上 下
811 / 885
第八章 真なる聖剣

916 呪いと勇者

しおりを挟む
 俺の断絶の剣からの結びへの返し技の成功に、俺よりも満足げにやってやったぜ感を全面に出す勇者。
 なんでお前が威張るんだよ。
 いや別に俺は威張るつもりはないけどな。

「とりあえず、扉自体が崩れやすくなっているから、ゆっくりと開くぞ?」
「はい」

 聖女がいつでも魔法を発動出来る体勢でうなずく。
 俺の言いたいことを汲み取ってくれたらしい。
 もし扉が崩れたら、天井が崩れるかもしれないからな。

 すでに斬られた衝撃である程度開いているが、人が通れるほどにもう少し押し広げる。
 ギッギッギギィ……と、不安で不快な音を立てつつ、なんとか扉は開いた。

「ふう……うっ」

 開いた先の空気が、あまりにも淀んでいたので、思わず後ろに下がる。

「ミュリア、浄化頼む」
「わかりました。……淀みよ去れ……」

 聖女の浄化で淀みの消えた次の通路に足を踏み入れた。
 光球の灯りが暗闇を照らすと、通路は少し先で二股に分かれている。

「方向的にはこっちか?」

 俺は右手のほうをチラリと見るものの、左手の通路が気になって仕方がない。

「師匠、なんか……」

 勇者も同じ気持ちなのか、左手側の通路を睨んでいる。

「とりあえず、気になるものはきっちり確かめよう。調査だからな」
「わかった」

 左側の通路は突き当りで、また扉となっていた。
 手前にあった銅の扉と違い、こっちの扉は鋼のようだ。
 そして、より奥まった場所だったからか、腐食が少ない。

「開くかな?」

 勇者がじっと見ながら言った。

「錠前があるだろ」

 目前の扉も、その手前の扉と同じように、閂と錠前があり、開くのに鍵が必要な仕様となっている。

「壊せばいいだろ。どうせここの鍵なんか見つかりはしないだろ」
「そう……ですね」

 勇者の発言に、聖女が申し訳なさそうに答えた。
 いや、別に聖女のせいじゃないし。
 ロスト辺境伯のせいですらない。
 あえて言えば前領主がちゃんと引き継ぎしないうちに死んだのが悪いが、それもまぁ言っても仕方のない話だし。

 なし崩し的に、錠前は壊されることとなった。

 勇者の炎の魔剣が振り下ろされると、錠前は灼熱して、熔け落ちる。
 おお、炎そのものを出さずに、熱だけを錠前に叩きつけたか。
 大した上達だな。
 やはり勇者は勘がいい。
 勇者を見ていると、師匠が言っていた、俺には才能がないという言葉の真実が、つくづく理解出来る。
 
