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第四章 世界の片隅で生きる者たち
281 報告会2
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モンクとメルリルが持って来たのはスープとパンの簡素な食事だった。
この宿は一応食事も提供しているが、酒場はないので夜は食堂が閉まるのが早い。
そのため、提供出来るものがこのぐらいしかなかったらしい。
もし必要なら近くの酒場から料理を取り寄せることは出来るとのことだ。
「俺はこれだけで十分だが、アルフたちは若いからこんなもんじゃ足りないだろう」
「俺は今日は茶会で適度に食った。ここのところ鍛錬の時間も減っているし、そんなに腹は減ってない。クルスとテスタはどうだ? ミュリアは夜はあまり食べないんで普段からこんなもんかな」
「私もこれで十分です」
「ん~、わたしとしては肉が食べたいところだけど、足りなかったら自分で酒場に行くから大丈夫」
「そのときは私がお供しますよ」
「……クルスは心配性すぎ」
どうやらアルフたちもこの食事の内容で文句はないようだ。
聖女は夜あまり食べないと勇者は言ったが、以前野営でみんなで食べたときは結構食ってたように思うんだよな。
まぁ本人も勇者の言葉にうなずいてたからいいんだろう。
あと、モンクが一人で酒場に行くなら不安だが、聖騎士が一緒なら放っておいていいか。
モンク一人なら派手に喧嘩しそうだが、聖騎士は場をうまくまとめてくれそうだし。
「わかった。じゃあまずは食事をしよう」
先程話している間に淹れてくれた茶を、聖騎士が全員に配る。
薄めに淹れた茶は優しい香りで、舌を刺激しない。
聖騎士の茶の選択はメルリルよりうまいかもしれないな。
宿のスープはトロっとした白いスープだった。
これは乳を使ったスープだな。
大公国より北に来てからこっち、食事のほとんどに乳を使ったものが含まれるようになった。
実際に食べてみると味がまろやかで口当たりがいいし、腹にもたまる。
乳茶などは普通の茶よりも体が温まりやすいように思った。
北部は豊かな国が多くて牧畜も盛んだ。
それに肉や乳を使った加工食品が多いのは冬場の備蓄も豊かということに繋がる。
うらやましい限りだ。
こうやって比べると、ミホムの国としての貧しさがよくわかる。
だからこそ魔物避けを設置して安心して農業が出来る環境を作りたい。
俺の育った開拓村のように、ほとんどが途中で死ぬ前提でたくさん子どもを生んで、生き残った余分な子どもを口減らしとして商人や旅芸人などに売り払い、それを糧に村を支えるのが当たり前という状況が変われば、もう少しあの国もマシになるだろう。
とは言え、ミホムの冒険者が強いのは、子どものうちから危機感を持って生き残ろうとする力を育むからなのだから、豊かになれば冒険者は弱く、数も減ってしまうのだろうが。それはそれでいいと、俺は思う。
「それで、師匠たちは今日は何をしていたんだ? 確かドラゴン研究者に会うって話だったけど」
スープとパンの食事はすぐに終わり、勇者がさっそく俺に尋ねた。
お前流し込むように食うのはやめろ、体に悪いだろうが。
そう思ったが、子どもでもない勇者に言うべきことではないだろうと、口に出すのはやめた。
「いきなりドラゴン研究者を探すのは無理そうだったんで、ドラゴン素材を使っている土木資材を使う場所に行くってことは言ってたよな」
「ああ」
「まぁ詳細は省くが、そこで話を聞いてとりあえず技術書を探してたときに列車に乗るときに揉めた東方の貴族が人を攫っている場面に遭遇してな。その事件に少しだけ巻き込まれた」
「おお、さすが師匠。悪人をさくっと倒したんだな」
勇者よ、何言ってんだお前。
「倒すわけないだろ? 魔物じゃないんだぞ。衛兵に任せたに決まってる」
「えー」
俺の言葉に不満そうにする勇者と、ちらっと俺の顔を見てにっこりと笑うメルリル。
絶対に詳細は説明しないからな。
「ともかく、助けた被害者の関係者が偶然ドラゴン研究者と知り合いでな。うまいこと紹介してもらえたから直接会うことが出来た」
「さすが師匠!」
「さすがの要素がどこにもないぞ」
俺は茶を口にして一度間を開ける。
