幼馴染じゃなくなる日

３．普通男子×地味女子

９

　小学校四年生の秋の日のことだ。
「おい、由衣、どうした？」
「……あ、うん」
　後ろから祐輝に声をかけられ、曖昧に返事をした。
「どうした」
　追いついた祐輝が、由衣の視線の先を辿る。
　林道脇に、林に向かって頭から止めた一台の車があった。
　帰り道、二人は明日学校で必要な団栗を拾いながら歩いていた。通学路から少し逸れた林道を歩いている時だった。
「ん？」
「あの男の人、女の人のおっぱい吸ってるの……赤ちゃんじゃないのに」
「あ、ほんとだ」
　運転席の男性の顔が、助手席の女性の胸の上にあった。それを見た瞬間、由衣はびっくりして、立ち止まってしまったのだった。
「あの人、赤ちゃんじゃないよね」
「うん、大人だな」
「やだ、大人になっても赤ちゃんみたいなこと」
「するんだろう」
　今あそこ通るのまずいからこの辺で団栗拾っておこう、と祐輝は由衣の手を引いた。
　車の男女のことは気にしないことにした。
　団栗を相当の数を拾い集め、そろそろ帰るか、と祐輝が声をかけた。
　もうそろそろ車がいなくなっているだろう、と二人は踏んでいた。
「どうしよう、まだ車あるよ」
「あるな……てか、車、揺れてねえか？」
「……ほんとだ」
　よく目を凝らして見ると、助手席に男性が座り、先程の女性が跨がって身体を揺らしていた。衣類がはだけて、上半身が見えている。
「やだ……！」
「セックスしてる」
「へ!?」
　祐輝の口から飛んでもない言葉が出てきた。聞いたことがある単語ではあった。気になって調べたこともあったが、よくわからないままだった。あまり口に出してはいけない単語だというのも感じていた。
「好き同士の男と女がああやって抱き合ったり、キスしたり、おっぱい揉んだり、いやらしいことをするんだって。さっきおっぱい吸ってたのもそうだ」
「なんでそんなこと知ってるの……」
「んー、なんとなく」
　顔から火が出そうだった。
「えええ……」
「セックスしたら子供が出来るんだ」
「そうなの？」
「お父さんとお母さんがそうやって、俺が生まれた。由衣のお父さんとお母さんもそうなんだよ」
「えええ……コウノトリじゃないの？」
「違うよ」
「そうなんだ……」
　子供心に由衣はショックを受けた。
　結婚したらコウノトリが子供を運んできてくれるというのを、ずっと信じてきたのに。
　あんないやらしいことをして、自分が生まれてきたのだかと思うと、頭の中が混乱してしまった。
「あんな恥ずかしいことするの……」
「俺らも大人になったらするんだよ」
「えーっ」
「そうやって子供を作るんだから」
「そう、か……」
「由衣もいつかするんだよ」
「嫌だ、おっぱい吸われるの」
「別におっぱい吸われなくても、ほかのことしたらいいんじゃないの？」
「例えば？」
　子供のころの由衣は無知だった。自分より物事を知っている祐輝に、思わず訊いてしまった。
「例えばって……そんなこと言われても……」
「うーん」
「い、いいだろ。大人になってから教えてやるから」
「祐ちゃんが？」
「ああ。俺と由衣は結婚するんだから」
「わかった」
　そしてあの頃は素直だった。
　車がまだ揺れているのを見て、ドキドキした。
　そして、見てはいけないもを見てしまったことで、二人は秘密を持ってしまった。
「絶対、見たことは人に言うなよ」
「うん」
「俺らの秘密だぞ」
「わかった」