこと絶対しませんから、安心してください」

 割り切った大人の関係と言えばいいのか。わかってる。ちゃんとわかってるつもりだ。
 それはそうと、心配なこともある。

「あの、部長は私が相手で楽しめますか? 処女ってめんどくさいって……」

 都市伝説的な男性の意見が、すでに私の固定観念になっている。
 心配になって部長を見上げると、彼は優しく笑って顔を近付けてきた。反射的に逃げるように引いたあごのがさないと、くいっと持ち上げられる。

「んっ……ン、ン…………部長っ」

 何度か角度を変えて唇を重ね合う。ふんわりとお互いのアルコールを含んだ吐息が混じり合って、また酔ってしまいそうだ。
 口付けのたびに身体の距離も近付いて、もつれるように抱き合った。
 膝は震え、ヒールのある靴では身体を支えきれなくなっている。思わず部長の首に腕を回すと、口付けはより深くなり、舌が絡み合う。
 いやらしい、まるで恋人同士みたいなキス。

「はぁっ……んっ……ンっっ」

 なんでこんなに興奮しているんだろう。どんどん荒くなる息遣いに、少しだけ残っていた冷静な私が疑問を投げかけてきた。

(そっか、私、キスも久しぶりなんだ)

 キスだけで倒れそうなくらい翻弄ほんろうされている。やっぱり経験値が高い大人の男は違う。
 部長はとにかくキスがうまい。いや、うまい下手を判断できるほどの経験はないけれど、このキスが好き。
 呼吸の方法を忘れがちになり、思い出したように鼻で大きく息を吸い込むと、スーツから魅惑的な大人の香りがした。
 部長は私の下唇をペロリとめ、いたずらを思いついたように言った。

「正直、処女はめんどくさい」
「えっ……」

 もしかして、私のキスが下手だった? 魅力も経験もない私じゃ、やっぱり部長を満足させられない?
 戸惑う私に、部長はまた軽く唇を重ねる。

「ついさっきまでは、僕もそう思っていたけど考えが変わった。君に処女だと告白されて、なぜかわからないがとても興奮した」

 どこがどう興奮したのか、グッと下半身を押し付けられて思い知る。

「新しい性癖を目覚めさせた責任をとってくれるかな、結城くん?」

 口の端を片方だけ上げて笑う瀬尾部長は、職場では絶対に見せない危険な光を瞳に宿していた。


 部長が、寝室があるという上階へ案内してくれる。上階は温かみのあるクッションフロアになっていて、独立した部屋がいくつかあるようだった。
 螺旋らせん階段を上がっていった廊下の一番奥が、主寝室。
 セミダブルのベッドと一人掛けのソファーチェアと、小さいテーブルがあるだけのシンプルな部屋。室内には入り口とは別の扉があり、そこはクローゼットになっているようだ。

「シャワーはあとでいいだろう?」

 部屋に足を踏み入れたものの、これからどうすればいいのかわからない。戸惑っていると部長が背後から私を抱きすくめる。
 ――セックスをする前って、こういうものなの?
 それが、割り切った関係だったとしても、その一瞬だけは恋人同士みたいに触れ合うのが普通なの?
 部長が、胸元まである私の髪を払いのけた。首筋にそっと唇が触れると、それだけで甘いしびれが生まれる。

「で、でも、私、きっと汗かいてるし…………んっ、部長っ!」

 チュ、チュと首筋を吸われて、くすぐったさより官能的なしびれが強くなっていった。

「ここで中断したら、君がグダグダ迷いはじめそうだから」
「……部長、今日はなんだか意地悪です」
「僕も、自分にこんな一面があるなんて知らなかった。普段は女性の気持ちを最優先している」
「だったら、今日もそうしてください。先にシャワーを使わせてもらえませんか?」
「だめだ」

