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35.お疲れなクアラ

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「ただいま~、はぁ……疲れた~」
「お疲れ様~」

 クアラは最近玄関に設置した椅子に身を預ける。
 身体からはだらんと力が抜けており、疲労からか声もかすれている。

 腰から下げた袋はずっしりとしているので、今回も魔物との遭遇はあったのだろう。怪我は見つからない。ホッと胸をなで下ろしながらタオルを差し出す。

「今、ココア作ってもらうから待っててね」
「ありがとう」

 騎士団の仕事に参加して三週間。
 前二週間の魔物討伐が評価され、今週から週四回の参加となっている。

 今まで私が二回、クアラが一回だったところをクアラも二回に変わった。
 クアラも魔物討伐自体は特に問題なく行えているらしいのだが、馬に乗っての移動がキツいらしい。帰ってくる度に「お尻が痛い、腰が痛い」と溢している。
 今日もトントンと腰を叩いているので、ココアを頼んだついでにお風呂も温めるように伝えておく。

「あの入浴剤も入れてあげて」
「かしこまりました」

 アイゼン様にもらった石けんと同じものを取り寄せた際、商人の勧めで同じ香りの入浴剤を購入したのだ。クアラはこちらもすぐに気に入っており「魔の周期が終わったら直接お店に行きたい」なんて言い出すほど。

 綺麗好きのクアラだが、慣れない魔物討伐のせいか疲労が溜まると玄関から移動するのを面倒くさがるようになってしまった。疲れているのは分かるのだが、綺麗にしてご飯を食べて寝なければ疲れは溜まったままだ。
 だがお風呂からこの香りがすれば、疲れていてもスススとお風呂に移動してくれるのでとても助かっている。


「はい、ココア」
「ありがとう。……今日もお風呂に入浴剤入ってる?」
「うん、入れてもらってる」
「なら香りが薄くならないうちに入らないと……」
「ゆっくり温まりなね」
「ん。そういえば僕がいない間に何かあった?」
「お茶会のお誘いの手紙が何通か届いてるみたい」
「やっぱり……。帰りに何台か馬車を見かけたからそうじゃないかと思った。出たら欠席のお返事書かないと」
「お茶会も禁止になるかと思ったんだけどね」

 魔の周期に突入し、夜会の開催が禁止された。
 夜も騎士団による見回りがあるとはいえ、昼間よりも動きが鈍くなる。多くの貴族を守っての交戦は難しいとの理由によるものだった。

 夜会中止に続き、お茶会の禁止や剣術大会の中止・延期も発表されるかと思っていたのだが、こちらの発表は未だない。
 剣術大会は国内最大行事だから仕方ないとはいえ、お茶会なんて夜会が禁止されたことで以前よりも開催頻度が増えている。

 社交界に興味がない私としては、騎士団の人員を警護に割いてまでお茶会なんて開く意味があるのかと思ってしまう。


「大事な情報収集の場だし、完全になくしても困るっていうのは分からなくもないけどね」

 クアラは理解こそあるもののやはり面倒くさいようで、しらばく同じような文章でいいかな~なんてぼやきながら浴室に向かった。こんな時、字が似ていたら手伝えるのだが……。

 せめて足のマッサージでもしてあげよう。鍛錬後に自分で使っているクリームを用意する。

 クアラがお風呂から出てくるまでは魔石を磨いて時間を潰すことにした。
 魔物討伐に参加してからというもの、私のコレクションは一気に数が増えた。
 ただ剣舞の練習に時間を割いてばかりで、食後はお風呂に入ってすぐに寝てしまうので、磨く時間はなかなか取れていない。一応砂埃を落とすくらいはしたが、その程度だ。

