無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第92話:民衆の祝福

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祝賀会の宴が甘美なる狂騒と共に終わりを告げた翌日。帝都アスガルドは、前日の興奮の余韻に浸りながらも、新たな祝祭への期待に朝から浮き足立っていた。

本日の主役は貴族ではない。帝都に暮らす全ての民衆だった。

皇帝陛下の勅命により、祝賀会の二日目は、帝都の大通りを練り歩く盛大なパレードが執り行われることになっていたのだ。

そのパレードの主役もまた、私とレオン様だった。

私は昨夜と同じ深青色のドレスの上に、純白のケープを羽織っていた。髪には、マルタたちが朝露に濡れた庭の花を摘んできて作ってくれた、可憐な花冠を飾っている。

「本当によろしいのですか、私がこのような…」

王城のバルコニーから眼下に広がる黒山の人だかりを見下ろし、私は思わず尻込みしてしまった。大通りは私たちのパレードを一目見ようと集まった何万という民衆で完全に埋め尽くされている。その熱気と歓声が地響きのようになり、ここまで伝わってきていた。

「何を今更言っている」

隣に立つレオン様が呆れたように、しかし優しく微笑んだ。彼は皇帝の威厳を示す豪華な軍服に身を包んでいる。その凛々しい姿は、私の心臓を無遠慮に高鳴らせた。

「君は、この国の英雄なのだ。民が君に感謝し、君を祝福するのは当然のことだ。さあ、胸を張れ」

彼はそう言うと、私の手をそっと取った。

「俺がそばにいる」

その短い言葉と、力強い手の温もりが、私の全ての不安を吹き飛ばしてくれた。

私たちは、城の正面玄関に用意された、壮麗な飾りの施された白馬四頭立てのオープンカーリッジ(屋根のない馬車)へと乗り込んだ。

私たちが姿を現した瞬間。

ワアアアアアアアアッ!

城門の前で待ち構えていた民衆から、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。

馬車がゆっくりと動き出す。

「聖女様だ!」
「我らが救国の聖女様がお通りになるぞ!」

沿道を埋め尽くした人々が、我先に、と身を乗り出してくる。その顔は誰もが興奮と喜び、そして純粋な感謝の光で輝いていた。

「アリア様、ありがとう!」
「もう味のないパンを食べなくて済むよ!」

彼らの飾り気のない、魂からの叫び。

その一つ一つが私の胸に温かく、そして少しだけ切なく響いた。

私は、最初は戸惑いながらも、やがて自然と彼らに向かって手を振り始めていた。

私のささやかな仕草に、民衆の熱狂はさらにヒートアップする。

空から色とりどりの花びらが雨のように降り注いできた。沿道の建物の窓から、人々が私たちのために花びらを撒いてくれているのだ。

「皇帝陛下、万歳!」
「聖女アリア様、万歳!」

人々の歓声は、もはや二つの名前を交互に叫ぶ、一つの巨大な合唱となっていた。

レオン様は玉座にいる時と同じ威厳のある表情で、民衆の歓呼に静かに手を振って応えている。しかし、その横顔は隠しきれないほどの誇らしさと喜びに満ちていた。

彼は自分のこと以上に、私がこうして民に愛され、受け入れられていることを喜んでくれているのだ。

その事実に気づいた時、私の胸はたまらなく熱くなった。

パレードの途中、馬車が城下の大きな孤児院の前を通りかかった。

すると建物の前から大勢の子供たちがわっと飛び出してきた。その手にはそれぞれ小さな花束や手作りの旗が握られている。

「聖女様だ!」
「この前スープをくれたお姫様だ!」

彼らは私が以前炊き出しに訪れた、あの孤児院の子供たちだった。皆、見違えるように顔色も良く、元気になっている。

彼らは衛兵の制止も聞かずに私たちの馬車へと駆け寄ってきた。そして口々に叫んだ。

「ありがとう、お姫様!」
「スープ、すっごく美味しかったよ!」
「また作りに来てね!」

そのあまりにも純粋で真っ直ぐな感謝の言葉に、私の涙腺はあっけなく決壊した。

ぽろぽろと瞳から温かい涙が溢れ出してくる。

私は馬車から身を乗り出すようにして、彼らに向かって何度も何度も手を振った。

「ありがとう……! ありがとう、みんな…!」

涙で声がうまく出ない。

そんな私の肩を、レオン様の大きな手がそっと支えてくれた。

彼は何も言わなかった。ただ、私の隣でその光景を慈しむような優しい瞳で見守ってくれていた。

パレードは帝都を一周し、再び王城へと戻っていった。

沿道からの歓声は最後まで鳴り止むことはなかった。

馬車を降り、二人きりになった時。私はまだ涙で濡れた顔のまま、レオン様に深々と頭を下げた。

「……ありがとうございました、レオン様」

私の震える声。

「私に、こんな素晴らしい光景を見せてくださって」

虐げられ、誰からも必要とされなかった、あの頃の私には想像もできなかった光景。

こんなにもたくさんの人々に感謝され、愛される日が来るなんて。

「礼を言うのは俺の方だ」

彼は静かに言った。

「君がこの国に光を取り戻してくれた。今日のあの民衆の笑顔こそが、その何よりの証拠だ」

彼は私の涙で濡れた頬を、そっとハンカチで拭ってくれた。

「君はもう一人ではない。君の後ろには君を愛し、支える百万の民がいる。そして……」

彼はそこで一度言葉を切った。

そして私の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

「君の前には、生涯君を守り抜くと誓ったこの俺がいる。……それだけは決して忘れるな」

そのあまりにも力強く、そして甘い言葉。

私はもう涙を拭うのも忘れ、ただ彼の胸に飛び込むことしかできなかった。

民衆の祝福。

それは私がこの国で生きていくことへの、何よりも力強いエールだった。

そして、この日の出来事は、これから始まる祝賀会の本当のクライマックスへの壮大な序曲に過ぎなかった。
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