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おっさんずイフ
17.獣人の兄弟
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冷たい海水が体力を奪い、高くなり始めた波が動きを阻害する。
嵐の前の暗い海に落ちれば誰だってまともに泳ぐことは難しい。
だが、俺は泳ぎには自信があった。
水泳選手になれるほどの洗練された泳ぎではないが、地元の海では誰よりも泳ぎが速かったのだ。
鵜原の半魚人とは俺のことだ。
あの頃はよかったな。
こうして海を泳いでいるとまだ広い世界を知らなかった子供時代を思い出して浸ってしまうが、今はそれどころではないのだ。
子供が2人この暗い海に放り込まれている。
すぐに助けなければ死んでしまうだろう。
俺は海面にちょろっと出ていた獣の尻尾を目掛けて半魚人の本気を解き放つ。
泳ぎが得意な子供だった時代から30年の時が経っているが、一度覚えた泳ぎはなかなか忘れないものだ。
俺の身体は水の抵抗を完璧に計算し、水を掻いて加速する。
すぐに俺は2人の獣人を捕捉する。
2人はバタバタと手足をやみくもに動かしてなんとか海面に顔を出そうと必死だ。
だが俺の経験から言って暴れれば暴れるほど息を吸うことは難しい。
人の身体というのは身体の力を抜いてじっとしていれば水に浮くようにできているのだ。
それはおそらく獣人の身体も同じだろう。
「2人とも、落ち着くんだ。まずは力を抜いて!!」
「がぼっ、ごぼっ」
「た、助けっ、ごぼぼっ」
2人は助けを求めて必死におっさんにしがみついてくる。
これは救助のパターンで一番危ないパターンだ。
助けにきた人まで一緒に溺れてしまうやつだ。
俺は空気を肺いっぱいに吸い込んでなんとか耐える。
身体の力を抜き、背泳ぎのように仰向きになれば空気で肺を膨らませたおっさんの身体は自然とプカプカ海面を漂う。
子供たちが暴れるので海に何度も押し込まれるが無心で耐えた。
やがて子供たちは落ち着き、海に漂うおっさんにつかまって一息ついた。
「はぁ、はぁ、死ぬかと思った」
「そうだね。この人のおかげでなんとか助かったけど……」
「落ち着いたかな。じゃあそろそろ体勢を整えようか。おじさんが泳ぐから肩に捕まって……」
「あの、おじさん誰ですか?」
「おっさん人間だろ?なんで俺たちを助けるんだよ」
そういえば自己紹介も何もしていなかったか。
落ち着いて自己紹介などをしている場合でもないだろうけど、名前くらいはお互いに知っておかなければ不便だろう。
「おじさんは木崎っていうものだよ。あの船には密航していたんだけど、船長が嵐に向かって突っ込むって言っているのを聞いて逃げ出してきたんだ。それでついでに君たちを助けてあげようと思ってね」
「操舵室で透明になっていた人ですよね」
「ああ、あの透明人間か」
「やっぱり君たち俺のことが見えていたのか」
なんとなくこっち見てると思ったんだよな。
でも透明だったのになぜ俺のことを見ることができたのだろうか。
「見えてたわけじゃねえよ。俺たち狼獣人は鼻がいいんだ」
「僕たちは森の中で狩りをするときにもずっと遠くの獲物の居場所がわかるくらいに嗅覚が優れている種族なんです」
「なるほど」
見えていたわけじゃなくて匂いで俺があの部屋にいたことを察知したというわけか。
光学迷彩は視覚は誤魔化せても他の感覚は誤魔化すことができない。
今後の参考にさせてもらうとしよう。
「そろそろ君たちの名前を教えてくれないかな」
「いや、その前に……」
「なんでおじさん、裸なんですか?」
「え?」
そういえば操舵室に洗濯した服を干していたんだった。
完全に忘れてきてしまったな。
俺は今来た方向を振り返るも、船の影は欠片も見えなくなってしまっていた。
助けた狼獣人の子供2人と一緒に救命ボートで海を漂う。
狼獣人の兄弟はお兄さんがマルス、弟がマルクル。
彼ら2人はルーガル王国との戦争よりもずっと前に人間に攫われて奴隷にされていたそうだ。
ルーガル王国における獣人奴隷の扱いはひどいらしく、今回の戦争はそれに怒った獣人の国が宣戦布告したというのが真相のようだ。
まあ自分の国から国民が不当に攫われて奴隷として酷い扱いを受けているとなれば国としては国民のために立ち上がらざるを得ないだろうな。
実際船で働かされていた彼らは生贄として海に放り込まれているわけだし、彼らの話は正しい気がする。
王都の実情を見るにルーガル王国という国はそういうことを平気でしそうな国だ。
「それで、君たちはこれからどうする。首輪も外れてもう奴隷ではないんだろう?故郷に帰りたいならなんとか送っていくけど」
「うーん。正直故郷でも俺たちはそれほどいい扱いを受けていなかったからな」
「そうだね。父さんも母さんも小さい頃に死んでしまって、僕たちは村長の家に厄介になっていたんです。だけど村は貧しくてみんな僕たちのことを本心では邪魔者だと思っていたような気がします」
世知辛い。
話を聞いているだけでこの2人に同情してきてしまうような境遇だ。
同情するなら金をくれとか言われそうだけど。
「同情するなら食い物を出してくれ。腹減った」
「兄さん、キザキさんは親切で助けてくれた人だよ?もっと感謝しようよ」
「いや、いいんだよ。どうせ俺の持っている食料や水はあの船から盗んできたものだ。君たちを助けたのも行きがけのついでみたいなものだ。あまり気を使われても疲れてしまうだろ。これからまだ無人島までは長いんだから」
