御曹司社長は恋人を溺愛したい!【宮ノ入シリーズ③】

椿蛍

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コミカライズ記念 特別番外編【宮ノ入シリーズ①:恋人編】

7 呼び戻されたライバル(7)

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 なにか大事件が今日も起こるのではないかと、身構えてマンションを出た。
 でも今日は、朝から雅冬さんや綾香さんと遭遇することはなかった。
 瑞生さんは親戚のああいった振る舞いに慣れているのか、何事もなかったような顔で淡々と仕事をこなしている。
 今日の予定は昼食前に会議を終えたら、その後は取引先との会食、それから戻って書類の整理。

 ――スケジュールが詰まってるし、今のうちに処理済みの書類を各部署へ運んでおこう……
 
 瑞生さんの邪魔にならないよう、社長室の扉を静かに閉めた。

 ――瑞生さんは動じてないけど、雅冬さんはどうなのかしら?
 
 昨日の常務夫人の様子からいって、このまま何事もなく終わるとは思えない。
 特に雅冬さんは、社長の椅子に近づく大チャンス。 
 雅冬さんの母親で常務夫人、聖子さんは、今朝も地味な嫌がらせをしてきた。
『妻気取り』『瑞生さんの陰に隠れている』、しまいには『今日はネギを買ってこないでしょうね』なんていう声が聞こえてきた。
 
 ――瑞生さんと結婚しても、解決する問題ではなさそう。
 
 ますます『社長夫人なら』、『社長夫人として』を連呼され、攻撃される気がする。
 でも、私は逃げない――じゃあ、どうする?
 ふと、頭に八木沢ファイルの存在が浮かんだけど、それを手でパタパタ払って、打ち消した。
 
 ――なんとかしたいけど、人生を一瞬で終了させる八木沢さん方式はちょっとね……
 
 悩みつつ、瑞生さんから頼まれた書類を各部署へ運んでいると、元気な声が廊下に響いた。

「せんぱーい! おはようございます!」

 宮ノ入グループでも異色の女子社員、木村さんが登場した。
 廊下を歩いていた人は、声の大きさにびっくりして振り返っていた。

「木村さん。おはよう」
「あっ、書類ですか? うちの部署に持っていく書類があれば、持っていきますよ」

 ほとんどの人はよそよそしくなり、疎遠になってしまったけど、木村さんだけは変わらぬ態度で接してくれる。

「ありがとう、木村さん。実は木村さんにお願いしたい仕事があるんだけど、少し話をする時間はあるかしら?」
「私に頼みたい仕事ですか? いいですよ。なんですか? コピーとか郵便物とかですか?」
「木村さんの機転と行動力を見込んで、八木沢さんの秘書をお願いしたいの」
「えっ……! 八木沢さんって言いました? ヤギではないですよね?」

 木村さんは喜ぶどころか、ドン引きしている。
 八木沢さんの秘書より、ヤギのお世話のほうがいいと言わんばかりの態度だった。
 
「ヤギのお世話は頼まないでしょ……。沖重に出向中の八木沢さんよ」
「そうですよね……。う、うーん。他の女子社員なら二つ返事で、喜んで引き受けてくれると思うんですが……私、私ですか……」
「木村さんは八木沢さんが苦手なの?」
「いえ、人生における優先度ですね。現在の私は、休日出勤や何十時間もの残業時間に耐えられるメンタルがないんです」

 ――もしかして、私のように家庭の事情があるのかしら? 木村さんは明るいけど、実は訳ありな人?

 木村さんは胸の前に腕を組んで、「うーん」と唸っている。

「困らせてしまって、ごめんなさい。瑞生さんから、機転がきいて行動力がある人をと言われたの」
「えっ!?」
「真っ先に思い浮かんだのが木村さんだったから」
「そんな褒められてもっ! 仕方ないですねー。私以外にいないっていうんなら、ここはどーんと引き受けましょうっ!」
 
 案外、木村さんは褒められると弱いほうだったらしく、あっさり引き受けてくれた。

「引き受けてくれてありがとう。なるべく定時で退社できるよう頼んでおくわね」
「先輩は神様ですか!」
「え? 大袈裟よ。定時っていうだけで……」
「よかったー! 私のプライベートな時間が守られました」

 ぎゅっと手を握り締められるくらい感謝された。
 そんな感謝されるようなことではなかった気がする。
 
 ――普通の女子社員なら、八木沢さんの秘書になれたことを喜ぶけど、木村さんは違うみたいね。

 なんとか適任な人を見つけられたと思い、ホッと胸をなでおろし、海外事業部のフロアに書類を置いた。
 木村さんは後ろからついてきて、私から自分の部署の書類を受け取ると、小声で私にささやいた。

「ほら、先輩。社長のライバルがいますよ。モテモテな宮ノ入雅冬さん。おしゃれでフットワークが軽め。社交性が高くて女性からの人気は大。大学卒業と同時に海外支店へ配属。出世間違いなしの超絶エリート様です」
「詳しいのね」
「敵の情報はしっかり掴んでおいた方がいいですよ。じゃあ、先輩。書類もらっていきますね!」

 敵というより、雲の上の人。
 思えば、瑞生さんも自分にとって雲の上の存在だった。
 目の前のことに必死で、生きていくだけで精一杯の毎日。
 こうして、他の人と関わって、木村さんという親しく話せる人もできた。

 ――前より周囲が見えるようになったのかも。

 もう私はメガネをかけていない。
 不思議なことに、メガネがなくなってから、人の顔や様子、人間関係がはっきりと見えるようになった気がする。
 働く雅冬さんや綾香さんの姿も見える。
 雅冬さんはすでに管理職で部長クラス。
 部下に頼られる存在のようだ。
 落ち着いた様子で、堂々たる受け答えをしている。