 部長は少し強引に私の身体を抱きかかえ、そのままベッドまで歩いていく。

「やっ、重いから」

 大人になってから、誰かに全体重を預けたことなどない。落下の恐怖から、部長の首に腕をまわしてしがみついた。
 すぐにやわらかいマットレスの上に丁寧に下ろされる。私の家のベッドと違う、身体を包み込むような心地よさが、抵抗する意思をにぶらせる。
 私がベッドの海で溺れている間に、乗りかかってきた部長の身体に完全に動きを封じられてしまう。

「さて?」

 どうしてやろうかと、部長が不敵に笑う。
 部長の手がそっと伸びてきて、服越しに私の胸をなぞっていく。敏感な先端部分は、まだ服と下着に包まれているのに、触れられると否応いやおうなく主張してきてしまった。
 部長は、その部分をおもしろそうに何度もこすった。
 これはずかしい。部長の微笑みは「服の上からでもわかるぞ」と、私のはしたなさを指摘しているようだ。でも、ずかしいのに、気持ちがいい。
 何年も眠っていた、自分の女の部分の情熱をこれでもかと呼び起こされて、じれったさが増していく。

「あの、愛撫とか、あまりしなくても……」

 いた気持ちになり、思わずそう言った。
 今の部長にじっくりと時間をかけられたら、特別な感情が生まれてしまいそうだ。手遅れになる前に引き返さないと、戻れなくなる。

「やっぱりおかしい……」

 部長が私を不思議そうに見つめる。

「私が?」
「いや、僕が。いやがられると、すすんでしたくなる。時間をかけるなと言われたら、朝までなぶってみたい気がしてきた」
「冗談ですよね?」
「僕は、あまり冗談を言わないタイプなんだ。……早く終わらせたいのなら、自分で服を脱いだらどうだろう」
「でも、部長が上に乗っていたら脱げません」
「頑張ればできるさ。ほら、上だけでも」

 私の腰は、部長の膝にがっちりと挟まれていて、完全に身を起こすことはできない。動かすことができる手を伸ばし、カットソーのすそを引き上げる。身をよじり、なんとか頭を浮かせて服を脱いだ。

「なんだ、器用なんだな」

 もたつく様子を楽しみたかったのか、つまらなそうな顔をする。本当に意地悪だ。こんな人だなんて知らなかった。
 にらみつけると楽しそうに顔を近付けられて、なぜか鼻をつままれた。
 驚き、目を見開く。これでは鼻で息ができないから、当然口も開く。

「んっんんんん――――!」

 まるで、私の喉の奥を目指しているかのように、部長の舌が滑り込んでくる。
 荒々しく口の中を犯された。唾液だえきが混じり合い、舌がからめとられる。歯と歯がぶつかりカチッと小さく音を立てても、さらに奥を探ってくる。
 いつの間にか、部長の指は鼻から離れていたけれど、息をするのも危うく忘れそうになった。苦しさから彼の胸を何度も叩くと、ようやく解放される。

「はぁっ、はぁっ……私の息を止める気ですか?」

 ほんのりまなじりに涙が浮かぶ。

「やばい……」

 部長は口元を手でおおいながらつぶやいた。

「君がいやがったり戸惑ったりしている姿を見ていると、たまらなく興奮する。正直自分でもかなり混乱している」

 そう言いながら、部長は私の上から退いていく。
 私はようやくその重さから解放され、ほっとする。でも部長の目は、私を自由にしたふりをして、実は逃がさないとしっかり見張っていた。
 危険な人からのがれたい私は、そのままうしろにズリズリと後退あとずさる。ベッドのヘッドボードまで辿たどりついた時、今度は簡単に足首を捕らえられた。

