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【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!
第16話
しおりを挟む王子とウェンディとのランチを終え、さらに午後の授業が終わると、生徒たちは全員大講堂に集められた。
昨夜の事件についての話をするためだろう。
ざわつく生徒たちに、学園長が静かな声で事件の説明をした。
昨日の事件は、被害者の状態から見て人間ではなく新種の魔物の仕業である可能性が高いこと。
学園にも寮にも強固な結界が張られているため、外からの侵入は不可能なこと。
考えられるのは何者かが学園内で魔物を召喚したこと。
召喚魔法は膨大な魔力が必要なため生徒の犯行の可能性は低いこと。
女子寮内にも男子寮内にも魔物も不審者もいなかったこと。
……つまりは、ほとんど何も分からなかったということだ。
最後に校長がしばらくの間は生徒の独り歩きを禁じると告げて、集会は終わりとなった。
「お嬢様、もう戻られますか?」
「ええ。部活紹介が始まる前に、一度自室に戻るつもりよ」
「お部屋までお送りいたします。ヘアメイクも解かないといけませんので」
集会が終わると、大講堂の入り口ではナッシュが私を待っていた。
当然のように自分も女子寮の中に入ることを前提で話をしている。
「いいえ。ローズ様は私と一緒に女子寮へ行きますのでご心配なく」
するとどこからともなくやって来たジェーンが、ナッシュと私の間に入り込んだ。
なんだか既視感のある光景だ。
「お嬢様をお守りするのは私の役目です」
「これから行くのは女子寮です。私の方が適任です」
「あなたの細腕ではいざというときにローズ様を守れません」
「特進科に入れなかったということは、あなたの武術も大したことはないのだと思いますよ」
両者一歩も譲ろうとはしなかった。
というかジェーンはどうしてナッシュにだけはこうも当たりが厳しいのか。
普段からこの強気な態度を出していれば、いじめられることもないだろうに。
「三人で行けばいいじゃない」
これ以上険悪な雰囲気になる前に切り出した。
今日はやることがたくさんあるのに、こんなところで時間を使ってはいられない。
私は二人を置いて颯爽と歩きだした。慌てた二人が後からついてくる。
「確かにいざというときのことも考えなければならないわね」
前を向きながら、二人に向かって話しかける。
「ジェーンは夜になったら部屋から決して出ないようにしてちょうだい。昼間でもひとけの無い場所に行っては駄目よ」
「はい、仰せの通りに!」
私に心配されたことが嬉しかったのだろうジェーンが、明るい声で返事をした。
「あなたも……」
言いかけてやめた。
ナッシュは攻略対象だから殺されることは無いだろう。
「あなたは武器になるようなものを探して、今日中に私の部屋まで届けてちょうだい。ジェーンの分もお願いね」
「仰せの通りに」
ローズも悪役令嬢でありローズルートの主人公だから、ゲームの通りに進むなら途中で死ぬことは無いだろう。
だが私は今日、ゲームとは違う動きをするつもりだ。
その結果がどうなるのかは分からない。
ゲームの流れを無視することで、主人公補正が掛からなくなるかもしれない。
少なくとも身を守るための武器は必要だろう。
「あなたはここまでで結構よ」
女子寮についた途端にナッシュにそう告げると、当然のようにナッシュは食い下がった。
「お嬢様。昨日魔物が出たばかりですので、部屋に着くまでは……」
「私を部屋まで送り届ける時間が惜しいわ。早く武器を探して来てちょうだい」
しかし私にそう言われてしまうと断れなかったようで、ナッシュは名残惜しそうにしながら女子寮を後にした。
私の隣ではジェーンが勝ち誇ったような顔をしている。
「ねえ。どうしてあなたたちは仲が悪いの?」
「前にも言いましたが、私はローズ様にはエドアルド王子殿下とくっついてほしいのです。だからあの男は邪魔です」
バッサリと切り捨てるようにジェーンが言った。
「だいたい婚約相手のいるローズ様を、というか主人であるローズ様のことを、抱きしめるなんて! なんて羨ま……恨めしいのでしょう!」
今、羨ましいって言おうとしなかった?
……まあそれは置いておいて。
そういえば今朝ナッシュが暴走した現場にジェーンもいたのだった。
でもこの様子なら、ジェーンがあの件を誰かに言いふらすことはなさそうだ。
「あの男がローズ様のことを抱き締めたなんて話が王子殿下の耳に入ったらと思うと、不安で夜も眠れません!」
「あなたが言いふらさなければ平気よ」
「言いふらすものですか! 思い出しただけでも羨ましさで爆発しそうです。早くエドアルド王子殿下とローズ様の妄想で上書きしないと!」
「妄想って」
「……そうだ。エドアルド王子殿下が生徒会長の挨拶のときにローズ様に合図を送る妄想で上書きしよう。ラブラブな二人の間だけで通じる秘密の合図。王子殿下が髪を耳にかける仕草は『ローズ、愛しているよ』のサインで、ローズ様がウインクをしたら『私もよ』の合図。言葉にしなくても愛する二人は会話が出来るの!」
ジェーンは独り言を呟きながら遠い世界に行ってしまったようだった。
こんなに面白い子なら、ゲームでもジェーンを第一の被害者になんかしないでローズの友だちにすればよかったのに。
そんなことを考えているうちに自室に到着した。
まだ呟き続けているジェーンの肩を叩く。
「ねえジェーン。ナッシュが武器を持ってくるまでの間、私の部屋でお喋りして行かない?」
お喋りに誘われたジェーンは、予想通りに顔を綻ばせた。
それを了承と受け取った私は、ジェーンを部屋に招き入れてからドアの鍵を閉めた。
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