「さて」

 錠前を破壊したものの、勇者は少し考えるように扉を見て、次に俺を見た。
 うむ、俺も気配を感じている。
 というか、少し見えてすらいた。

 何かヤバいものがいる・・

「僕が食べてもイイヨ?」

 チョロリと、勇者の背中から若葉が出て来て囁く。
 お前ほんと、気分屋だな。
 主人の悪いところを真似なくてもいいのに。

「師匠、今ちょっとコイツと俺が似てるとか思わなかったか?」
「は? まさか」

 本当に勘がいいな、勇者。
 とりあえず、俺は大人の余裕でごまかした。

「若葉、お前は引っ込んでろ。いや、腹が空いたなら素直にそう言え、その代わりもう俺の魔力を食うな!」
「えー、ヤダ。ならやめる」

 そしてチョロリと引っ込む。
 本当に気ままだな。
 うん、勇者悪かった。
 さすがのお前もあそこまで好き勝手してないわ。
 偉いな、勇者。

 若葉のおかげで、相対的に俺のなかで勇者の評価が上がった。

「さて、と」

 全員に視線を向けると、うなずきが返って来た。
 準備はいいようだ。

 今度は扉を蹴って、少し壊し気味に開け放ち、すかさず室内に光球が飛び込む。

「オ・オ・オオッ・オ? ニンゲン・オ? オ?」

 ソレは、醜悪な人間の影のようなものだった。
 あらゆる場所が歪みに歪んで、ねじれた人間がいるとしたら、この目前の存在になるだろう。

「おいおいおい、勘違いから出た真か?」
「呪い、ですね」

 勇者と聖女が剣と神璽みしるしをそれぞれ構えながら、そんな風に言う。
 そう、それは、正真正銘の呪いだった。
 しかも、顕在化している。
 普通、呪いは発動するまで顕在化しないものなんだが、こいつは歳月によって封印が緩み、自然に顕在化したのだろう。
 顕在化したものの、呪いの標的が存在しない状態で、淀みを吸って育ったのだ。

「辺境の城はびっくり箱みたいだなぁ」

 俺は呑気にそんな風に呟いたのだった。

「城主さまが見たのはこれ?」

 メルリルがそう聞いたので、俺は首を横に振って答える。

「こいつが原因なら、地下通路全体を封印する必要はない。今は育っているが、元はごくごく個人的な呪いに過ぎないはずだ。まぁ呪いってのは普通見えないもんだし、呪物に触れるまで健在化しないんで気づきにくいんだが、呪いが見えるというロスト辺境伯の目があれば、事前に察知して浄化すればいいだけだ。そいつには封印の痕跡があるし、もしかしたら前の城主が封印したものかもしれないな」

 呪いの元となっている呪物だと思われる書物には、変色した紐状のものが巻かれていた。
 それが自然にかネズミにかじられてか、ちぎれてしまっている。

「師匠とミュリアも呪いの現物を見たことがあるのか?」
「人が人を呪うという行為は古来からありふれたものだからな。遺跡にも呪物は多いし、金持ちからの依頼で、呪物の探索とかやったことがある」
「わたくしは、聖女の修行の際に何度か呪いを祓いました」
「なるほど。俺は昔、城の宝物庫で、何回か呪物に触れたことがある。城ってところには変なものがいっぱいあって面白いと思ったものだ」
「はぁ?」

 勇者がいきなりとんでもないことを言った。
 呪物に無防備に触れるのは危険な行為だ。
 呪いというのはかけた術者にもよるが、一度かかるとなかなか解除出来ない厄介なものが多い。

「それでどうしたんだ?」
「とりあえず焼いた」

 勇者はなんでもないようにあっさりと言った。
 いやいや、焼いただけでどうにかなるもんじゃないぞ、呪いってのは。

「……なるほど。っていうかその頃お前、勇者じゃなかったんだよな?」
「ああ」

 呪いの解除には、多かれ少なかれ、祝福の力が必要とされる。
 冒険者が呪いを解除するときには、聖水という、聖女や聖人によって祝福を封じられた特殊な水を使うのだ。
 つまり、今の話によると、勇者は勇者になる前から祝福の力を備えていたということになる。
 祝福の力を持つ子どもは、聖人候補か勇者候補として大聖堂に集められると聞く。
 ということは、勇者がずっと言っている、自分の存在が邪魔だった家族が、大聖堂に依頼して神託を下させたなどという疑いは見当違いだってことになる訳だ。

 問題は本人がそれをわかった上で言っているのかどうかなんだが……。

これ・・も燃やせばいいかな?」
「勇者さま。この部屋には紙類が多いのでやめたほうがいいと思います。わたくしにお任せください」

 うーん。
 正直判断出来ないな。 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界に転生したけどトラブル体質なので心配です

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:575pt お気に入り:7,589

【完結】私がいなくなれば、あなたにも わかるでしょう

nao
恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,372pt お気に入り:938

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,526pt お気に入り:155

婚約破棄?私には既に夫がいますが?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:91,384pt お気に入り:670

フローライト

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:105

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:170,561pt お気に入り:7,831

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。