「やっ……」

 片方の膝裏を持ち上げられて、スカートの中が彼の視界にさらされる。ビリッと破かれたのは穿いていたストッキングだ。

「部長……やだっ」

 破かれた隙間から部長の指が滑り込み、私の秘所に触れる。

「しっかり濡れてるじゃないか」

 部長は私の秘密の谷をなぞり、あふれていた蜜をすくい取るよう指先に絡めた。そして、濡れた指先を私に見せつけたあと、それを自分の口に含んだ。

「そんなこと、しないでください。……汚い」
「汚くなんてないさ。君も興奮している証拠なんだから、嬉しいよ」

 私は羞恥しゅうちのあまり耳を赤く染めた。このいやらしく危うい行為に、味わったことのない興奮を覚えていることは否定できなかった。
 わずらわしそうにネクタイを外した部長は、シャツのボタンを、上からいくつか外していく。
 その所作に思わず見惚みとれる。男性らしいほどよく厚みがある胸元がのぞき、私はごくりとつばを呑み込んだ。
 美しい裸体を披露ひろうしてくれるのかと、期待しながら待っていると、部長は服を緩めただけで、また私の服を脱がしはじめる。
 ブラもスカートも、さっき破いたストッキングも、すべてがぎ取られていく。結局全部脱がすのなら、わざわざ破く必要はなかったのに。
 自分だけ裸になるのはずかしい。それもきっと、部長の意地悪のひとつだ。
 身体を隠すものがなくなって心もとなくなり、私が胸を自分の手でおおうと、部長はさっき外したネクタイを手に持った。

「隠すと、縛りたくなる」

 目が本気だ。

「痛いのと、苦しいのはやめてください」
「君が本気でいやがることはしない」

 なおもネクタイを手に迫ってくる部長を、私は必死で押しのけた。

「それだけは本当にいやです」
「……わかった、今日はしない。その代わり、ここへ来て自分からキスをして?」

 しぶしぶ手にしていたネクタイを手放した部長は、ベッドの上にあぐらをかくと、そこを指して言う。
 下着すらつけていない私が、高そうなスラックスをはいたままの部長の上に、直接座ることはできない。めいっぱい近付き、膝をついて唇を寄せる。

「もっと激しく、舌を絡めて」

 要求通りに、懸命に舌を絡ませる。さっきまでの一方的に受けるだけの口付けとは違い、急に自分がみだらな女になった気分になった。
 私の秘所は、触れられてもいないのに、またじっとりと蜜をしたたらせていく。

「あっ……」

 口づけの最中にとがった胸の先を刺激され、思わず小さくあえぐ。唇を離してしまうと、後頭部に部長の片方の手が回り、また距離をゼロに戻された。
 キスをやめたことをとがめるように、先端を強くいじられ、そのたびに私はくぐもった悲鳴を上げた。
 胸をいじっていた部長の指が、やがて下へと移動していく。内腿うちももをとんとんと叩かれ、足を開くようにうながされた。できた足と足の隙間に彼の指が忍び込む。
 くちゅ、くちゅと、上からも下からも、聞きなれない水音が響き、私を淫猥いんわいな世界に誘い込んでくる。

「んっ……、ゃっ……んっ、ンン」

 唇を離すとなにをされるかわからない。部長の肩にしがみつき、必死に食らいつく。それでも一番敏感な肉芽を執拗しつように攻められたら、せり上がってくる強い刺激に耐えきれない。

「ああっ、あっ…………そこはっ! やっ……」

 あえぎながら、空気をたくさん吸い込んだ。不足していた酸素が急に身体を駆け巡り、しびれとだるさが襲う。
 部長の肩にもたれかかって、それでもなお、やまない刺激の波を震えながらやりすごす。

「……もう、いれてください」

 このままこの人に翻弄ほんろうされ続けたら、自分が自分でなくなってしまう。未知の領域へ足を踏み入れる恐怖より、終わりの見えない快楽に不安を覚える。だから、私は早い決着を望んだ。

「まだ、ほぐしてない。痛いのはいやなんだろう? 指で慣らすから、もう少し足を開いて」

 たっぷりとうるおっていた蜜口は、指の侵入を簡単に受け入れた。
 入り口をき回すように探られると、とろりとした蜜があふれて内股を伝う。
 そのことに彼も気付いたのか、にやりと私を見た。

