大人の恋愛の始め方

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【第3部】祐策編

21.提案(後編)

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 その大きさに、祐策のほうが驚いてしまったくらいだ。
「いきなり……なんで」
「いや……てっきり、俺がずっと好きなだけだと思ってたけど、真穂子も好きだって言ってくれたから……」
 何の取り柄もない自分を気にかけてくれていたことで、自分は片思いをしていたし、食事に誘っても嫌な素振りはなかったので、嫌いではないのだろうとは思っていた。一体どこを好きになってくれたのだろうかと疑問だった。
「ボタンつけてくれたり、弁当作ってくれたり……誰にでもしてたわけじゃないだろ」
「祐策さんだけだよ」
「それが不思議で……。同情かなあって思ったりもしたけど」
「同情じゃない。好きだから、力になりたいなあって」
「……俺のこと、いつ頃から好きだったの」
「ゆ、祐策さんは?」
 俺かよ、と祐策は頬をかいて戸惑った。
 訊いたのはこちらなのに、質問返しだ。
「俺は……、気がついたら気になってたかな。最初っから世話焼いてくれてただろ。面倒見がいい人だしな、って思ってたから。俺に対してのはただのビジネス親切かなあって思ってたから、俺もそのつもりでいた。彼氏いるのかなーとか、いるだろうなあ、いなかったとしても、俺にはどうしようもないしなって。けど……ボタンつけてもらった頃当たりから、もう、なんていうか……好きだってのをマジで自覚したかな。だけどやっぱり、元ヤクザだし、どうしようもないよなって……」
 俺には惚れる資格ないと思ってたよ、と真穂子の顔を見た。彼女は少し頬を膨らませ。悲しげな顔で見返してきた。
「そんなことないのにな」
「で、真穂子は?」
「えっ……」
 真穂子は困惑しているのが恥ずかしいのか、顔を背けた。
「わたしは……祐策さんより先に好きになってたよ」
「え、嘘、なんで」
「なんでって……好きになるのに理由なんてわからないよ」
「……それは、そうかもしれないけど、さ……」
 知りたいじゃん、と祐策はぼやくように言った。
 以前、高虎に「なんでおまえがいいのか、聞いたことないのか?」と言われたことがあった。いつかそれを確認したかったのだ。
「言いたくないことは言わなくてもいいけどさ。……って前に俺が言ったし。胸のなかにしまっときたいなら、それでもいいし」
 知りたいけどさ、ともう一度ぼやいた。
 諦め、握っていた手を離そうとしたが、真穂子がぎゅっと握る。
(……?)
「覚えてないと思うけど、昔付き合ってた人が厄介で……その人から助けてくれたことがあって……」
「あー……うん、なんとなくは……」
 嘘だ。高虎に聞いてぼんやり思い出しただけだ。
「相手を言葉だけで伸したの見て、めちゃくちゃすごいって思った、かな。その時の人が同じ会社に入ってきて……あの時の人かもしれない、って気づいて……義兄に探りを入れてみたりして」
(神崎さんが言ってたな……)
 高虎が、真穂子にいろいろ訊かれたと話してくれたことを思い出した。その時は真穂子が祐策のことを探っているのだとは思ってはいなかったという話だったが。
「わたしのこと覚えてるかな、って思ったりしたけど、全然覚えてなかったみたいだし」
(うぉっ、覚えてないことバレてる!)
 なんとなく、でもなかったことははっきりバレている様子だ。
「その時は助けてもらったように、困った時にはわたしも助けてあげたいって思って……」
「うん」
「彼女いたら迷惑だろうなって思ったから、義兄に探って……ってこんなことしてたなんて、中学生とか高校生みたいで恥ずかしいよね……」
(幸か不幸か、彼女はいなかった……)
 手を繋いでいないほうの手で顔の半分を覆っている。赤らんでいるのが覗き見えて、その様子も可愛く思えた。
