私達は結婚したのでもう手遅れです!

椿蛍

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本編

36 それから これから

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四月―――店先には華やかな春の和菓子が並んだ。
あたたかな春の訪れを喜ぶように明るい色が店内を飾る。
桜、牡丹、山吹といった練り切のほかに人気商品の苺大福。
そして桜餅。
ピンク色が絶妙で花見をしているような気分になる。
つい心がうきうきしてしまう。
近所の人達もお花見に行くのか、そのお供に和菓子を買い求めにきてくれる。

「羽花ちゃん、桜餅ある?」

「いらっしゃませ。今、できたばかりですよ」

「あぁー……よかった。桜を見ながら、孫と一緒に桜餅を食べようと思っていたんだよ」

近所のおばあちゃんがにこにこと笑って桜餅を二つ選んだ。

「苺大福ねぇ」

じいっと眺めておばあちゃんが言った。

「これもちょうだい」

「かしこまりました」

頼まれたお菓子を包んでいるとおばあちゃんはそうそう!と手をパチンと叩いた。

「羽花ちゃん、結婚したんだってね。おめでとう!大親分のお孫さんの冬悟ちゃんよね?」

「はい」

「大親分はいい男だったねぇ……。このあたりじゃ嶋倉の大親分にはお世話になった人も多いんだよ」

「……はい」

「冬悟ちゃんによろしくねえ」

冬悟さんはヤクザであることを隠していたけど、近所の人たちはバッチリ知っていた。
嶋倉組はこの辺りを仕切っていただけでなく、冬悟さんのおじいちゃんはなにかあれば、駆けつけて助けてくれるような懐の深い人だったらしい。

「隠してた意味がないっていうか……」

しっかりバレている。
近所の情報力を甘くみてはいけない。
特にこの辺りはお寺の集まりが多い場所だ。
噂話なんていうものはすぐに広まる。
特に誰と誰が結婚したなんていうのはかっこうのエサだった。

「野生の住民課がそこら中にいるから、お役所の住民課も真っ青だよ……」

なので、どんなに冬悟さんが隠しても無駄だと思う。
たとえ、ヤクザの力をもってしても人の口には戸が立てられないのだから。
一緒に暮らしていてわかったのは冬悟さんのほうが私より、いろいろ気が付くというところ。
冷蔵庫の賞味期限管理も冬悟さんがしてるし、足りないものがあれば、なくなる前にさっと補充してある。

「意外と気にするタイプだからなぁ……」

ああ見えて冬悟さんって繊細だよね
繊細といえば、矢郷組の玄馬さんも約束通り姿を見なくなった。
その妹の礼華さんも。
そして、私が誘拐された事件から礼華さんは会社を辞めた―――というより、こなくなった。
冬悟さんを甘く見ていたせいだと竜江さんは自分のことのように得意げに言っていた。
矢郷組の人達の姿も見えなくなって、矢郷組組長であるおじいちゃんの絶対権力者ぶりが目に浮かぶ。

「お姉ちゃん。今、代わるね」

百花が備品の発注を終えて事務所から出てくると私と交代してくれた。
今日の仕事はもう終わり。
短大を卒業した百花は本格的に『柳屋』で働くようになった。
私がやっていた仕事をすこしずつ引き継いでいる。

「ありがとう。百花。でも、本当によかったの?公務員になるんじゃなかった?」

「それはお姉ちゃんがこの店にいたから!二人もいらないでしょ」

「それはそうだけど」

「私はね、この『柳屋』をどんどん大きくしていくわよ。目指せデパ地下出店!」

ガッツポーズを百花はきめた。
四月、小さな木箱に仕切りをいれて、プチケーキのような一口和菓子を『柳屋』が売り出したところ、インスタ映えがすると評判になった。
デパートのイベントに出したものは全て完売。
私が冬悟さんと食べたお弁当からヒントをもらって考えたものだ。

「職人さん達は大変だったみたいよ」

三色団子や桜餅はまだしも上生菓子はお人形さんが食べるんじゃないかってくらいの小さいサイズのものに細工をしなくちゃいけなかったから。

「ダメダメ!まだ続けるわよ。若い子達に食玩みたいでかわいいって好評だったんだから!購買層を広げていくわよ。次は夏の一口和菓子セットにとりかかるわ」

商魂たくましいとはこのことだよね……
正直、私より百花のほうが経営には向いていると思う。
デパートのイベントに出店できたのも百花が交渉してきてくれたおかげだ。
それに職人さん達も百花の気の強さはに逆らえない。

「あっ!お姉ちゃん、早くしないと冬悟さんがくるわよ」

時計を見て百花は言った。
今日は二人で近くの料亭で食事をする予定だった。
何かの記念日ですか?と聞いたら、私との同居一ヶ月のお祝いだと言っていた。

「それじゃあ、帰る支度してくるね」

部屋に行き、エプロンをはずした。
私の部屋だった場所は今では綺麗に片付けられていた。
そっと寝転がって目を閉じる。
裏の竹林が風で揺れ、葉擦れのさぁっーという音がした。
帰ってきたんだという気持ちともう私は柳屋羽花ではないんだという気持ち。
そっと目を開けると、階下から百花が呼ぶ声がした。

「お姉ちゃん!冬悟さんが迎えに来たよ」

「はーい」

毎日仕事が終わると冬悟さんか仙崎さん達の誰かが迎えにやってくる。
店頭に並んだ和菓子を眺め、冬悟さんが職人さん達と話をしていた。
今度、私のお披露目を嶋倉の家でやるらしい。
その時、配るお菓子の相談だと思う。

「冬悟さん。約束の時間より早かったですね」

「ああ。寄るところがある」

「寄るところ?」

どこへ行くのだろう。
冬悟さんは緑色の暖簾をくぐり、外に出る。
今日は冬悟さんが運転してきたらしく、運転手は誰もいない。
ちょうど夕方の寺の鐘の音が響いて、近所の子供達が家に帰る姿が見えた。
それを冬悟さんは少しだけ懐かしそうに眺めて言った。

「これを一緒に出しに行こう」

差し出されたのは二人の名前が書かれた紙。

「……婚姻届!出していなかったんですか?」

「ああ」

「どうして」

驚いて冬悟さんを見ると私の頭を優しくぽんほんっと叩いた。

「羽花が俺を好きだとわかるまで出さないと決めていた」

「私は冬悟さんのことが好きでしたよ?」

「俺の全部を知ってもってことだ」

「私の好きは全部好きだっていう意味です」

「だから、羽花……そうやって無意識に……いや、わざとか?」

「私、なにかいけませんでしたか?」

「いや……」

ごほんと冬悟さんは咳ばらいをして、私に向き直る。
微笑んだ顔は公園で私にお城を作ってくれた面影が残っていた。
懐かしいと愛しいは少し似ている。
私の目をじっと冬悟さんは見つめて言った。

「結婚しよう。羽花」

「はいっ!」

私から冬悟さんに手を差し出すと冬悟さんはその手をぎゅっと握って手を繋いだ。
夕暮れの優しい空気の中、二人の影が繋がる。
いつも一人で歩いていた竹林の小径を二人で歩く。
二人の影がひとつになったのを眺めながら。

―――私達は晴れて夫婦となりました。 

【了】
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