「指を増やしてみようか」

 すぐに二本目の指が差し込まれる。

「二本目も余裕だ。ひくひくと喜んでくわえ込んでいる」

 部長の指先が、奥からなにかをき出すように刺激を与えてくる。指の動きにこたえるように、私は自分の身体から湧き出てくるものがあると自覚した。
 ピチャ、ピチャと水音が響く。

「あっ……あっっ、だめっ! 汚れちゃうから」

 彼の手も服も、ベッドをおおうシーツも、私のいやらしい蜜で汚れてしまう。
 やめてと懇願こんがんしても、私を追い詰めることに夢中な部長は、決して手を止めてはくれなかった。

「構うものか。……汚していい」

 さらに強く奥を刺激され、自分が制御できなくなった。

「あっ、あっ、やっ……あああっ」

 指を追い出すように中がうねる。ひくひくと蜜口を痙攣けいれんさせながら、シーツに雨を降らせていく。
 全身が些細ささいな刺激にも感じてしまうほど敏感になり、私はその場にくたりと倒れ込んだ。

「……もう、いれて」

 このままでは、本当に朝までなぶられる。追いつめられた私は、もう一度力なく自分からねだった。
 それでも部長は自分のモノを解放することなく、今度はどろどろに汚れた秘所に、顔を近付けた。

「やぁ、汚いからっ……それはやめて、やぁっ……あっ、あっ」

 指で、舌で、溶かされ、けがされ、おかしくなりそうになる。どれくらいの間その行為が続いていたのか、時間の感覚がなくなるほど乱された。

「部長、ほんとにもう無理です、いれてください」
「肩書で呼ばれても、その気になれないな」
「瀬尾さん、お願いします」
「やり直し」
「……諒介さん、お願いします。いれてください、もう待てないの」

 私が何度も懇願こんがんすると、部長はベッド脇に置いてあった避妊具を手に取った。自身のたかぶりをあらわにして、繋がる準備をしている。その雄々しい姿を前に、ようやく望みが叶うのだと、私の身体は歓喜で震えた。
 ――一体今まで、なにをそんなに怖がっていたのだろう。今の私には、一線を越えることにためらいがない。彼から、怖がる隙を与えられてはいないのだ。
 正面から硬く太い竿さおを押し込まれる。強い圧迫感が襲うが、我慢できないほどの痛みはない。

「……っん」
「大丈夫か?」
「はい……」

 ゆっくり腰をすすめながら、安心させるように、私の頭をでてくれる。
 口付けで蕩かされながら、部長の熱いかたまりが私の奥の奥まで辿たどり着いた。私の身体の中に、自分以外の大きな存在がある。否応いやおうなく実感させられると、少しだけ怖くなった。

「部長……んっ、ふぅ、もっとキスして」

 なにかにすがりたくて、私は自分からキスをねだった。
 部長の熱い舌が私の口内を犯すたびに下腹部がうずき、自分の中に収まっているモノの存在を余計に強く感じてしまう。

「そんなに締め付けないでくれ。よすぎて余裕がなくなりそうだ」
「あっ……ごめんなさい……でも無理、だってこんなに大きいモノが……」
「痛い?」
「んっ……痛みは、それほど……でも、どうしていいのかわからなくて」

 私がそう言うと、部長は繋がったまま自分だけ身体を起こした。

「力を抜いて、ゆっくり呼吸をするんだ」

 秘部にある私の小さな突起に、部長が刺激を与えてくる。
 じっとりと濡れてよくすべるその部分は、軽く擦られただけで、強い刺激が生まれる。全身を駆け巡り、波のように何度も押し寄せる快感を、私は確実に拾っていた。
 ぎゅっぎゅっ、と、自分の中にいる欲望のかたまりを締め付けてしまう。
 部長は苦しそうに顔をゆがめ、ひたいに汗を浮かべた。
 締め付けてはいけないと言われたけれど、無理だった。

