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【第四章】 町での邂逅
◆side story ミゲル
しおりを挟む「お兄さん、この町初めて? それなら、おれが案内するよ!」
「ありがとう」
「どこに行きたい? この町のことならなんでも知ってるよ。おれ、お兄さんと一緒に町を歩きたいなあ」
おれが無邪気な笑顔で聞くと、身なりの良い男はおれに案内されることを承諾した。
よっしゃあ。カモ、ゲット!
「この町にはたいした観光名所は無いけど、楽しい場所に案内するね!」
「頼んだよ」
「えへへ。おれにまかせて」
おれは他所から来た人間を見つけては、町を案内して日銭を稼いでいた。
しかしこれは、よくあることじゃない。
大した観光名所の無いこの町に来る人間など、滅多にいないからだ。
ただ、春から夏にかけてだけは、ボーナスタイムと化す。
ハーマナス学園に入学した新入生たちが、町に遊びに来るからだ。
しかし新入生たちは時間が経つと案内されなくても自分で町を歩くようになるため、荒稼ぎが出来るのは短い期間だけだ。
そのときを、今か今かと待っているが、まだ新入生たちは町にやって来てはいない。
だからこの時期に来たカモ……観光者は、絶対に逃せない。
* * *
「くそっ、これだけかよ。シケてんなあ」
おれは観光者から渡された小銭を石の上に置きつつ、悪態をついた。
おれたち窃盗団のアジトでは、この石がテーブル代わりだ。
「せっかく猫を被ってやったのに」
「それでもありがたいよ。これで今日は全員パンが食べられる」
窃盗団の仲間は小銭を前に、目を輝かせていた。
「いつも通り、おれの代わりに買い物に行ってくれ。おれ、パン店のばあさん苦手なんだよ」
「何度も言うけど、パン屋のおばあさんは優しい人だよ?」
「おれは、あの同情を孕んだ目つきがちょっとな。見下されてるみたいで腹が立つ」
「同情してくれるんだから優しい人だよ。ゴミを見るような目で見てくる人が多いんだから」
このアジトでは、孤児たちが集まって一緒に暮らしている。
今はおれを含めて四人がここのメンバーだ。
「ゴミといえば、ゴミを漁りに行ったあいつは?」
「さっき一度帰って来たけど、収穫が無かったって。また探しに行ったよ」
「物乞いに行った奴は?」
「まだやってると思う。期待は薄いけど」
「お前は……」
「客は一人だけ。激しくされたから二人目の客が取れなくて……治療を頼んでも良いかな?」
「早く言えよ」
おれは仲間を藁の上に寝かせると、患部に治療魔法を掛けた。
今日はずいぶんと酷くされたようだ。
「……そろそろ盗むしかねえか。リスクは高いけど、一番稼げるもんな」
毎日ボロボロになって、それでも今日を生きるのが精一杯だ。
それなら窃盗をして金を得た方が良い。
捕まったら終わりだが、このままだとおれたちは明日にも終わってしまうかもしれない。
「……ごめんな」
「なんで謝るんだよ」
「だってお前だけだったら、その能力で充分食っていけるだろ」
仲間が言っているのは、おれの治療魔法のことだ。
この能力は需要が高いらしく、上手く使えば食うに困らない生活が保障される。
しかしそれだけに、治療魔法を持っている者は人さらいに遭いやすい。
「いいものを食うどころか、おれは悪い奴に捕まって、死ぬまで良いように扱われるのがオチな気がする」
「でも、今より良い生活が出来るかもしれない。その可能性はあるよ」
なおもおれの治療魔法に希望を見出す仲間の肩を軽く叩く。
「盗みが上手くいったら、全員で良い生活が出来るぜ」
「捕まったら終わりだけどね」
どうやら仲間は窃盗に乗り気ではないようだ。
モラルを重視した行動だけでは、腹はふくれないというのに。
「じゃあ……もう少ししたら、ハーマナス学園のボンボンたちが町に来る。それまで耐えようぜ」
「そうだね。彼らはきちんとお金を払ってくれるから好きだよ」
仲間は疲れたような顔で笑った。
確かに普段相手にしている奴らと比べると、学園のボンボンたちの相手は楽勝だ。
「それに今回は観光案内だけじゃなくて、もっと荒稼ぎしようぜ」
「どうやって?」
すぐには具体的な方法が思いつかないが、学園のボンボン相手ならどうとでもなる気がする。
あいつらは純粋だから、きっとすぐに騙される。
「具体的には後で考えるけど、何かを高値で売りつけようぜ。あいつら物の値段なんかまともに知らねえだろ」
「またそういう悪いことを考えて……」
仲間は咎めるような口調なものの、強くは止めなかった。
窃盗よりはマシだと判断したのだろう。
「学園に通える恵まれた奴からちょっとばかし金をもらったところで、心は痛まねえもん」
「ミゲル悪っ」
だって不公平だろ。
おれたちは今日を生きるために身体を酷使しているというのに、学園の奴らは当たり前のように綺麗な服を着て良いものを食っている。
それがどれだけ恵まれていることなのか、きっと理解もしていない。
「生まれた家が良いっていう、ただの運だけで裕福な生活をしてる奴らなんか、一回地獄を見ればいいんだよ」
「そんなこと思ってても、観光案内するときは猫被るんだよね?」
仲間が楽しそうにおれのことを見た。
おれは両手を頭に当てて、手を猫の耳に見立てて動かして見せた。
「当然だろ。可愛い可愛い猫を被って、馬鹿なボンボンどもから金をむしり取ってやるんだからな!」
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