「恥ずかしくない」
「……はあ……恥ずかしい……」
「俺は嬉しい」
「無口だけど、頼りになる人だなって思うことがあって」
 ちょくちょく手伝ってもらったり、と彼女は言った。そういえば大きな荷物を移動させる時は、祐策は率先して手を貸している。おっさんたちは動かないし、役に立たない。自分がやらないと困るのは真穂子だ、それが苦痛だったからだ。
「そういうところも素敵だと思ってた、かな……」
「ん」
 俺のほうが恥ずかしいわ、と口には出さないだ身悶えた。
「気がついたら、好きだった、かな」
「そ、そっか……」
 お互い、ずっと片思いしてたのかと思うと、なんだかもどかしい。両片思いだなんてわからないのだから当然なのだが。
 握った手を引き、身体を引き寄せた。
「こんな俺なのに、ありがとな」
「こんな……って言わないの」
「ん?」
 祐策はふと気づいた。
(言葉だけで伸した?)
「ちょっと待って」
「え?」
「昔付き合ってた人……の下り、なんだけど。真穂子、俺が言葉だけで相手を伸した、って……それどういう状況だった……? もしかして」
(相手の……握り潰した……いや潰してはねえけど、股間を握って失禁しやがった……時にいたってことか?)
「えっと……確か義兄さんに『相手が二度と現れないようにシメるから』って言われて、場所を言われて……行ってみたら……祐策さんが、相手を伸してた? そんな感じだったと思う」
 真穂子がいたのは、初めて会った時だけだと思っていたが、彼女は相手を締め上げる場にいたのだ。気づかなかったが。
「ドラマみたいだった。びっくりしたけど、これでつきまとわれなくてすむんだって思ってすごくほっとしたし、二人にはとっても感謝したよ」
「んー……俺は、神崎さんにやれって言われたからやっただけではあったんだけどね」
 まあそれがあったから、隣に真穂子がいるのかもしれない、そう感じた。
「あ」
「え?」
「今気づいた」
「何を?」
 祐策はもう一つ気づいた。
 真穂子を浴室で抱いた日、真穂子は確かこう言った。
『惚れた女は一晩中抱いて、抱き潰して、立ち上がれないくらい満足させるんでしょ?』
 その時に、どこかで聞いた台詞だと思ったのだ。言われた時は、生返事をしてやりすごしたが、今やっと気づいた。
『俺なら、惚れた女は一晩中抱いて、抱き潰して、立ち上がれないくらい満足させるけどな』
(あれは、俺が自分で言ったんだ……)
 なんちゅう台詞を言ったんだろう、と穴があるなら入りたいくらい恥ずかしい台詞だ。自分で穴を掘って隠れてしまいたいほどだ。
(俺が言ったのか……)
 啖呵を切るようなそんな台詞を真穂子は聞いて、しかも覚えていたのだ。
(馬鹿か、俺は……)
 一人百面相をする祐策に、真穂子は怪訝な顔をしている。
「ごめん、ちょっと恥ずかしいこと思い出したからさ」
「恥ずかしいこと?」
「うん。会社で出会う前に、真穂子と会ってて、あとで再会するなんてな……って思ってさ。もっとカッコいい姿で出会いたかったなあって。ヤクザだったしさ……」
「充分、カッコいいと思うけど」
「そんなこと言うの真穂子だけだな」
「わたしだけでいいじゃない」
「うん。いいよ」
 顔を見合わせて笑った。
「覚えてないことばっかでごめんな」
「ううん」
 二人は視線を絡ませ、自然と距離が近づき唇が重なる。
 祐策が真穂子を抱き寄せ、彼女は祐策の首に腕を回した。
 今ではもう何度キスをしたかわからないが、未だに彼女の唇に触れると心音が早くなる。その先へ進む時も、慣れた顔をして心のなかではどきどきしている。
 彼女の口内を舌で侵し、絡み合えば、官能的な真穂子の息が洩れていく。彼女を自分の太股の上に跨がらせ、腰を抱く。胸に手を伸ばし、柔らかさを確認した。
「会ったときはこんなことするなんて考えもしなかったな」
 快楽の時間が始まろうとしていた。
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