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【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!

第14話

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 学園内にあるテラスには、エドアルド王子とウェンディと私の三人しかいなかった。
 きっと王子のために前もって人払いをしてあるのだろう。
 しかしよく見るとテラスの奥では用務員が掃除をしている。
 距離があるため顔は見えないが、きっとあの用務員は王子の護衛だ。

「ローズには先程も述べたが、二人とも入学おめでとう。さっそくだけれど、君の名前は?」

「ウェンディと申します。この度は私のような者をお食事会に招いていただきまして、誠に光栄です」

 ウェンディがスカートの両端を持って広げつつ、王子に自己紹介をした。

「かしこまらなくてもいいよ。ただのランチだからね」

 王子の言う通り、テーブルの上には学生に相応しい簡素な食事が並んでいる。
 王子の口にするものだから当然毒見はされているのだろうが。

 ウェンディも王子にしては簡素な食事だと思ったのだろう。
 意外だ、とはっきり顔に書いてある。

 全く隠せていないウェンディの表情を見た王子は、くすりと小さく笑った。

「そんなに意外かな。学園に通うからには、僕も他の生徒と同じものを食べるべきだと思っているんだ。郷に入っては郷に従えと言うからね」

「素晴らしいお考えですわ、エドアルド王子殿下」

 ウェンディが大袈裟な身振りを交えながら王子を称賛した。
 このウェンディは王子狙いなのだろうか。
 それとも先程表情で意外だと語ってしまった失敗を取り戻そうとしているのだろうか。

 ぼーっとそんなことを考えていると、王子が軽く咳払いをした。

「さて本題だけれど。ウェンディ、君は聖力の持ち主らしいね」

 王子はこのランチの本題はウェンディの聖力の話だと言い切ってしまった。
 ゲームでは、このランチでローズがウェンディに意地悪をして王子に呆れられるのだが、実際この場にいると意地悪をしたくなる気持ちも分からなくはない。
 王子にとって婚約者とのランチでの本題が、急遽ランチについてきたウェンディの聖力の話、なのだから。
 ローズとしては面白くないだろう。

「聖力の持ち主と出会えるなんて、僕は運がいいね」

「お恥ずかしながら聖力についてはまだよく分からないのです。私は平民出身なもので、あまりそういった本を読む機会が無くて」

 よく分からないと言いつつ、原作ゲームの通りならウェンディはエドアルド王子とランチを食べた日の夜に『死よりの者』を聖力で撃退する。

 ……って、あれ。
 ということは、次の事件が起こるのはもう今夜のことなのか。

 ゲームでは、今夜ウェンディが授業棟にある図書館から寮に帰ってくると、生徒を襲ったばかりの『死よりの者』に出くわしてしまう。
 咄嗟にウェンディが『死よりの者』に向かって授業で習った呪文を唱えると、手から眩い光が放出され、その光に当たった『死よりの者』は灰と化して消える。

 『死よりの者』に襲われていた生徒はすでに亡くなっているという後味の悪い結果にはなるものの、これがウェンディが『死よりの者』を倒す記念すべき最初の事件となる。

「せっかく聖力を持っているのに、すみません」

「別に謝る必要はないよ。これから学べば良いだけのことだ」

 ぼーっと考え事をする私を置き去りにして、王子とウェンディの話は進んでいく。

「君は、文字の読み書きは出来るのかな?」

「学園への入学が決まってから必死に勉強をしました。ありがたいことに学園の関係者の方が無償で教えてくださったのです」

「君は聖力を持つ聖女だからね。金を払ってでも君の教育がしたいと考える者は大勢いるだろう」

 原作ゲームでは学園に来る前にウェンディが教育を受けているシーンは割愛されていた。
 しかし、なるほど。
 平民のウェンディが文字の読み書きが出来るのにはそういった事情があったのか。
 学園の関係者であればウェンディに聖力があることを知っていただろうから、自分が『聖女の恩師』になりたかったのだろう。

「でも誰も、私が聖女だなんて教えてくれませんでした。私自身のことなのに」

「君が聖女だと知れ渡ると、君の身に危険が及ぶ恐れがあるからね。きっと君を安全な場所に連れて来るまでは口が裂けても言えなかったんだよ。怒らないであげてくれ」

 このセキュリティがばがば学園が安全とはとても思えないのだが。
 この世界の人間の認識ではここは安全な場所なのか。

「エドアルド王子殿下は優しいのですね」

「事なかれ主義なだけだよ」

「ご謙遜を。それでですね、あの、聖力のことなのですが……」

「遠慮せずに言ってごらん?」

 王子に促されたウェンディはおずおずと切り出した。

「自分に関することでもあるので、早く聖力に関する本を読みたいと思っているのですが、しばらくは図書館が開いている時間に寄ることが出来そうにないのでお預けで……それがとても悲しいのです」

 ウェンディがしょんぼりとしながら俯いた。

 ウェンディの言う通り、最初の一週間は新入生にとって最も忙しい時期と言える。
 学園に入学した新入生は、授業の予習復習に入学関連の手続き、寮生活におけるルール確認や当番制の確認、委員会活動や部活見学と、授業時間外も大忙しなのだ。
 図書館に行っている時間など無いだろう。

「それなら僕の権限で図書館の鍵を貸そう。それを使って今夜ゆっくり本を借りてくるといい」

「まあ! いいのですか!?」

 いいわけがあるか!とツッコみたくなるが、これは原作ゲームと同じ流れだ。
 ウェンディが『死よりの者』と出くわすためには、部屋の外に出なければならない。
 いわゆる強制イベントだ。

「予定を詰めて無理に時間を作っても、限られた短い時間の中では良い本を選ぶことは出来ないからね」

「でも、先生方に怒られないかしら」

「正直に言ったら怒られるだろうね。だから先生方には秘密だよ」

 原作ゲームでは、深夜に図書館を訪れたウェンディはそこで用務員のセオと出会う。
 こっそり王子からウェンディが深夜に図書館へ行くから見てあげてほしいと頼まれていたセオは、ウェンディと一緒に聖力に関する文献を探すことになる。
 その際に同じ本を取ろうとしてセオとウェンディの手が触れてしまうイベントが発生する。
 このとき表示されるスチルイラストがゲームの宣伝動画でも使われていたため、この何気ないイベントがセオ推しにとっては外せない重要なイベントと言われていた。

「ローズも、僕が彼女に図書館の鍵を貸したことは秘密にしておいてくれるね?」

 急に話を振られて、現実に引き戻された。
 王子はお願いをするような優しい口調だが、その実、王子からのお願いを断ることなど出来るはずもない。
 ゲームでもローズは渋々といった様子で了承していた。

 ……だが、私は気付いてしまった。
 ウェンディを上手く動かすことで、犠牲者が出る前に『死よりの者』を退治できるかもしれない、と。

 だから、今の私が言うべきは。

「おそれながら王子殿下、学園内の施設を私的に利用することは他の生徒たちから反感を買いかねません」

 今夜ウェンディが図書館へ行くのを阻止する発言だ。
 ウェンディを図書館へ行かせずに、犠牲者になる予定の生徒が襲われる前に『死よりの者』と対面させられれば、誰も殺さずに『死よりの者』を退治することが出来るかもしれないのだから。



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