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第五章 破滅を招くもの
393 黄金里での別離
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到着した村、いや農園というらしいが、その場所は、豊の森樹園と比べると大きい里だったが、広々とした畑が目立つ田舎の町だった。
唯一商店が立ち並ぶ大通りがあるというところが少し前の里よりも町らしいか。
俺たちはここで地図を確認して、現在地の黄金里のなかでの位置関係を把握した。
黄金里出身のカウロとヒシニアを出来ることなら親元に戻してやりたかったが、戻った途端にまた収容されるとなったら最悪だ。
それなりに事情通らしいウルスによると、魔人の収容所はあそこだけという訳ではないらしい。
基本的に収容所という名前の実験施設なのだそうだ。
「私は家族に顔は見せておきたいけど、家には帰らないわ。うちの国は北の国に逆らえるほど強くないし、そこまでして守る価値が私にないもの」
と、ヒシニアははっきりと言った。
九歳とは思えない達観したものの考え方だ。
却って不安になるぞ。
「ぼ、僕は、……」
カウロ少年は何かを言いかけて黙るということを繰り返し、ヒシニアはそれを見てイライラしていた。
「ああいうところが嫌いなの。自分のことは自分で考えなきゃ!」
と、大変厳しいお言葉である。
でもカウロ少年も九歳、まだ子どもなのだ。
あまり大きな要求をしてはいけない。
とりあえずヒシニアの緑園荘園へと向かうこととなった。
路銀としては俺たちが帝国で稼いだ東国紙幣もあったが、魔物退治をした豊の森樹園で名主さんが出立のときにそっと手渡してくれたお礼金もある。
里の人たちが少しずつ俺たちにと名主さんに渡したお金とのことだった。
それと共にいただいた食料は、ありがたくて何度もお礼を言ったものだ。
子どもが多いと見て、手作りの干菓子をたくさんもらえたのもうれしい。
子どもたちは普段は明るいが、ときどき癇癪を起こしたり、こっそりと夜泣きしていたりするので、そういうときに菓子の力は偉大なのだ。
少なくとも俺が頭を撫でるよりずっといい。
一番効果があるのはフォルテなんだけどな。
帝国のものとは違い、素朴な雰囲気の列車に乗って到着した緑園荘園はなるほど、大きな街だった。
話によると、荘園と名のつく街は、領主のお屋敷がある城下町なのだそうだ。
ということはカウロもヒシニアも、領主が直接治める街からさらわれたことになる。
……家に顔を出して大丈夫なのかな?
とは言え、子どもを親に会わせないということは誰も言い出さなかった。
危険は承知だが、帰れる子は帰したいというのが全員の正直な気持ちなのだ。
「ちょっと行って来る」
ヒシニアの家は運搬業とのことで、人の出入りが激しい。
見知らぬ人間が突然訪れてもあまり怪しまれないらしいので、交渉の得意なウルスが着いて行くこととなった。
ヒシニアは強がっていたが、とてもそわそわしていて、やっぱり嬉しそうだった。
それが、しばらく後に宿に戻って来たときには、顔色は真っ青で、食事もせずに早々に寝てしまった。
「んー、とりあえず表から行くのはどうかと思ったんで、裏口を案内してもらったんだが、予感がして様子を見ていたんだ。そしたらいかにも遊び人のような風体の若い男が出て来てな、ヒシニアの言うには兄貴だってことだった」
「そう言えば、前に兄がいるようなことを言ってたな」
「そしたらヒシニアが止める間もなく飛び出して、兄貴に抱きついたんだ。……驚いたが、嫌な予感はしなかったんで放っておいた」
「お前自分の予知に頼り切っていると今に痛い目を見るぞ」
「言うな。もう痛い目は見た」
どうやら収容所に連れて来られることになった経緯にいろいろあったらしい。
「様子を見ていたら、兄貴とやらがヒシニアを突き飛ばして『鬼子! 来るな! 俺は悪くないぞ!』とか叫び出したんで慌ててその口を塞いでひとけのないところに引きずって行った」
「酷いことを言う兄貴だな!」
勇者が怒る。
確かに兄が妹に言う言葉じゃないだろう。
「んで、落ち着いて話を聞いてみると、ヒシニアが魔人だったってことで家族全員に検査が入ったらしい。それで問題がなかったことで、ヒシニアは鬼子だったということになった」
「鬼子ってなんだ?」
「魔物が人間に紛れて暮らしていたという意味らしい」
「バカバカしい!」
勇者がまた怒って声を上げた。
「アルフ、子どもたちが怖がるから大声出すな」
「あ、うん。悪かった」
何日も一緒にいたので勇者はすっかり子どもたちに情が移ってしまったらしい。
子どもたちの不遇が我慢ならないのだ。
「そういう話にして、家族が罪悪感を持たないようにしているんだな」
「まぁそういうこった。それでヒシニアの奴、すっかりしょげちまってな……ただ」
「ん?」
「兄貴は家に戻って、ヒシニアが大事にしていたという人形を持って来てくれたんだ。『仕方ないことなんだ。悪く思うなよ』って言ってな」
「うーん、そうか、……そうか」
さっき前かがみで寝台に潜り込んでいたが、あれは人形を抱えていたせいか。
しかし、これはあれだな、比較的魔人に対して寛容だと言われている黄金里でこの始末だ。
この国よりも北の国の子どもたちは到底家に帰れないだろうな。
「お師匠さま……」
「どうした? カウロ」
最近子どもたちは勇者の影響をモロに受けて俺をお師匠さまとか師匠とか呼び出してしまった。
ほんと、勘弁してくれ。
「僕、家に帰らないからもう寄らなくていいよ」
「いいのか? カウロの住んでいた翠湖荘園までは列車を使えば目的地の途中に立ち寄ることが出来るんだぞ?」
俺たちの現在の目的地はウルスの故国である海王だ。
東方の国々は国境を越えて線路を敷いて列車を行き来させているので、旅券をなんとかすれば国境越えはそれほど難しくはないらしい。
旅券というのは俺たちの国で言うところの住人証明のようなものらしいが、金さえ払えば割とゆるゆるな俺たちの国と違って、旅券がないと国境越えを許してもらえないとのことだった。
「ううん、いいんだ。今日ヒシニアの様子を見て、決めたんだ。もともと、僕の家族は僕を使ってお金儲けをしていたから、それが出来なくなればもういらないだろうし」
「……そうか」
まだ子どもだってのに、きつすぎるだろ。
なんなんだ、子どもを金儲けに使う親って?
