結婚前日に婚約破棄された私は、当然結婚なんて考えていませんでしたが

だって私はヒロインではなく、当て馬の悪役令嬢だから。

私が誰かと結婚しても、その相手が不幸になるだけだと分かっているから。

でも──

(もしこのひとと結婚したら)

『運命の女神はあなたのほうですよ』

(このひとだけは絶対に悲しませたくなかった)

『やっぱり僕の目に間違いはなかったです』

(きっと幸せに……)

そんな根拠のない確信を抱くほどに美しい横顔に、思わず目を奪われてしまう。

ああ……そんな目で見ないで。

そんな優しい声で囁かないで。

だって──

「……もう、分かった」

「え?」

「わたし……あなたの花嫁になります。なってあげるわ! 仕方がないから!」

思わず大きな声が出てしまう。

そんな私に、彼は一瞬びっくりした顔をして……それからすぐに満足そうに微笑んだ。

ああもう……心臓が痛い。ドキドキしすぎて胸が破裂しそうだ。




「よかった」

そう言って、彼が私の手を取る。

私はその手を握り返すこともできず、ただ呆然と立ち尽くしたまま……真っ赤な顔を隠すように俯いた。

◇◆◇

「ぼっちゃま。そろそろお時間です」

そんな執事の声に促されるように、僕は読んでいた本を閉じる。

もうそんな時間か。どうやら彼女といると時間が経つのが早いみたいだ。

(そういえば)

結婚の承諾を得たはいいけど……結婚式まではまだ少し時間がある。

(なにをしよう)

結婚するからと言って、特に何かを変えなければいけないということはないだろう。

ただ、この関係に名前がつくだけ。

僕と彼女は婚約者になったのだ。

「ぼっちゃま」

そんなことを考えていると、再び執事に名前を呼ばれる。

「もう時間ですか?」

そう尋ねると、彼は呆れたようにため息をついた。

「本日は奥様とのデートだと申し上げたでしょう」

「……そうでしたね」

ああそうだ。そういえば今日は彼女とデートに行く約束だった。

(さて……)

準備をしないと。そう思ったが、どうにも身体が重い。

今日のためにいろいろ考えてきたけれど、彼女に受け入れてもらえるのか不安でたまらないのだ。

(結婚は了承してもらったけど)

もし断られていたら? 僕と結婚するのはやっぱり嫌だったと言われたら? そんなことばかりが頭の中を巡ってしまって……すごく緊張している。

(どうしよう……)

そんなことを考えているうちに時間だけが過ぎていった。
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