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第二章 淫紋をぼくめつしたい

はじめての……③ 

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 失敗した。
 俺は、ぐつぐつ煮える鍋にコマギレにした野菜を放り込み、自省した。
 部屋を振り返ると――こんもりとまん丸く、布団がもりあがっとる。
 大福餅みたいなそれの真ん中に、シゲルが体を縮めとることを思い……胸がギュッと苦しくなった。
 
 ――もう、いやぁ、晴海……
 
 両手で顔を覆って、しゃくり上げて泣いとったシゲル。
 俺は阿呆や。あんな泣かして、シゲルを辱めてしまうやなんて……!
 己への不甲斐なさで、頭がかっかする。菜箸をぎぎ、と握りしめた。
 最初は、丸っきり善意やったんや。
 シゲルは綺麗好きで……汗かいとるんが辛いやろうと想って。サッパリしてもらうだけ、そのはずが――
 
「……っ」
 
 タオル越しに、熱く息づいていたシゲルの肌を思い出す。
 しっとりと弾力があって――俺が触れるたび、透き通った肌が、さあっとばら色に染まったんや。
 
 ――はぁ……っ、んん……
 
 かわいい声が甦り、体がカッと熱くなる。
……信じられんくらい、エロかった。
 シゲルは媚薬の後遺症のせいか……どこもかしこも、敏感になっとるんかもしれん。
 甘い吐息を聞く度、病人やぞ、シゲルはそんなつもりないぞって必死に言い聞かせて、拭くことに集中した。
 そうやって邪念に目を背けてたら――シゲルの様子に気づくのが遅くなってしもて。
 具合悪いのに、体にも心にも負担をかけて……大失態や。
 
「はあ……」
 
 深く深く、ため息をつく。
 シゲルの身になれ、有村晴海。変な後遺症が残って、どんだけ不安な気持ちでおることか。そこんとこをちゃんと解ってへんから、邪念なんぞに負けそうになるんや!
 
「俺は今度こそ、シゲルを守る……!」
 
 こころも、体もや。
 気合を入れ直して、冷蔵庫から冷や飯(共用の炊事場で、シゲルがまとめ炊きしてくれたやつ)を取り出して、鍋に放り込んだ。――トロトロに煮込んで器に盛ると、部屋の中に戻る。
 相変わらずまん丸の布団にそっと近づいて、明るく声をかけた。
 
「シゲル。具合どうや?」
「……」
 
 大福餅は、わずかに身じろぐ。俺はテーブルに器を置いて、ベッドの傍らに膝をついた。
 
「おじや作ったんやけど、食えそうか」
 
 布団の中から、「ぐうう」と腹の音が聞こえた。正直なお腹や。
 じっと待っとると、もそもそとシゲルが布団から顔を出した。真っ赤な困り顔に、思わず笑みが漏れる。
 俺は、さっきのことを蒸し返さんように、ことさら明るく話した。
 
「初めてのあれやけど、食える感じにはなっとる思うから。食えるだけ食うたら、薬飲もうな」
「はるみ……」
 
 シゲルは布団を握って、こくんと頷いてくれる。ほっとして、細い体をそっと抱き起こす。背中にクッションをはさんで凭れさせて、おじやの器を取った。――まだ、ほかほかと湯気が立って、十分熱々や。
 
「はい、あーん」
「えっ」
 
 スプーンで一口掬い、冷ましてから可愛い口元に運んだ。シゲルは、目をまん丸にする。
 
「は、晴海? おれ、一人で食えるよ?」
「まあまあ。しんどいんやから、甘えとき」
「あう……」
 
 シゲルは照れくさそうに、ぱくりとスプーンに食いついた。もぐもぐと頬を動かして――目を輝かせる。
 
「おいしいっ」
「おお。そうか?」
「うんっ。野菜めっちゃトロトロで……! お出汁もめちゃうま」
 
 もう一口! ってシゲルは口を開ける。――ひよこみたいでかわいい。はふはふとおじやを頬張っている姿に、心がじんわり温まる。レシピサイトに内心で感謝を捧げつつ、せっせとおじやを口に運ぶ。
 
「晴海、おいしー」
「よかったなぁ」
 
 にこにこと食べ進むシゲルに、目尻が下がる。……よかった。ちょっと元気出てきたみたいやな。
 しかし、好きな子のメシはカクベツにええけど。自分の作ったもんを好きな子に食べてもらうのもええなぁ。料理、今後もうちょっと練習しよかな。
 あっという間に、器が空になる。お腹いっぱいになったんか、シゲルはふわふわした顔で一息ついた。
 
「ごちそうさまでした。おいしかったー」
「おそまつさん。薬も飲みや」
「うん。晴海、ありがとう」
「ええて」
 
 薬を飲んで、コップを両手に包んだまま、シゲルがはっとする。
 
「晴海、食べてへんよな。ごめん、おればっか食べて……」
「いやいや。俺は作りながらめっちゃ食うたから、心配すんな」
 
 嘘とちゃう。
 ただ、出汁の量ミスったんか、すげえ量のおじやが鍋に残っとると言うだけや。まあ、そいつは後から食うからええとして。
 
「薬も飲んだし、もっぺん寝とき。ついてるさかい」
「晴海……」
 
 頭を撫でると、シゲルはじっと上目に見つめてくる。熱で潤んだ目にどきっとしながら、俺も見つめ返す。
 
「ん?」
「えっと……」
 
 赤い顔で、眉をへにゃっと困らせて、しきりに口ごもっとる。どうしたんやろう。不思議な沈黙が続いた後、シゲルは急にもそもそと布団に潜り込んでしもた。
 
「……ね、寝る」
「お、おう。そうか」
 
 ちょっと釈然とせんながら、眠るのを邪魔するわけにはいかんので――俺は頷いた。布団の中の手を探して、ギュッと握る。しっとりした手に、やわらかく握りかえされる。
 
「おやすみ、シゲル」
「おやすみ、晴海……」
 
 まもなく、すやすやと寝息が聞こえてきた。
 熱でほんのりと赤いものの、やすらかな寝顔や。飯も食えたし、汗かいて寝てたら――明日には良くなるかもしれん。
 
「シゲル、あとちょっとの辛抱や」
 
 あめ色の前髪をかき分けて、額に滲んだ汗をそっと拭った。
 
 
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