「そのドラゴン研究者に教会を通じて技術を提供してもらうように交渉して来た。そこで教会を通じてミホムの学者先生に届けたいんだが、そのことに関してアルフたちから話をつけて欲しいことがある。まさか今日すぐに渡航許可証を取得出来るとは思わなかったからついでに交渉してもらおうと思ってたんだがな。その点ではちょっと当てが外れてしまったな。出来れば、この国の技術関係の許可を出せる人間と、大聖堂の聖者さまのお墨付きが貰いたいんだ。単に技術書を届けるだけなら教会の普段の仕事として一年ぐらいかけて届けてくれると思うんだが、後から問題になったら困るし、一応話を通したほうがいいと思ってな」
俺の話を聞いた勇者は少し考えて、口を開く。
「その研究者と師匠の間での話はついているんだろう? どうして国や教会のお墨付きがいるんだ?」
「実はドラゴン研究者は国のバックアップを受けて研究をしているようなんだ。だから技術について国が権利を主張するかもしれないと思ってな」
「ああ、それはあるかもしれないな。なんと言ってもこの国は西方のほかの国があまり好きじゃないらしいし」
「だよな」
不安な顔をした俺に対して、勇者は椅子にもたれかかるように体を伸ばすと笑顔で言った。
「でも、今回皇帝と話をして、わかったことがある。西門の街の領主が特別かと思ったが、どうもこの国の人間は勇者の存在に憧れがあるみたいなんだ。かつてないほど歓待されたしな」
「ふむ」
「だからもしかすると、ミホムとは国交を結びたいんじゃないかな。ただ、間に国が多すぎて直接の国交を結ぶのは難しい。そこへ特に隠している訳でもない技術を提供することで技術交流が出来るという話を持って行けば、逆に喜ばれるんじゃないかと思う。何しろ勇者の国に恩を売れる訳だしな」
「なるほどな」
意外な情報だった。
俺は単に西門の街の領主が特別勇者好きなのかと思っていたが、この国自体が勇者に憧れを持っているらしい。
そう言えば、冶金ギルドや衛兵隊長、それにドラゴン研究者夫婦も、勇者の従者という俺の立場を告げると、かなり驚いていたな。
「思ったよりうまく行きそうだな」
「まかせろ。俺がうまく行かせてみせる」
勇者が自信満々にそう言った。
うむ、今日の勇者はかなり頼もしいぞ。
この宿は一応食事も提供しているが、酒場はないので夜は食堂が閉まるのが早い。
そのため、提供出来るものがこのぐらいしかなかったらしい。
もし必要なら近くの酒場から料理を取り寄せることは出来るとのことだ。
「俺はこれだけで十分だが、アルフたちは若いからこんなもんじゃ足りないだろう」
「俺は今日は茶会で適度に食った。ここのところ鍛錬の時間も減っているし、そんなに腹は減ってない。クルスとテスタはどうだ? ミュリアは夜はあまり食べないんで普段からこんなもんかな」
「私もこれで十分です」
「ん~、わたしとしては肉が食べたいところだけど、足りなかったら自分で酒場に行くから大丈夫」
「そのときは私がお供しますよ」
「……クルスは心配性すぎ」
どうやらアルフたちもこの食事の内容で文句はないようだ。
聖女は夜あまり食べないと勇者は言ったが、以前野営でみんなで食べたときは結構食ってたように思うんだよな。
まぁ本人も勇者の言葉にうなずいてたからいいんだろう。
あと、モンクが一人で酒場に行くなら不安だが、聖騎士が一緒なら放っておいていいか。
モンク一人なら派手に喧嘩しそうだが、聖騎士は場をうまくまとめてくれそうだし。
「わかった。じゃあまずは食事をしよう」
先程話している間に淹れてくれた茶を、聖騎士が全員に配る。
薄めに淹れた茶は優しい香りで、舌を刺激しない。
聖騎士の茶の選択はメルリルよりうまいかもしれないな。
宿のスープはトロっとした白いスープだった。
これは乳を使ったスープだな。
大公国より北に来てからこっち、食事のほとんどに乳を使ったものが含まれるようになった。
実際に食べてみると味がまろやかで口当たりがいいし、腹にもたまる。
乳茶などは普通の茶よりも体が温まりやすいように思った。
北部は豊かな国が多くて牧畜も盛んだ。
それに肉や乳を使った加工食品が多いのは冬場の備蓄も豊かということに繋がる。
うらやましい限りだ。
こうやって比べると、ミホムの国としての貧しさがよくわかる。