「んっ、あ、それ、だめです。触らないで。身体が言うこと聞かないの」
「ここでは気持ちよくなれない?」
「わからない、でも、部長が苦しそうだから、だめなんです。……あっ、んあっ」

 快感を逃がそうと、シーツをつかみ、私は腰をくねらせた。

「っく……。君がかわいすぎて、辛い。……少し、動くから」

 部長は慣れない私のために、自分を抑えてくれていた。その優しさがたまらなく嬉しくて、愛おしくなる。
 でも私は、彼にそこまでしてもらえるほど価値がある存在ではない。

「私……大丈夫ですから、もっとめちゃくちゃにして……ひどくしてほしい」

 一晩で終わる関係なら、完璧な思い出なんていらない。これ以上優しくされることが怖くなった。

あおった君が、いけない」

 ――痛いほうがまだいいのに。そんな想いとは裏腹に、私の身体は律動から、痛み以外のものを拾いはじめてしまう。
 これを快感というのかはわからない、とにかく強くて激しいものに圧倒される。

「はあっ、諒介さん、部長……、ああっ、激しくて、んっ」

 ぽたりと、部長から流れ出た汗が、肌に落ちる。そのわずかな刺激さえ快感となって私を満たす。
 部長の先端は、私の奥までちゃんと届いていて、もうそれ以上先には進めないはずだ。それなのに、彼は何度も最奥の壁を叩いて、まだ未到達の地がないか探し求めていた。
 腹に近い部分を強く刺激されると、そこではっきりと快楽を感じた。泉のようにみだらなしずくが次々とあふれてくる。けれど部長のたかぶった陰茎がせんになって、放出をはばむ。

「あっ……部長、私もう無理、だめっ、だめっ、私おかしい」
「いいんだ、おかしくなって……操」

 はじめて名前を呼ばれ、それが合図だったかのように、大きな白い波が襲ってくる。
 腰を浮かせ、くねらせ、みだらに叫び、たくましい男の人の身体にすがり付きながら、私は果てた。


   §


 疲れ切ってうとうとしていたら、空は闇の色から、明るい青さを取り戻していた。隣に瀬尾部長の姿は見当たらず、私は部屋に一人だった。
 部長のものらしき部屋着のシャツが、私の身体に無造作にかけられていて、とりあえずそれを羽織はおり、立ち上がる。
 自分の服はどこだろうと見回すと、ソファーチェアの上にきっちりと畳まれ、置かれていた。
 そして、新品のショーツとストッキングと歯ブラシ、旅行用の洗顔セットも一緒に用意されている。

「うわぁ」

 どれも男性が一人暮らしをしている家には置いてなさそうなもの。
 グレーの綿素材のショーツも、洗顔セットもよくコンビニで見かける商品だ。

(まさか、部長が一人で買いに行ったの?)

 一体どんな顔をして、早朝のコンビニのレジに持って行ったのか。
 想像しながら、おかしさと気恥きはずかしさで頬を緩めていると、ガチャリとドアの開く音がして、バスローブ姿の部長が現れた。

「おはよう。起きたのなら、シャワーを浴びてくるかい?」
「はい、お借りします。あの……これ、買ってきてくださったんですか?」
「ああ。それしか売ってなかったから、好みに合わなくても我慢してくれ」

 部長は缶コーヒーを買う感覚で、女性用ストッキングを買いに行けるらしい。ためらう人も多そうなのに、さらっとやってくれるなんて、すごい。

「シャワーの間に、僕は朝食を用意しておくから、済んだら下のダイニングにくるといい」

 朝からさわやかに部長のおもてなしを受けて、私はただ戸惑った。昨日の意地悪な人はどこへ行ったのだろう。部長も実はお酒に酔っていたのかもしれない。


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