 革袋に入れたままの魔石を取り出し、布で磨き始める。
 戻ってきた音がするまでずっと磨き続け、キリのいいところで止めてクリーム片手にクアラの部屋まで向かう。

 するとクアラはクッションを顔に押しつけながら「ああ、もうめんどうくさい~」と叫んでいた。

「どうしたの!?」
「またシルビア様から手紙が届いたの。いい加減諦めてくれたと思ったのに!!」
「何があったの?」
「これ見てよ」

 差し出された手紙を読んでみると「ああ、これは面倒くさい……」と声が漏れた。

 なんでもシルビア様は先日、キャサリンとアイゼン様が劇を見にきていたのを目撃したらしい。
 今まで家族以外とは私的な外出をしてこなかったのに⁉ 私とのお茶会は十年以上断っておいて⁉ とご乱心らしい。

 手紙の端々には『アイゼン様と出かけられるなら私のお茶会も出られますわよね?』『大勢でのお茶会が嫌なら個別に会いましょう』との圧を感じる。

「喧嘩をふっかけてきているなら、私が代わりにガツンといってくるよ?」
 シルビア様といえば、キャサリンの初めてのお茶会で喧嘩を売ってきた令嬢の一人である。すぐに和解したと聞いていたのだが、クアラが優しいのを良いことに数年越しに脅してくるなんて酷すぎる。
 いくら格上とはいえ、クアラを呼び出して袋だたきにしようというのなら姉として黙っている訳にはいかない。手のひらに拳を叩きつけながら「いじめはよくないからさ」と笑う。

 するとクアラは困ったように頬を掻いた。

「シルビア様のはそういうのじゃなくて、彼女は極度の謝罪魔なんだ」
「謝罪魔?」
「あの時のことはもういいっていってるのに、まだ足りない! まだ足りないって。シルビア様に比べれば遠回しに喧嘩売ってくる令嬢の方が何倍もマシだよ……」

 聞けば、初めてクアラに突っかかってきたのは姉と慕っていた相手が病弱を装った令嬢に寝取られたかららしい。あの女狐め!! と怒り、それ以降、おしとやかそうに装っている女を見ると無性にムカついて突っかかってしまうようになったのだとか。

 クアラと出会うまでは毎回途中で化けの皮が剥がれてざまあ! と嘲笑っていたそうだが、クアラの場合は本当に病弱だった。ふらつき、用意されていた休憩室で咳き込むクアラの姿に肝が冷えたらしい。

 クアラへの謝罪後は己の行動を悔い改め、人に突っかかることがなくなったーーまでは良かったものの、クアラを見かけると謝罪してくるようになったらしい。
 しかも言葉だけならまだしも、毎回大量の謝罪の品を押しつけてくるのだとか。あれとかこれとかと具体的に挙げられた品はどれも覚えがあった。

 よく贈り物されるな~とは思っていたが、まさかその半分以上が同じ人から贈られていたとは思うまい。確かに厄介だ。

「今回はなんて言って断ろう。他の令嬢に書いたみたいに魔物が~とか書いたら翌日には護衛送られそう」
「えっと、一度参加すれば終わるんじゃない?」
「一度や二度で終わらなかったから厄介なんだよ」
「それはなんとも……」
「悪い人ではないんだけど、真っ直ぐすぎて盲目的というか。これも本人としては脅しているつもりはないんだろうけど、毎回圧が凄いんだよ。公爵令嬢だから下手な手紙返せないし、引き延ばせば体調を心配する手紙送ってくるし、本当に面倒くさい!」

 クアラは文句を言いながらも便せんにさらさらとペンを走らせていく。
 書き上げられていく手紙はどれも丁寧なものだ。
 後ろから見守りながら、もしかしてシルビア様が謝罪を繰り返す理由ってここにあるのではないか、なんて思ってしまう。

 シルビア様が態度を改めたのは、彼女が女狐と罵った女性とクアラとの間に大きな差があったから。
 クアラが真っ直ぐすぎると称した彼女にとって、クアラが淑女として磨かれていく度に自分の過去が許せなくなってしまい……なんて考えすぎか。

 実際そうだとしてもクアラに非はない。
 どこかのタイミングで諦めてもらう他ないのだ。
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