上 下
26 / 205

26.兵舎と孤児

しおりを挟む
「これは……」

「言ってはなんですが、ボロですね……」

 俺達男爵軍が案内された建物は、今にも倒壊してしまいそうなボロ家だった。
 元はこの町の治安維持部隊の兵舎だったものだという。
 治安維持していた時代があったことに軽く驚きを感じる。
 最初から無法の町として誕生したわけでは無いということか。
 
「とりあえず、建物を直しましょうか」

「そうしましょう。防犯的にも今の状態では安心して眠ることもできないですから」

 幸いにも俺達は一度砦の建造をしているから、建物をいじるのには慣れている。
 男爵領警備隊の中には普段は大工や家具職人を兼業している人もいて、こういうのは得意なのだ。
 まずは崩れている壁を直すか。
 土壁の出番だ。
 今日中に眠れるようにはしたいので、全員駆け足であちこち直していく。

「うわっ!!」

 奥のほうで作業をしていた兵士が、素っ頓狂な声をあげる。
 何かあったのだろうか。
 俺は他のみんなに作業を続けるように促し、男爵と一緒に奥の様子を見に向かう。

「なにかありましたか?」

「あ、勇者様。いえ、その、子供が……」

 そこには10人ほどのガリガリに痩せた子供たちが身を寄せ合うようにして隠れていた。
 上は12歳くらい、下はまだ6歳くらいの子供までいるようだ。
 どの子も服というよりもボロ切れのようなものを身につけていて、全体的に小汚い。
 今の季節にそんな格好では、毎夜毎夜が命がけだろう。
 小さな子供を年長の子供が庇うようににして背中に隠し、俺達の一挙手一投足を見逃さんとしている。
 いきなり兵士が来たから、何かされると思っているのだろう。
 子供にしては鋭すぎる目つきでこちらを睨む年長の子供たち。
 子供にこんな目をさせちゃ、だめだよな。

「男爵、どうします?」

「おそらく彼らは孤児でしょうな。男爵領では孤児院で育てますが、この町にはたして孤児院があるかどうか」

「かといって、追い出すわけにもいきませんよね……」

「そうですね。今夜はとりあえず保留にして、明日代官に確認してみますか……」

 まだ今夜までに眠れる寝床が完成するかどうかも分からないというのに。
 色々とめんどうの多い町だ。
 だが、彼らを見捨てることなんてできはしない。
 見たところ健康に問題を抱えていそうな子供も数人いるようだし、まずは神酒を飲ませるか。
 しかし、そのためには警戒を解いてもらわなくてはな。

「君たち、おじさんたちは別に君たちに危害を加えるつもりはないんだ」

「嘘つくな!この町の大人たちが俺達に今まで何をしてきたと思ってるんだ!!」

 おいおい、何してきたんだよ。
 完全に心を閉ざしてしまっている子供たちを見れば、何をしてきたのかは想像がつくが。
 あらゆる悪徳が黙認される町、人として踏み外してはいけない一線を踏み外したものの巣窟。
 この子たちはそんな町の被害者だ。
 
「信じてはもらえないかもしれないけれどね、おじさんたちはこの町の外から来た人間なんだよ」

「外から来て、俺達を捕らえて売るんだろ!!」

 悲しいことだ。
 きっとこの子たちの言っていることは、実際にあったことなのだろう。
 外からもこの町に悪行を働きにくる者がいる。
 それがきっとこの町が放置されている理由。
 この町は国内にあって、法に支配されない一種の治外法権なんだ。
 腐ってやがる。
 心底怒りが湧いてくる。
 やっぱり癌細胞のような貴族は全員根切りにすべきか。
 そんな戦国時代みたいな思考に陥ってしまうほどに救いがない。
 この子たちを助けても、きっとそれは氷山の一角なのだろう。
 困っている人すべてを助けたいと思うほど青くはないつもりだけれど、つい激情に身を任せてしまいそうになる。

「どうしたら信じてもらえるだろうか。俺達はほんとうに君たちに危害を加えるつもりはないんだ。他の領からこの町の治安維持のために派遣されただけの軍団なんだよ」

「そ、そんなの信じられるわけないだろう。今までずっと騙されてきたんだよ。笑顔で近づいてきたやつらに、何人仲間が捕まって売られたと思っているんだ!!」

 どうしたらいい。
 どうすれば彼らに信じてもらえるんだ。
 平和な日本で暮らしてきた俺には、彼らの気持ちが分からない。
 分かろうとしてもきっと永遠に分からないのかもしれない。
 そもそも、人と人とが心底分かり合えることなんて稀な話だ。

「ふむ、力ずくで捕らえましょうか」

「え、男爵!?」

「シゲノブ殿、彼らを助けるために彼らに好かれる必要などないのですよ」

 た、確かに。
 俺は彼らとどうしたら分かりあえるのかばかりを気にしていたが、大事なのは彼らを助けることであって好かれることではなかった。
 男爵はやっぱり統治者だけあって、物事の本質を見ている。
 俺はまだまだだな。

「捕らえてください」

 男爵の号令に応えて、警備隊の面々が集まって子供たちを捕らえていく。
 みんなも子供なんて捕らえたくないだろうに、悪いね。
 今日は交代で酒の1杯も飲めるようにはからいたい。
 子供たちはあっというまに縛られていった。
 まずは健康診断だな。
 俺はひとりひとりにサーチ魔法をかけていく。
 汚れが酷いので浄化魔法もだ。
 寒いだろうから服も着せる。
 男爵領警備隊のおそろいの外套の予備くらいしか着せられるものがないけれど、無いよりはマシだろう。
 警備隊の外套は俺が大量に狩ったフォレストウルフの毛皮で作られているので、結構温かい。
 冷えは万病の元というからね。
 まずは暖めないと。
 それから健康的に問題がある子には神酒を飲ませる。
 もう全員に飲ませてしまおう。
 子供なのでアルコールは少ないものがいい。
 しかし何か食べたいだろうから、スープカクテルにしようかな。
 ブルショットを鍋に注いでいく。
 神酒のビンから出てくる酒は例外なく常温なんだ。
 だから温める必要がある。
 アルコールも飛ばすことができて丁度いい。
 グツグツと煮立ってくると、ブイヨンのいい香りが漂ってきて子供たちがゴクリと唾を飲む。
 俺も腹が減ってきてしまった。
 警備隊の面々もちらちらとこちらを見ている者が後を絶たない。
 ごめんね、仕事の邪魔して。
 俺は鍋のブルショットを器に注いでいった。

「どうぞ」

「ゴクリ……、ど、毒でも入れたのか?」

「入れたの見えたの?」

「い、いや、でも……」

「いいから、食べるんだ。食べないと無理矢理口に突っ込む。熱いぞぉ?」

「わ、分かった。じ、自分で食べる」

 子供たちは恐る恐るスープをすくって口に運んだ。
 一口飲めばもう後は止まらない。
 みんな涙を流しながらスープを流し込んでいる。
 火傷しても神酒の力で治るだろう。

「うぅ、ぐすっ、ぐすんっ、おいしい、おいしいなぁ……」

 1杯のスープを泣きながら食べる子供たちを見ていると、胸の奥がズキリと痛んだ。
 こんなものが当たり前に食べられるようになればいいのにな。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

流されノンケサラリーマンが年下大学生にとろとろにされる話

BL / 連載中 24h.ポイント:1,691pt お気に入り:435

タカラジェンヌへの軌跡

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:11

【完結】あなたの妻(Ω)辞めます!

BL / 完結 24h.ポイント:454pt お気に入り:2,174

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,219pt お気に入り:93

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:859pt お気に入り:139

処理中です...