だからこそ魔物避けを設置して安心して農業が出来る環境を作りたい。
俺の育った開拓村のように、ほとんどが途中で死ぬ前提でたくさん子どもを生んで、生き残った余分な子どもを口減らしとして商人や旅芸人などに売り払い、それを糧に村を支えるのが当たり前という状況が変われば、もう少しあの国もマシになるだろう。
とは言え、ミホムの冒険者が強いのは、子どものうちから危機感を持って生き残ろうとする力を育むからなのだから、豊かになれば冒険者は弱く、数も減ってしまうのだろうが。それはそれでいいと、俺は思う。
「それで、師匠たちは今日は何をしていたんだ? 確かドラゴン研究者に会うって話だったけど」
スープとパンの食事はすぐに終わり、勇者がさっそく俺に尋ねた。
お前流し込むように食うのはやめろ、体に悪いだろうが。
そう思ったが、子どもでもない勇者に言うべきことではないだろうと、口に出すのはやめた。
「いきなりドラゴン研究者を探すのは無理そうだったんで、ドラゴン素材を使っている土木資材を使う場所に行くってことは言ってたよな」
「ああ」
「まぁ詳細は省くが、そこで話を聞いてとりあえず技術書を探してたときに列車に乗るときに揉めた東方の貴族が人を攫っている場面に遭遇してな。その事件に少しだけ巻き込まれた」
「おお、さすが師匠。悪人をさくっと倒したんだな」
勇者よ、何言ってんだお前。
「倒すわけないだろ? 魔物じゃないんだぞ。衛兵に任せたに決まってる」
「えー」
俺の言葉に不満そうにする勇者と、ちらっと俺の顔を見てにっこりと笑うメルリル。
絶対に詳細は説明しないからな。
「ともかく、助けた被害者の関係者が偶然ドラゴン研究者と知り合いでな。うまいこと紹介してもらえたから直接会うことが出来た」
「さすが師匠!」
「さすがの要素がどこにもないぞ」
俺は茶を口にして一度間を開ける。
「そのドラゴン研究者に教会を通じて技術を提供してもらうように交渉して来た。そこで教会を通じてミホムの学者先生に届けたいんだが、そのことに関してアルフたちから話をつけて欲しいことがある。まさか今日すぐに渡航許可証を取得出来るとは思わなかったからついでに交渉してもらおうと思ってたんだがな。その点ではちょっと当てが外れてしまったな。出来れば、この国の技術関係の許可を出せる人間と、大聖堂の聖者さまのお墨付きが貰いたいんだ。単に技術書を届けるだけなら教会の普段の仕事として一年ぐらいかけて届けてくれると思うんだが、後から問題になったら困るし、一応話を通したほうがいいと思ってな」
俺の話を聞いた勇者は少し考えて、口を開く。
「その研究者と師匠の間での話はついているんだろう? どうして国や教会のお墨付きがいるんだ?」
「実はドラゴン研究者は国のバックアップを受けて研究をしているようなんだ。だから技術について国が権利を主張するかもしれないと思ってな」
「ああ、それはあるかもしれないな。なんと言ってもこの国は西方のほかの国があまり好きじゃないらしいし」
「だよな」
不安な顔をした俺に対して、勇者は椅子にもたれかかるように体を伸ばすと笑顔で言った。
「でも、今回皇帝と話をして、わかったことがある。西門の街の領主が特別かと思ったが、どうもこの国の人間は勇者の存在に憧れがあるみたいなんだ。かつてないほど歓待されたしな」
「ふむ」
「だからもしかすると、ミホムとは国交を結びたいんじゃないかな。ただ、間に国が多すぎて直接の国交を結ぶのは難しい。そこへ特に隠している訳でもない技術を提供することで技術交流が出来るという話を持って行けば、逆に喜ばれるんじゃないかと思う。何しろ勇者の国に恩を売れる訳だしな」
「なるほどな」
意外な情報だった。
俺は単に西門の街の領主が特別勇者好きなのかと思っていたが、この国自体が勇者に憧れを持っているらしい。
そう言えば、冶金ギルドや衛兵隊長、それにドラゴン研究者夫婦も、勇者の従者という俺の立場を告げると、かなり驚いていたな。
「思ったよりうまく行きそうだな」
「まかせろ。俺がうまく行かせてみせる」
勇者が自信満々にそう言った。
うむ、今日の勇者はかなり頼もしいぞ。
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