いや、まぁ西にもいるさ、そういう親も。
だけど、もうちょっと救いがあってもいいんじゃないか?
「誰かやさしくしてくれた相手とか、どうしても会っておきたい相手とかいないのか?」
「……翠湖を見たい」
「例の、王家に関わりがあるという湖か?」
「うん。あのね、あの湖には優しいきれいなお姫さまが眠っているんだって。僕はずっとそのお姫さまを僕のお母さんのように思って、頑張ってたんだ」
「じゃあ行ってみるか。きれいな場所なんだろ?」
「うん!」
俺たちは国境越えの前にどうせ準備が必要だ。
有名人だったらしいカウロを変装させて、ネスさんと勇者たちをつけて翠湖見物に行かせた。
俺とウルスはその間複雑な手続きを行い、旅券の再発行を申請し、金をガバガバ使った。
「路銀が尽きるぞ」
「海王に着いたら俺に任せろ」
予知の力があるとは言え、少々うさんくさいウルスを信頼していいものかどうか不安だったが、ほかに方法もない。
そうして、名所見物して帰って来た子どもたちと共に国境を越えて海王に入ることとなったのだった。
唯一商店が立ち並ぶ大通りがあるというところが少し前の里よりも町らしいか。
俺たちはここで地図を確認して、現在地の黄金里のなかでの位置関係を把握した。
黄金里出身のカウロとヒシニアを出来ることなら親元に戻してやりたかったが、戻った途端にまた収容されるとなったら最悪だ。
それなりに事情通らしいウルスによると、魔人の収容所はあそこだけという訳ではないらしい。
基本的に収容所という名前の実験施設なのだそうだ。
「私は家族に顔は見せておきたいけど、家には帰らないわ。うちの国は北の国に逆らえるほど強くないし、そこまでして守る価値が私にないもの」
と、ヒシニアははっきりと言った。
九歳とは思えない達観したものの考え方だ。
却って不安になるぞ。
「ぼ、僕は、……」
カウロ少年は何かを言いかけて黙るということを繰り返し、ヒシニアはそれを見てイライラしていた。
「ああいうところが嫌いなの。自分のことは自分で考えなきゃ!」
と、大変厳しいお言葉である。
でもカウロ少年も九歳、まだ子どもなのだ。
あまり大きな要求をしてはいけない。
とりあえずヒシニアの緑園荘園へと向かうこととなった。
路銀としては俺たちが帝国で稼いだ東国紙幣もあったが、魔物退治をした豊の森樹園で名主さんが出立のときにそっと手渡してくれたお礼金もある。
里の人たちが少しずつ俺たちにと名主さんに渡したお金とのことだった。
それと共にいただいた食料は、ありがたくて何度もお礼を言ったものだ。
子どもが多いと見て、手作りの干菓子をたくさんもらえたのもうれしい。
子どもたちは普段は明るいが、ときどき癇癪を起こしたり、こっそりと夜泣きしていたりするので、そういうときに菓子の力は偉大なのだ。
少なくとも俺が頭を撫でるよりずっといい。
一番効果があるのはフォルテなんだけどな。
帝国のものとは違い、素朴な雰囲気の列車に乗って到着した緑園荘園はなるほど、大きな街だった。
話によると、荘園と名のつく街は、領主のお屋敷がある城下町なのだそうだ。
ということはカウロもヒシニアも、領主が直接治める街からさらわれたことになる。
……家に顔を出して大丈夫なのかな?
