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【第三章】 旧校舎で肝試し

◆side story セオ

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「エドアルド王子殿下、これは一体どういうことですか!?」

 信じがたい書類を目にした自分は、すぐにエドアルド王子殿下に抗議をしに行きました。
 仕えている王家に忠誠を誓っている自分ですが、これはあまりにもあんまりです。

「僕は来年からハーマナス学園に通うことになったから、君には学園に潜り込んでほしいんだ」

「自分は王子の護衛が務まるほど屈強ではありません」

「分かっているとも。セオは護衛として付けるわけではないよ」

 エドアルド王子殿下は綺麗な顔を、柔らかく微笑ませました。

「学園に通っているからと言って、国や王宮に無頓着ではいられない。だからセオには、情報伝達を頼みたいんだ。もし王宮内の勢力争いが激化しても、学園という閉鎖空間にいたら情報が届きにくいからね。それに他国の情勢にも常に目を光らせておく必要がある」

 学園内にいてもきちんと王家としての役割を果たそうとするとは、王子として責任感のある立派なお考えをお持ちです。
 この方が権力を握るのであれば、この国の未来は明るいでしょう。

「ですが……」

「何か問題があったかな?」

 自分がエドアルド王子殿下に情報を届けることは何も問題ありません。
 精一杯務めさせていただく所存です。
 問題はそこではありません。

「何か問題があったかな、じゃないんですよ! どういうことですか、二十四歳というのは!?」

 問題なのは、自分の年齢が二十四歳で登録されていることです。

「若い方が新人としてやりやすいと思うんだ。君も、君を教える先輩も」

「それはそうかもしれませんが……無理ですよ、こんな大胆な鯖読みは!」

 当然の抗議に、しかしエドアルド王子殿下は微笑みを崩しません。

「セオは僕の側近だ。年齢が同じだと僕が側近を連れていると怪しまれる可能性がある。けれどこれだけ年齢が違ったら、僕の側近とは別人っぽいだろう?」

「そうですね。書類しか見ない人たちの目は誤魔化せるかもしれません。仰る通り、年齢を偽って働くメリットはあります」

 だから年齢を偽ることは許容できます。
 しかし、しかしです。

「さすがにこれは無理です。偽り切れません!」

 どう考えても、二十四歳は鯖を読み過ぎです。
 こんな鯖読みが通用するはずがありません。

「大丈夫だよ。王宮でもセオは若く見られがちだろう?」

「若く見られると言っても、せいぜい三歳程度ですよ! 十一歳も鯖を読めるわけがないじゃありませんか!」

 そうです。自分は今、三十五歳なのです。
 三十五歳の自分に、二十四歳として学園に潜り込めと、エドアルド王子殿下はそう仰っているのです。
 正気を疑います。

「大丈夫、君なら出来るよ」

「出来ませんよ」

 エドアルド王子殿下は指をあごに当て、考えている素振りを見せてから告げました。

「それなら、老け顔を気にしている二十四歳ということにするのはどうだろう」

「どうだろう、じゃないんですよ。無理ですからね!?」

 「老け顔を気にしている二十四歳」などというややこしい設定にするなら、最初から三十代として学園に潜り込ませてほしいものです。

「君は若く見える家系の出身だと聞いたよ」

「確かに曾祖母と祖父は年齢よりもずっと若く見える容姿だったらしいですが、父の時点でそうでもなくなっています。そして自分はさらに血が薄まっています」

 曾祖母の持っていた若く見える遺伝子も、ここまで薄まると無いようなものです。
 そもそも自分は曾祖母の顔を年老いた状態の写真でしか見たことがないので、若く見えたというのも本当のことかは分かりません。
 祖父は直接見たことがありますが、自分が見たときにはもうしわくちゃのお爺さんでした。

「うーん。じゃあ、若者言葉を使ってみるのはどうかな。見た目だけではなく言葉や仕草でも若さが出せるはずだよ」

 なおも渋る自分に、エドアルド王子殿下が無責任なアドバイスをしてきました。

「……逆にお聞きしますが、頑張って若者言葉を使う三十五歳をどう思いますか?」

「あいたたたーと思うかな」

 エドアルド王子殿下がニコニコしながら言いました。

 もしかして……エドアルド王子殿下は、若者言葉を使って必死に二十四歳に見られようと努力する自分のことを見て楽しむおつもりでした?

 エドアルド王子殿下はこういうお茶目……と言えば聞こえは良いですが、性格の悪い面がたまに表出するので、部下としては改めていただきたいものです。



「そういえば、学園には厩舎があるらしいよ。ウサギ小屋もあるという話だね」

 自分が首を縦に振らないことを見兼ねたエドアルド王子殿下が、別のアプローチをしてきました。
 動物好きの自分に、学園にいる動物の魅力を伝える作戦のようです。
 しかしそんなことで二十四歳設定を受け入れるわけにはいきません。

「だからどうしたと言うのですか」

「……学園にはきちんとした世話係がいるのかな。もしかして劣悪な環境で飼育されていたりして」

 動物の魅力を伝えられても我慢するつもりでしたが、エドアルド王子殿下の作戦はそうではなかったようです。

「そういえば学園の食堂では、馬肉の刺身や、ウサギ肉のパイなんてメニューもあるらしいよ。もしかして馬やウサギが弱ったら死ぬ前に食べる方針なのかな。的確な世話をして長生きさせるのではなく、弱ったらどんどん入れ替える方向で……」

 なんと非道な!

 ……いいえ、落ち着きましょう。
 これはただのエドアルド王子殿下の想像に過ぎません。
 学園で実際にこういったことがされているかは分かりません。

「確認したところ、学園には飼育員が在籍していなかったんだ。じゃあ誰が世話をしているんだろうね。きちんと動物の世話が出来る人間が学園にいれば、彼らはもっと長生きできただろうに、可哀想だよね。そう思わないかな、セオ?」

 ああ、駄目です。
 こんなことを言われて、動物たちを見殺しになど出来るでしょうか。
 いいえ、出来ません!

「学園に事務員として潜入する話、謹んでお受けさせていただきます」

 自分の言葉を聞いたエドアルド王子殿下は、キラキラと爽やかな顔で笑いました。



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