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第六章 その祈り、届かなくとも……

624 サーサム卿の要請

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 さて、この事件の顛末を俺達が知ったのは、もっとずっと後の話になる。
 この時点では、俺達はこの後丁寧なもてなしと、使用人達からの感謝を受けて、居心地悪くなりながらも一泊した後、この城を離れたからだ。

 数年後聞いた話によると、結局、奥方様が処刑されることはなかったようだ。
 これは恩情というよりも、奥方様の実家の、八家の一つである海洋公のカリオカ家を刺激しないためだったらしい。
 ただし、八家としての身分ははく奪、ディスタス大公国を支える八家が七家となった。
 普通の国だと身分が変われば所領も変わるものだが、ディスタス大公国では土地は州公の私財であり、いくら大公であろうとも勝手に取り上げることは出来ない。
 とは言え、そのままということもなかった。
 アンデルへの賠償金と、姫君や身分のある臣下の身代金、そして国庫の食料を勝手に使った賠償として、全体の七割の土地が国の土地として没収されたのだ。

 つまり富国公と呼ばれたデーヘイリング家は、ただの平民の大地主となった訳だ。
 とは言え、それでも広大な穀倉地帯を有していることには違いない。

 とりあえず、奥方様がしばらくは仮の家長となっていたが、早急に伴侶を迎えるようにとの圧力を受け、なんと、富国公の二人の息子が名乗りを上げた。
 こいつらはとっくに妻を迎えていて、この国の決まりでは離縁は出来ない。
 そのため、現在の妻を第二婦人に、奥方様を第一婦人として迎えると言いだしたのだ。

 これに腹を立てたのが海洋公だった。
 何がどうなったのかはわからないが、その後一年以内に富国公の二人の息子は相次いで病死し、海洋公の臣下のなかで、信頼の厚い部下と奥方様の婚姻が結ばれることとなる。

 そうなると今度は収まらないのが、古くからデーヘイリング家に仕えていた直参じきさんの家だ。
 何しろ全く主家と関係ない人間がトップに立った訳だからな。
 臣下の家全員が結託して仕事をボイコット、生産がストップするという騒ぎになった。

 さて、勇者に挑みかかってアンデルの捕虜となったあの姫君だが、実は大聖堂で一生奉仕を行うようにと言い渡されていた。
 だが、この騒ぎを受けて、最終的に、事件が起こってから約十年ほどして姫君が大聖堂から呼び戻される運びになる。
 さすがに一大穀倉地帯が機能不全に陥っては国としても困るからだ。
 そして彼女が当主として納まることになり、騒ぎが収まったのである。

 なんというかゴタゴタした挙句元の後継者が家長になった訳だが、その頃には姫君もすっかり落ち着いていて、いい女主人になったらしい。
 まぁ伝聞でしか知らないんだけどな。

 とは言え、これらは全部ずっと先の話で、この時点の俺達は、戦争から化け物退治、果てはお家騒動にまで巻き込まれて、辟易としていた。
 とりあえずここまで来たら一度大聖堂に行って報告をしてしまったほうが楽だろうという話にはなった。
 俺は先駆けの郷ホームに一刻も早く帰りたかったのだが、自分からついて来た手前、帰るとも言い難く、しぶしぶ大聖堂に同行することになったのである。

「よければ我が主に一度お会いしてもらえないだろうか? 勇者殿や聖女様にお会い出来るとなれば主もお喜びになる。あと、これは政治的な話で申し訳ないが、今回のようなことがあった後だ。少しでも大公陛下に有利になる材料が欲しいのだ。この通りだ」

 毎度恒例となった、土下座をかまされて、勇者を始めとして一同はちょっと白けた雰囲気となった。
 いや、英雄殿の気持ちや覚悟はわかるんだが、いまさらと言うか、他人行儀というか、そういう気持ちが先に立ったのだ。

「美味いもんを食わせろ。あと、城では俺達に構わず、しばらく放っておいてくれるなら行ってもいいぞ」

 勇者が少し投げやりにそんな風に答えた。
 だから相談しろと言いたいところだが、まぁみんな話し合いとかする気分でもなかったので、このときはそれでよかったのだろう。
 聞かれたら「好きにしろ」と答えていたところだ。
 いや、やっぱり相談はすべきだよな。
 後で気力が戻ったら説教しておこう。

 そんないい加減な答えでも、英雄殿は小躍りしかねないほど喜んだ。
 そしてたちまちどこからか立派な馬車を二台用意して来ると、俺達を男女に分けて放り込み、自分は馬で並走して、首都へと向かったのだった。

 俺達はと言うと、ほぼされるがまま、だらっとして過ごした。
 馬車のなかは少し狭いが貴族の応接室のような立派な造りで、俺にもうちょっと気力があればとても乗る気になれなかったような代物だ。
 そこには酒や食事が用意されていて、ずっと寝て過ごすことが出来た。
 言うまでもなく、俺達はほぼ寝て過ごした。
 本当に疲れ切っていたのだ。
 まぁ俺は、染みついた冒険者としての習慣で、完全に寝ることはなかったのだが、それでもぼーっとして過ごすこととなった。

 馬車のなかで飲み食いしたものはものすごく美味かった。
 つまみの大半がチーズや燻製などで、酒は瓶入りの高そうなワインだ。
 ものすごい贅沢のはずだが、何の感慨も湧かなかった。
 精神の疲労というものは、本当に厄介なものだな。
 美味いものを口にして感動することが出来ないんだから。

 五日ぐらいそうして旅をしただろうか?
 おかげで首都に入る前日ぐらいにはほぼ全員が気力的に復活を果たしていた。

「元気になったら大公に会うのが面倒になって来た」
「サーサム卿が聞いたら泣くぞ」

 正直に言うと、俺もかなり面倒になっていたのだが、約束は約束だ。
 そうして俺達は、どこか気乗りのしないまま、ディスタス大公国の首都に到着したのである。
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