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第11章 過去と未来
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しおりを挟む品川の街は東京の品川と遜色ないほどに賑わっている。
江戸で一番高い愛宕神社を登れば、江戸を一望できる。
一体どれだけの人がこの景色を見て、何を思ったのだろうか。
そして、薫は元の時代の東京を懐かしく思い出していた。
私が勤めていた会社もこの近くにあるのかな。
こんなに海が近いなんて思いもしなかった。
「富士山だ…。」
白い雪が頭に乗った綺麗な富士の山が悠々とそびえ立っている。
―約束だ。わしを富士に連れていけ。―
思い出したのは他でもない、無邪気な笑顔をたたえた吉田稔麿だった。
「約束、果たしましたよ。」
薫は小さな声で呟き、胸元に閉まった一枚の手紙に手を当てた。
「別れは惜しんだか。」
後ろから音もなく、土方が歩み寄って来て薫の横で足を止めた。
薫の言葉を聞いてそう言ったのか、薫の後姿を見てそう言ったのか薫にはわからなかったが、
はい、とだけ答えると、薫は愛宕神社の石段を一段ずつ下りて行った。
愛宕神社の麓には新たな隊士が黒山の人だかりを成していた。
その中には、かつての明るさを取り戻した藤堂の姿もあった。
「薫、早くしないとお前の分の夕餉食べちまうからな。」
「駄目ですよ、藤堂先生。食べ過ぎは体に毒です。」
「俺はまだ食べ盛りだからいいんだ。ほら、行くぞ。」
そう言って、薫と藤堂は一行の先頭を歩く。
「随分手荒な真似をしたようで。」
後から下りて来た土方に伊東は勝ち誇った表情を向けて言った。
「事実を述べたまでだ。」
「藤堂君の心を弄んだでしょう。
師匠として見過ごせませんな。」
「あんたが何を企んでいるのか知らねえが、俺がいる限りあんたの好きにはさせねえよ。」
「あらぬ疑いを掛けられているようですが、私は歴とした近藤先生の同志ですよ。」
伊東は扇で口元を隠しながらほほ笑むと、一行の最後尾について歩き始めた。
「近藤先生の名前を出すあたり、侮れませんな。」
「斎藤、お前だけが頼りだ。」
土方が強く拳を握りしめたのを齋藤は見逃さなかった。
そして、承知とだけ短く呟くと、伊東らから距離を置いて二人は歩き始めた。
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