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よん ~チェルシー

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チェルシー目線


「あなたがチェルシーね、まぁ、可愛らしいこと。わたくしは貴女のお父様、ウィリアムの妻のマーサよ。これからよろしくね」

出た!ウィリアムさんの奥さんだ!
背筋をピンと伸ばして「はい」と返事をすると、マーサさんの意地悪そうなつり目が細まった。
キレイな人だけど、冷たそうな印象。

絵本に出てきた意地悪な継母にそっくりだ。
絵本の主人公は優しい王子様に助けてもらえるけど、ここは絵本の中じゃない。
物語と現実は違うってことくらい解ってる。


そんなことを考えてると、メイドさんたちが無駄のない動きでテーブルに料理を並べていく。
金の縁取りがされた美しいお皿に盛り付けられた美しい料理たち。
そしてなぜか何種類もあるナイフにフォークにスプーン。
なにこれ?どれを使って何を食べればいいの?

「チェルシー、大丈夫だよ、さっきも言った通り、マナーなど気にせずに好きなように食べなさい」


とりあえず、いちばん小さなスプーンを手に取った。
そしてスープを掬う。
音を立てないように飲むんだよね。
孤児院育ちの平民でもそのくらいは知ってるんだ。
バカにされたくない。

でもやっぱり緊張で手が震える。

結局スープは私の口に入る前に、小さなスプーンからポタポタとこぼれた。
美しい金色のスープが、真っ白なテーブルクロスに染み込んで汚ならしい薄茶色に変わっていく。

「ご、こめんなさ・・・・・・」

謝ろうと顔を上げた瞬間、マーサさんが静かに立ち上がった。

「マーサ!少しこぼしたくらいで・・・・・・」

「あなたはお黙りになって?」

マーサさんがウイリアムさんの言葉を遮る。
後ろに控えるメイドをちらりと見て

「わたくしの席をあちらに移してちょうだい」

席の移動を命じた。

「おい!! マーサ! いい加減にしないか!チェルシーはマナーなどなにもわからないんだぞ!好きに食べさせ・・・・」

「お黙りになってと言ってるでしょう!!! 」

マーサさんが大きな声でウイリアムさんを怒鳴りつけた。
場の空気がビリビリと震える。
グレーの猫目が怒りを帯びて更に吊り上がり、ウイリアムさんを突き刺すように睨み付けている。
お、恐ろしい‥‥‥

しかしそのあとに続く彼女の言葉に私は驚いた。
いや、驚いたってよりも衝撃を受けたといったほうがいい。


「あなたはご自分がチェルシーを追い詰めていることに気づかないのですか! この場でこの空気の中で好きなように食べるなんて出来るはずがありませんでしょう!チェルシーの気持ちをお考えになってください!」

「!!!!!」

わ、私のために怒ってくれている?!
そうだ、この人のこの怒りは私のためだ! 

夫の隠し子である私はマーサさんにとってはきっと見たくもない存在のはずなのに。
そんな私のために。
バカにされたくない、そんな私のちっぽけなプライドのために。

マーサさんは優しい人だ!
上っ面ではない芯のある優しさを持ってるんだ!
虐められるかも、とか、冷たそう、とか・・・・・・
私はなんて失礼な想像をしていたんだろう!



私の隣に席を移動したマーサさんが
「わたくしと同じようにお食べなさい」
と言ってナイフとフォークを手にした。

私は小さなスプーンを元の位置に戻して、マーサさんと同じナイフとフォークを手に取った。

マーサさんがフォークを肉の左端に刺し、ナイフで切る。
私も同じように肉を切ろうとするが、なかなかうまくいかない。

もたもたする私を、マーサさんはそのままじっと待っていてくれる。
何とかお肉を切れたら、待っていたマーサさんと同時に口に入れる。
そしてゆっくりと咀嚼して同時に飲み込んだ。

「上手よ」

マーサさんがにっこり笑ってくれた。

さっきまで緊張で張り裂けそうだった空気を一瞬で穏やかにするマーサさんの笑顔。


そのあともマーサさんの真似をして食べた。
切ったり掬ったり、上手くできずに時間がかかっても何も言わずに待っていてくれる。
そしてまた、同時に口に入れて同時に飲み込む。
その度に上手だと言って微笑んでくれる。

優しい笑顔、優しい言葉がわたしの心を溶かしていく。


『お母さん』て、こんな感じなの?


親というものを知らない私は、寂しいなんて一度も思ったことはなかった。
なのに、どうしてだろう、涙が出そうだよ。
ああ、私、本当は寂しかったのかなぁ。

私はこの人の『娘』になりたい、そう思った。
そして、いつかマーサさんのような素晴らしい女性になるんだ。

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