「大学時代の友人が現地で働いている。話を聞いてみよう」
「さすが、部長は顔が広い」
「じゃあ、私が現地企業のリストを作るわ。そちらの方で知り合いがいるかもしれないし」
「綾香さん、仕事が早いな。助かります」

 そんな会話が聞こえてくる。
 その後も指示をいくつか出している。
 頭の中で、複数のタスクを同時にこなせるタイプのようで、別件にも対応していた。
 会長が瑞生さんに対抗できる人間として、海外支店から呼んだだけある。

「分析は……社長でしょうか。あの人の脳内にある情報量と知識量は、我々の倍ですし」
「おい、バカ……」

 瑞生さんの名前を出した社員は肘で小突かれ、ハッとして口をつぐんだ。

「す、すみません」
「別にいい。本当のことだからな」
  
 雅冬さんが気を悪くした様子はなく、笑って流した。

「コーヒーを一つ、もらうぞ」
「どっ、どうぞっ!」

 雅冬さんはミーティングテーブルの上に並ぶコーヒーを一つ手にする。
 そのコーヒーはテイクアウト用の容器に入っている。
 美味しいと評判のコーヒーショップから、誰かがテイクアウトしたのか、いくつもあった。
 軽く手をあげ、その場から自然に抜け出す姿は、まるで外国映画のワンシーンのようだった。
 どこへ行くのか目で追っていると、私のところへやってきた。

 ――どうして、こっちへ来るの!?

「お疲れ様。瑞生の秘書は大変だろう?」

 雅冬さんは私にコーヒーの容器を渡して、微笑んだ。
 あの聖子さんの息子とは思えないほど、紳士的で感じがいい。

「いえ。そんな難しい仕事ではないので……。コーヒー、ありがとうございます」
「瑞生に恋人ができたと聞いて、正直驚いた。それも社員に手を出すとは思わなかったな」

 雅冬さんは私に興味があって近づいたようだ。
 私を観察するように眺めた。
 つまり、このコーヒーは私を足止めするためのもの。
 どんな人間なのか、探るため――

「あいつと付き合っていて楽しいか?」
「毎日が楽しくて幸せです」

 今が一番幸せだと、心から言うことができる。
 即答した私に雅冬さんは納得していないという顔をした。

「へぇ……。俺ならごめんだな。瑞生は祖父が作った出来のいい人形だ。なにを考えているかわからない」
「人形なんて……。瑞生さんは私と出会った時から、ちゃんと感情を持っていました。感情を表に出すのが苦手なだけだと思います」

 雅冬さんはどうなのだろうか。
 厳しく育てられた瑞生さんとのライバルだとされる雅冬さん。
 彼もまた――

「雅冬さんも瑞生さんのように、厳しく育てられたんですか?」
「俺? 俺は……」

 まさか自分が質問されるとは思っていなかったのか、雅冬さんは一瞬、言葉を途切らせた。

「……まあ、昔から瑞生とは比較されてきた。あいつはすごいと思うし、嫉妬心はあっても尊敬してる」
「そうですよね。私も瑞生さんを尊敬してます」

 素直な気持ちを口にした雅冬さんは、悪い人ではないような気がした。
 私が微笑むと、雅冬さんも同じように笑った。

「そうか……。瑞生は自分を見せられる相手を見つけたんだな。で、どんな手を使っておとしたんだ?」
「お、おとす? ただ、そばにいただけです。瑞生さんはそばにいて疲れない相手が必要だったんだと思います」
「疲れない相手か。そんなふうに相手を選んだことがなかったな」

 雅冬さんは視線を落とし、自嘲気味に笑った。
 
「そばにいたって、本当にそれだけ? 瑞生ったら、意外と簡単な男だったのね」

 私たちの会話を聞いていたのか、雅冬さんの背後から、綾香さんが顔を出した。
 思わず身構えた私に、綾香さんはくすりと笑った。

「ちょうどよかったわ。美桜さんに用事があったの」
「なにか……ご用でしょうか……?」
「今度の日曜日、撫子の宮会があるの。出席してもらえないかしら?」

 綾香さんはスッと私に案内状を渡した。
 撫子の花が描かれている。
 主催者は宮ノ入聖子さん――常務夫人だった。
 雅冬さんは険しい顔をした。

「おい、綾香!」
「雅冬は黙ってて。撫子の宮会に関係ないんだから」
「撫子の宮会ってなんですか?」
「宮ノ入の女性が集まる会よ。ここで認められたら、あなたは瑞生の恋人として、堂々と振る舞えるかもね」

 ――聖子さんみたいな女性が待ち構えているってこと?

 さすがに強敵揃いな気がして、お断りしたい気持ちになった。

「断ったら、二度と誘われないわよ」
「え……?」
「当たり前でしょ。誰でも参加できる会じゃないの。誘われるのも特別なことよ」

 綾香さんは案内状を私の手に置いた。

「ねぇ、どうするの? お断りするなら、私から聖子おば様に伝えてあげてもいいのよ?」

 断るべき――これは罠だとわかっている。
 雅冬さんは私に『やめておけ』というように、視線を送っていた。
 でも、私は逃げるわけにはいかない。
 瑞生さんの恋人に――妻になるのだから。

「わかりました。参加します」

 綾香さんは満足そうに微笑み、私の横を通りすぎた。

「そう、楽しみにして待ってるわ。雅冬、おしゃべりしてる暇はないわよ。これから会議があるでしょ」
「わかっている」

 綾香さんは雅冬さんを連れ、去っていった。
 去った後も、綾香さんの強い香水の香りがその場に残り、いつまでもそこにいるような気がした。
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