「そうですね。すみません。ありがたくいただきます」
どうやらこの兄弟は弟のほうがかなり堅い性格をしているようだ。
嵐の前の暗い海に落ちれば誰だってまともに泳ぐことは難しい。
だが、俺は泳ぎには自信があった。
水泳選手になれるほどの洗練された泳ぎではないが、地元の海では誰よりも泳ぎが速かったのだ。
鵜原の半魚人とは俺のことだ。
あの頃はよかったな。
こうして海を泳いでいるとまだ広い世界を知らなかった子供時代を思い出して浸ってしまうが、今はそれどころではないのだ。
子供が2人この暗い海に放り込まれている。
すぐに助けなければ死んでしまうだろう。
俺は海面にちょろっと出ていた獣の尻尾を目掛けて半魚人の本気を解き放つ。
泳ぎが得意な子供だった時代から30年の時が経っているが、一度覚えた泳ぎはなかなか忘れないものだ。
俺の身体は水の抵抗を完璧に計算し、水を掻いて加速する。
すぐに俺は2人の獣人を捕捉する。
2人はバタバタと手足をやみくもに動かしてなんとか海面に顔を出そうと必死だ。
だが俺の経験から言って暴れれば暴れるほど息を吸うことは難しい。
人の身体というのは身体の力を抜いてじっとしていれば水に浮くようにできているのだ。
それはおそらく獣人の身体も同じだろう。
「2人とも、落ち着くんだ。まずは力を抜いて!!」
「がぼっ、ごぼっ」
「た、助けっ、ごぼぼっ」
2人は助けを求めて必死におっさんにしがみついてくる。
これは救助のパターンで一番危ないパターンだ。
助けにきた人まで一緒に溺れてしまうやつだ。
俺は空気を肺いっぱいに吸い込んでなんとか耐える。
身体の力を抜き、背泳ぎのように仰向きになれば空気で肺を膨らませたおっさんの身体は自然とプカプカ海面を漂う。
子供たちが暴れるので海に何度も押し込まれるが無心で耐えた。
やがて子供たちは落ち着き、海に漂うおっさんにつかまって一息ついた。
「はぁ、はぁ、死ぬかと思った」
「そうだね。この人のおかげでなんとか助かったけど……」
「落ち着いたかな。じゃあそろそろ体勢を整えようか。おじさんが泳ぐから肩に捕まって……」
「あの、おじさん誰ですか?」
「おっさん人間だろ?なんで俺たちを助けるんだよ」
そういえば自己紹介も何もしていなかったか。
落ち着いて自己紹介などをしている場合でもないだろうけど、名前くらいはお互いに知っておかなければ不便だろう。
「おじさんは木崎っていうものだよ。あの船には密航していたんだけど、船長が嵐に向かって突っ込むって言っているのを聞いて逃げ出してきたんだ。それでついでに君たちを助けてあげようと思ってね」
「操舵室で透明になっていた人ですよね」
「ああ、あの透明人間か」
「やっぱり君たち俺のことが見えていたのか」
なんとなくこっち見てると思ったんだよな。
でも透明だったのになぜ俺のことを見ることができたのだろうか。
「見えてたわけじゃねえよ。俺たち狼獣人は鼻がいいんだ」
「僕たちは森の中で狩りをするときにもずっと遠くの獲物の居場所がわかるくらいに嗅覚が優れている種族なんです」
「なるほど」
見えていたわけじゃなくて匂いで俺があの部屋にいたことを察知したというわけか。
光学迷彩は視覚は誤魔化せても他の感覚は誤魔化すことができない。
今後の参考にさせてもらうとしよう。
「そろそろ君たちの名前を教えてくれないかな」
「いや、その前に……」
「なんでおじさん、裸なんですか?」
「え?」
そういえば操舵室に洗濯した服を干していたんだった。
完全に忘れてきてしまったな。
俺は今来た方向を振り返るも、船の影は欠片も見えなくなってしまっていた。
助けた狼獣人の子供2人と一緒に救命ボートで海を漂う。
狼獣人の兄弟はお兄さんがマルス、弟がマルクル。
彼ら2人はルーガル王国との戦争よりもずっと前に人間に攫われて奴隷にされていたそうだ。
ルーガル王国における獣人奴隷の扱いはひどいらしく、今回の戦争はそれに怒った獣人の国が宣戦布告したというのが真相のようだ。
まあ自分の国から国民が不当に攫われて奴隷として酷い扱いを受けているとなれば国としては国民のために立ち上がらざるを得ないだろうな。
実際船で働かされていた彼らは生贄として海に放り込まれているわけだし、彼らの話は正しい気がする。
王都の実情を見るにルーガル王国という国はそういうことを平気でしそうな国だ。
「それで、君たちはこれからどうする。首輪も外れてもう奴隷ではないんだろう?故郷に帰りたいならなんとか送っていくけど」
「うーん。正直故郷でも俺たちはそれほどいい扱いを受けていなかったからな」
「そうだね。父さんも母さんも小さい頃に死んでしまって、僕たちは村長の家に厄介になっていたんです。だけど村は貧しくてみんな僕たちのことを本心では邪魔者だと思っていたような気がします」
世知辛い。
話を聞いているだけでこの2人に同情してきてしまうような境遇だ。
同情するなら金をくれとか言われそうだけど。
「同情するなら食い物を出してくれ。腹減った」
「兄さん、キザキさんは親切で助けてくれた人だよ?もっと感謝しようよ」
「いや、いいんだよ。どうせ俺の持っている食料や水はあの船から盗んできたものだ。君たちを助けたのも行きがけのついでみたいなものだ。あまり気を使われても疲れてしまうだろ。これからまだ無人島までは長いんだから」
「そうですね。すみません。ありがたくいただきます」
どうやらこの兄弟は弟のほうがかなり堅い性格をしているようだ。
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