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第一章

26.右筆妃1

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 圧巻だった。
 それ以外に言葉がでてこなかった。

 見渡す限りぎっしりと戸棚に埋め尽くされた書物。しかもそれは、本だけではなく巻物や羊皮紙まで所狭しと並べられていた。まるで宝物庫のよう……そう思いながら私はぐるっと部屋を見回した。天井にまで書物が詰められている空間。建物自体が石造りの特別製。良質で火災に強い素材を使っているのは一目瞭然。三階建てで吹き抜けとなっているので広々として解放感があるのだけれど、何よりも驚くべきは部屋の奥にまで部屋が連なっていて奥行きがあること。一体、何帖あるのかしら。
 
「この奥の部屋にも書物が置いてある。奥に行けば行くほど古いものがな」
 
「こんなにあるんですか?」

 私の質問に、皇帝陛下は満面の笑みを浮かべて答えた。
 
「ああ! この国の歴史が詰まっている。すべて読み切ることは叶わないかもしれぬが、朕も手探りしながら読み進めていっている。ここの書物は読めば読むほど新たな発見があったりするから本当に面白いものだぞ? まあまずはその前に、こちらに来て座りなさい。茶を用意させた」

 陛下に促され、私が椅子に座るとすぐに侍女達がお茶を用意してくれた。そして侍女達が書庫を出た後、陛下は自ら入口の扉に鍵をかけた。どうやらこの場には誰も入れたくないようだわ。何かあるのかしら?……まあいいわ。今考えても仕方がない。私は出されたお茶を飲み干すと一息ついた。するとそのタイミングで陛下もお茶を一口飲む。それからゆっくりと茶器を置き、話し始めた。
 
「今日は呼び出しに応じてくれて感謝する」

 陛下の言葉を聞いて私は首を横に振る。
 
「いえ、とんでもございません。お呼びいただけるならいつでも応じます」

 そう私が言うと陛下はフッと笑ってまたお茶を飲む。すると今度はカップを置いてから私に尋ねた。
 
「急なことで驚いたであろう?そちも朕に聞きたいことがあるのではないか?」

 急に、と言われれば確かにそうだ。あまりにも予想外の出来事ばかりが立て続けに起きているせいか、驚きもあるにはあるけれど、なんだかあまり実感が湧かなかったりする。青には「感覚が麻痺してる」と言われた。言われてみるとそうなのかもしれない。あまりにも想定外の事ばかりが目の前で起こっていて正直まだよく分からない。そんなことを思っていたら自然と顔に出てしまったみたい。それを見た陛下は何事かを納得したような表情をして言った。
 
「そちはまだ混乱している様子だ。では順を追って説明することにしよう。……とはいえ、どこまで話したらよいものか」

 ……え?説明してくれるんじゃないの!? 思わずそう言いそうになったものの、ぐっとこらえた。いけない、平常心平常心。ここは我慢しないと。相手は皇帝。至上の存在。
 
「朕もそちに聞きたいことがある。なので、こうしよう。そちが朕に聞きたいことを言う、朕はそちに応える。その後、朕がそちに質問をする。そちは朕の質問に応える。どうだ?」

「はい、私はそれで構いません」

「なら、そちから質問をしてくれ」

 皇帝に質問できる機会などそうはない。
 
「では……あの時、何故私を助けてくださったのですか?」
 
 まずはそれが一番知りたかったことだ。
 私としては助かったのだから別にそれで良かった。姉や青、他の皆も私の無事を喜んでくれて「運が良い」と言ってくれた。けれど、本当に運だけの話なのか疑問に思い始めている。かの副官の言葉があるのかもしれない。私が考え過ぎているだけなのかもしれない。あの時の救援、それは本当に只の偶然だったのかもしれないのだけど……。でも、だからこそはっきりさせるべきだと思った。陛下の答えによっては今後のことも変わってくる。
 私の問いかけに対して陛下はすぐには答えなかった。ただ黙って見つめてくる。その目は真剣そのものでまっすぐと私を捉えていた。そして陛下は口を開くと言った。
 
「そちを助けた理由……おかしな事を言う。そちは自力で脱出した。たまたま朕の諜報部隊が保護しただけだ」

 やはりそういうことなのかしら……。
 なんとなく予想していた通りの答えが返ってきた。例え、偶然出なかったとしても陛下は本当の事は言わないだろうとは思う。諜報部隊がなぜあの場所にいたのか。きっと陛下は答えてくれない。それだけは確信を持てる。何かを探っていた可能性は大いにある。これ以上深く聞き出そうとして不興を買うべきではない。
 私は追及を諦めることにした。
 
「……わかりました」

「では次は朕が聞く番だ。まず、そちの髪の色だが、それは地毛か?」
 
 突然何を聞かれたのか一瞬理解できなかった。まさかこんな直球で聞いてくるなんて。というよりも今更感が満載だった。赤い髪がこの国では珍しいのは理解しているけれど……。
 
「はい、そうです」

 私は戸惑いつつも素直に返事をした。
 
「身内にそちとを持つ者がいるのか?」
 
「祖母が同じ赤い髪と緑の目をしております。私は祖母に容姿も似ていますので、親族からは祖母の血が濃くでたのだろうと言われてきました」

 そう答えると陛下は興味深そうに私の顔をじっと見つめた。
 
「祖母とは父方の方か?」
 
「……はい。祖母は元々この国の出身ではなく、西側の小国の出身だと伺っておりますが……詳しい事は分かりません。既に鬼籍に入っておりますので」

 何故そんなことを?と思いつつ質問に答えていく。すると、何故か陛下は大きく息を吐いた。それから独り言のようにつぶやく。
 
「そうか……」
 
「陛下?」

 私は陛下の様子に首を傾げた。
 もしかして陛下は祖母を知っているのかしら?それにしては反応がおかしいような気はするけれど。何にしても今の反応からして「もしかしたら」という思いが強くなっていく。私が考えている間も陛下はずっと考え込んでいるようで、私は声をかけず待っていたのだけれども、陛下はその状態のまま何も言わないので私はまた声を掛けた。
 
「あの……陛下?」

 私の声でハッとしたように陛下はこちらを見ると「ああ、すまぬ」と謝られた。そして、咳払いを一つしてから口を開いた。
 
「そちと同じ髪と目の色を持つ女人を知っていたものでな。それに……よく似ている。……まあ、その女人は既にこの世にはいないがな」

 陛下の言葉に思わず言葉を失った。
 
「どういう……ことでしょうか?祖母ではないのでしょうか?」
 
「私が若い頃の話だ。まあ、似た容貌の者はこの世に数名いるというしな。そちの持つ色も西方には数多おる。気にする必要はない」

 そう言われてしまうとそれ以上追及することができなかった。

「良い色だ」
 
「そうでしょうか?」

「ああ、夕焼けの美しい色だ」
 
「あ、ありがとうございます」

 そんな風に言われたのは初めてだった。
 母からは「血のような色で不吉だわ」と言われていたから。この髪色を褒めてくれるのは専ら美娘姉上だけで……。他者が私を褒めるのは大体が翡翠のような緑の瞳だった。だから少し新鮮で嬉しい。しかも陛下から言われるとは思わなかったから余計かもしれない。

 この時、私を見る陛下の瞳は懐かしいナニカを見ているようだったと気付くことができなかった。


 


 

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