束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

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11.指輪に秘められた想い

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 建物のなかに入ると、背の高い四十代くらいの紳士がこちらに歩いてくるのが見えた。どうやら航のことを待っていたらしく、「お待ちしておりました」と丁寧におじぎをした。

「わざわざ出迎えてくださってありがとうございます」

 この紳士は美術館の職員、もしくは仕事関係の方なのだろうか。
 航は少しよそ行きの顔をしていた。

「その方が昨日おっしゃっていた日比谷さんの婚約者なんですね」
「ええ、そうなんです」
「ようこそ、当美術館へ。わたくし、この美術館の館長をしております、湯浅《ゆあさ》と申します」

 えっ! 館長さん!?
 突然の自己紹介にわたしは慌てて頭をさげた。

「初めまして。箱崎美織と申します」
「湯浅館長は有名なステンドグラスの職人で、デザインも手がけているんだけど、何度も頼み込んで、ようやく館長を引き受けてくれたんだ。この美術館は俺のじいさんのコレクションのほかに、湯浅館長の作品も数多く展示しているんだよ」

 航は楽しそうに、生き生きとした表情で話してくれた。湯浅館長に相当惚れ込んでいるようだ。

「湯浅館長の作品、とても楽しみです。あとでじっくり見させていただきます」
「歴史的価値のある作品もたくさんありますので、ぜひ楽しんでいってください」
「はい、ありがとうございます」

 湯浅館長と握手をかわす。
 物腰のやわらかい湯浅館長だけれど、力強く握られた手から内に秘めた気合が感じられた。
 ステンドグラスは煌びやかなものだけれど、制作工程は一つひとつ手作りで、肉体的にも大変なものだと聞く。それを仕事にしているということは並々ならぬ情熱があるからなのだろう。

「ところで、施設のことで不便なことや不備はありませんか?」

 ふいに航が尋ねた。すると湯浅館長は少し考えてから、「そうそう」となにかを思い出したように言った。

「お土産コーナーなんですが、やはり足もとが少し暗いような気がして……。今日の今日で申し訳ありませんが、閉館後に打ち合わせができればと思っているんですが」
「承知しました。どちらにしても三日間は工事業者が控室で常時待機しておりますので大丈夫かと思います。こちらで電気工事の担当者に連絡を入れておきます」
「それは助かります。すみません、本来こういうことは日比谷さんにお願いすることではないのに」
「いいえ、これくらいどうってことありませんから」

 その後、わたしたちは湯浅館長と別れた。オープン日の今日の湯浅館長のスケジュールはびっしりらしく、慌ただしく去っていく。航は先ほどの湯浅館長の要望を伝えるために工事業者に連絡を入れ、電話でテキパキと指示をしていた。

「航が外で仕事している姿、生で初めて見た」
「そういえばそうだな」

 たまに自宅でも仕事をしているが、それとはぜんぜん違う。責任を背負い、お客様のために尽くしている姿はとても尊敬できる。

「なんでニヤニヤしてんだよ? そんなに変かよ?」
「ううん、格好いいなと思って」
「なんだよ? からかってんのか?」
「違うよ、本音だよ。でも今だけじゃないよ。いつも思ってる。航はやっぱり格好いい」

 航は照れているのか、それ以上そのことに触れることをせず、「行くぞ」とわたしの手首を掴んだ。すぐに互いの手と手が重なり合う。
 久しぶりのデート。手をつなぐなんて何ヶ月ぶりだろう。人前ではあまりそういうことをしない人なので、わたしはうれしくて、航の手をさらに強く握った。
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