とは言え、子どもを親に会わせないということは誰も言い出さなかった。
危険は承知だが、帰れる子は帰したいというのが全員の正直な気持ちなのだ。
「ちょっと行って来る」
ヒシニアの家は運搬業とのことで、人の出入りが激しい。
見知らぬ人間が突然訪れてもあまり怪しまれないらしいので、交渉の得意なウルスが着いて行くこととなった。
ヒシニアは強がっていたが、とてもそわそわしていて、やっぱり嬉しそうだった。
それが、しばらく後に宿に戻って来たときには、顔色は真っ青で、食事もせずに早々に寝てしまった。
「んー、とりあえず表から行くのはどうかと思ったんで、裏口を案内してもらったんだが、予感がして様子を見ていたんだ。そしたらいかにも遊び人のような風体の若い男が出て来てな、ヒシニアの言うには兄貴だってことだった」
「そう言えば、前に兄がいるようなことを言ってたな」
「そしたらヒシニアが止める間もなく飛び出して、兄貴に抱きついたんだ。……驚いたが、嫌な予感はしなかったんで放っておいた」
「お前自分の予知に頼り切っていると今に痛い目を見るぞ」
「言うな。もう痛い目は見た」
どうやら収容所に連れて来られることになった経緯にいろいろあったらしい。
「様子を見ていたら、兄貴とやらがヒシニアを突き飛ばして『鬼子! 来るな! 俺は悪くないぞ!』とか叫び出したんで慌ててその口を塞いでひとけのないところに引きずって行った」
「酷いことを言う兄貴だな!」
勇者が怒る。
確かに兄が妹に言う言葉じゃないだろう。
「んで、落ち着いて話を聞いてみると、ヒシニアが魔人だったってことで家族全員に検査が入ったらしい。それで問題がなかったことで、ヒシニアは鬼子だったということになった」
「鬼子ってなんだ?」
「魔物が人間に紛れて暮らしていたという意味らしい」
「バカバカしい!」
勇者がまた怒って声を上げた。
「アルフ、子どもたちが怖がるから大声出すな」
「あ、うん。悪かった」
何日も一緒にいたので勇者はすっかり子どもたちに情が移ってしまったらしい。
子どもたちの不遇が我慢ならないのだ。
「そういう話にして、家族が罪悪感を持たないようにしているんだな」
「まぁそういうこった。それでヒシニアの奴、すっかりしょげちまってな……ただ」
「ん?」
「兄貴は家に戻って、ヒシニアが大事にしていたという人形を持って来てくれたんだ。『仕方ないことなんだ。悪く思うなよ』って言ってな」
「うーん、そうか、……そうか」
さっき前かがみで寝台に潜り込んでいたが、あれは人形を抱えていたせいか。
しかし、これはあれだな、比較的魔人に対して寛容だと言われている黄金里でこの始末だ。
この国よりも北の国の子どもたちは到底家に帰れないだろうな。
「お師匠さま……」
「どうした? カウロ」
最近子どもたちは勇者の影響をモロに受けて俺をお師匠さまとか師匠とか呼び出してしまった。
ほんと、勘弁してくれ。
「僕、家に帰らないからもう寄らなくていいよ」
「いいのか? カウロの住んでいた翠湖荘園までは列車を使えば目的地の途中に立ち寄ることが出来るんだぞ?」
俺たちの現在の目的地はウルスの故国である海王だ。
東方の国々は国境を越えて線路を敷いて列車を行き来させているので、旅券をなんとかすれば国境越えはそれほど難しくはないらしい。
旅券というのは俺たちの国で言うところの住人証明のようなものらしいが、金さえ払えば割とゆるゆるな俺たちの国と違って、旅券がないと国境越えを許してもらえないとのことだった。
「ううん、いいんだ。今日ヒシニアの様子を見て、決めたんだ。もともと、僕の家族は僕を使ってお金儲けをしていたから、それが出来なくなればもういらないだろうし」
「……そうか」
まだ子どもだってのに、きつすぎるだろ。
なんなんだ、子どもを金儲けに使う親って?
いや、まぁ西にもいるさ、そういう親も。
だけど、もうちょっと救いがあってもいいんじゃないか?
「誰かやさしくしてくれた相手とか、どうしても会っておきたい相手とかいないのか?」
「……翠湖を見たい」
「例の、王家に関わりがあるという湖か?」
「うん。あのね、あの湖には優しいきれいなお姫さまが眠っているんだって。僕はずっとそのお姫さまを僕のお母さんのように思って、頑張ってたんだ」
「じゃあ行ってみるか。きれいな場所なんだろ?」
「うん!」
俺たちは国境越えの前にどうせ準備が必要だ。
有名人だったらしいカウロを変装させて、ネスさんと勇者たちをつけて翠湖見物に行かせた。
俺とウルスはその間複雑な手続きを行い、旅券の再発行を申請し、金をガバガバ使った。
「路銀が尽きるぞ」
「海王に着いたら俺に任せろ」
予知の力があるとは言え、少々うさんくさいウルスを信頼していいものかどうか不安だったが、ほかに方法もない。
そうして、名所見物して帰って来た子どもたちと共に国境を越えて海王に入ることとなったのだった。
応援ありがとうございます!
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