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25 失われた信頼関係

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 私が人質となって、二週間目の朝を迎えた。
 不自由なく、過ごしているけど、唯一の悩みはパンの違いくらい。
 バルレリアのパンは固めで、少し酸味のあるパンだ。
 ふわふわのルヴェロナの白いパンと違うからか、私にはあまり馴染みがなくて食べづらい。
 お兄様がいたら『顎が疲れた』『噛むたびに頭に刺激が加わる。悪い意味でね』なんて、ブーブー言っていたに違いない。
 お兄様がバルレリアからルヴェロナへ帰された後、バルレリアから調査団が派遣された。
 昨日、調査の結果、猟銃の銃弾であることを証明したという内容の手紙をようやくルヴェロナから受け取ることができた。

「でも、王妃様からはなにも音沙汰がないのよね……」

 それがちょっと不気味だった。
 勘違いだったとか、間違いだったという知らせが、まだ私のほうになく、バルレリア王宮の一室に閉じ込められたまま。
 図書室へ行ったり、庭園を散歩するくらいはできるけど、身の回りの世話をする侍女からは完全に罪人扱いで待遇の変化はみられなかった。

「でも、残ったのが私で、お兄様が残らなくてよかったわ」

 身の回りの世話をする侍女は全員がバルレリア出身で、ルヴェロナの侍女も護衛も国へ帰されてしまった。
 お兄様が残っていたら、間違いなく男だとバレていただろう。

「朝食をお持ちしました」

 バルレリアの侍女が部屋のドアをノックし、持ってきたのは朝食だった。
 けして不味いわけではないけど、そろそろルヴェロナのふんわりしたパンが食べたい……
 そう思った私の前にドンッと置かれたのは――

「……ありがとう。こ、これはっ!」

 白いふわふわのパンと金色の蜂蜜、バター。私が見間違えるはずがない。

「ルヴェロナのパンと蜂蜜。もしかして、バターも?」
「はい。クラウディオ様がレティツィア様のためにご用意されました」

 食事を運んでくれた侍女が食事の説明をしてくれた。

「クラウディオ様はルヴェロナからわざわざ小麦まで取り寄せて、パンを焼くようコックに命じられました」
「そう……。嬉しいわ。クラウディオ様にお礼の手紙を書いていいかしら?」
「はい」

 私の立場上、簡単に侍女以外の誰かと会えない状況ため、ここは手紙しかない。
 固いパンにやられ、食欲が落ちかけていた私にとって、ルヴェロナの食事は本当に美味しくて、元気がでるものだった。
 書いた手紙を侍女に渡し、食後のお茶を飲んでいると、クラウディオ様から返事が届けられた。
 手紙というよりはメッセージカードの形で、銀のお盆にのせられたカードを手に取った。

「これって……」

 ヴィルジニアがルヴェロナより呼ばれたという内容。それも急いで書いたのか、クラウディオ様は繊細で綺麗な文字を書かれるのに走り書きの文字で読みづらい。
 クラウディオ様にも知らされず、ヴィルジニアが呼ばれるなんておかしい。
 もしかして、クラウディオ様はこのことを伝えたくて、ルヴェロナのパンや蜂蜜を私に出した……?
 侍女に怪しまれることなく、クラウディオ様とメッセージのやりとりができたのだから、そんな狙いがあっても不思議じゃない。
 お茶が入ったカップをソーサーを置き、すぐに身支度をする。
 のんびり食後のお茶なんて飲んでいる場合ではない。

「最近、王妃様にお会いしていなかったから、今日は私から会いに行くわ」
「王妃様にご予定を伺って参ります」
「そうね。王妃様のご都合もあるでしょうから、そうしていただける?」
「は、はい!」

 侍女が慌てて出て行った。
 監視の目がなくなった私は同じドアから、するりと抜け出し、王妃の部屋へ向かう。
 私に王妃の予定を伺うなんて言っておきながら、侍女は使用人が集まる階下へ降りていく。どうせ部屋へ戻ってきても会えませんと言われて終わりだ。
 本をカモフラージュにし、図書室へ行くふりをして廊下を堂々と歩いた。
 内気設定のおかげか、引きこもりがちな王女が部屋を抜け出すなんて誰も思わないらしく、余裕で王宮内を歩けた。
 ここまで、ずっとおとなしくしていた甲斐があったというものだ。
 
「やっぱり、私をヴィルジニアやルヴェロナの人たちと会わせないつもりだったのね」

 疑いが晴れたけれど、王妃の猜疑心が消えたわけではない。このまま、私を人質にしておこうという思惑なのだろう。

「ヴィルジニアの結婚が決まってしまったら、それこそおしまいよ」

 お兄様が男だとバレたら、王妃だけでなくクラウディオ様の信頼もなくしてしまう。
 早くヴィルジニアの婚約を解消させ、お兄様を男に戻さなくては。
 だって、もうお兄様は――

「ヴィルジニア、風邪でもひいたのかしら? 声がおかしいわよ?」

 王妃の部屋から声が聞こえる。
 お兄様が男なんだってことを隠し通すには限界がきている――!

「失礼しますっ!」

 それ以上の言及をされる前に王妃の部屋へ勢いよく飛び込んだ。

「レティツィア?」

 王妃はまさか私が部屋にやってくると思っていなかったようで、驚いた顔で私を見た。

「あなたを呼んだ覚えはなくてよ。監視はなにをしているのかしら?」
「え、えーと……。ヴィルジニアお姉様の気配を感じたので、お会いしたくてきてしまいました」 
「気配を? そんなことがあるのかしら」
「私とヴィルジニアは双子ですから、わかります。これは双子の勘ですっ!」
「そう……?」

 我ながら無茶苦茶な言い訳だったけど、双子ならそういうこともあるかもしれないと思ってくれたようだ。

「レティツィア、会いたかったわ」

 ヴィルジニアの姿をしたお兄様だけど、小声で私の名前を呼んだ。
 お兄様は気づいている。以前より、声が低くなり、体が成長して性別を隠すのが難しくなってきていることが。
 
「王妃様。クラウディオ様がいらっしゃいました」
「クラウディオが?」

 王妃付きの侍女が部屋に入ってきて告げる。
 クラウディオ様を呼ぶつもりはなかったらしく、王妃は顔をしかめた。
 ヴィルジニアを一人にさせ、尋問する予定だったに違いない。
 ボロを出せば、そこで罰して終わり。
 王妃はなにか理由をつけて、ヴィルジニアになんらかの罰を与える気でいたのだろう。
  
「クラウディオ。わたくしがヴィルジニアに話があって、彼女を呼んだのですよ」
「いったいなんのために? ルヴェロナから戻った調査団から、銃弾は猟銃のためのものだったという報告を受けた。もういいのでは?」

 クラウディオ様の言葉に王妃は高笑いし、手入れされた爪をこちらへ向けた。

「あなたはバルレリアの国王となるのだから、簡単に信じては駄目よ。わたくしはヴィルジニアを気に入ったし、クラウディオも気に入った。でも、それこそが間違いだったのではないかと思ったのよ」
「王妃様、それはどういう意味でしょう?」

 王妃の言葉にお兄様が目を細め、私の手を力強く握り締めた。

「ねえ、ヴィルジニア。すべてあなたの計算だったのではなくて? わたくしとクラウディオに信用させ、このバルレリアを乗っ取ろうとしたのでしょう?」

 場所も言葉も違うけれど、これは前回と同じ流れだと、私もお兄様も気がついた。
 ――またなの? やっぱり運命は変えられないの?
 この大きな運命の流れを私たちは止められないのだろうか。
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