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番外編

悪い取引

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冬悟さんがヤクザ(元)だっていうのは私もちゃんと理解していたよ。
話も聞いたし、どんな冬悟さんだって受け止めてみせる。
そう思っていた。

「おかえりなさいませ!!!」

「ようこそいらっしゃいました!姐さん!」

実際はすごい迫力だった。
玄関前に冬悟さんの車がとまるなり、駆けつける強面な男の人達。
しかも、玄関前で両脇にずらっと整列して頭を下げている。
思わず、冬悟さんの腕にしがみついてしまった。

「おい、お前ら。その挨拶やめろって言っただろうが」

「いやー、ついクセで」

「すんません。体がもう反射的に動いちゃって」

冬悟さんに叱られ、はははっと笑いが起きたけど、私の顔はたぶん引きつっていた。
はっ!
いかなる時も笑顔!
『柳屋』で鍛えた接客の力をここに取り戻さなくては。
キリッとした顔で冬悟さんから腕を離し、拳を握りしめた―――のに、冬悟さんは自分の腕に私の手を戻した。
あ、あれ?腕は絡ませていていいってことですか?
それとも、イチャイチャしたところを皆さんにみせたいだけですか?
冬悟さんの表情が変わらないせいで、真意は謎だったけど腕は絡ませたまま、玄関へと入った。

「姐さん、どうぞ、スリッパを」

「段差になってますから、気を付けください」

どこから現れるのか、人が集まり、かいがいしく世話を焼いてくれる。
冬悟さんは額に手をあてていた。

「だから、それをやめろと言っている」

「冬悟さんがお帰りになられたのになにもせずにいるなんてできませんよ!」

「そうですよ、しかも、姐さんをお連れした大切な日ですよ?」

「気分を害されることがあっては、俺らの手落ちになりやす!」

「むしろ、俺としてはなにもせずに座っていて欲しいくらいだ」

冬悟さんの言葉に『そんなー殺生な―』『俺達も活躍したい!』と、切実な声が聞こえてきた。
それを無視して冬悟さんは家の中へ入っていく。

「すごいお屋敷ですね」

「おおげさだな。広いだけだ」

冗談ですよね?
嶋倉本家はドドドーンッと構える和風庭園付きのお屋敷だった。
ここは冬悟さんが生まれ育った家で、私と住んでいるマンションは別宅になるらしい。
本当はここで暮らしていたとのことだけど、邪魔が入るとかでマンションに移ったらしい。
それにしても広すぎる。
通された和室からは手入れされた松の木やつつじの木が見えた。
鹿威しの音がコーンッと鳴り響き、その立派な庭を口を開けて眺めるしかない私。
こんなの、お寺の庭も真っ青だよ……

「羽花。どうした?」

「え!?いえ、そのー……和菓子が似合う家だなって思ってました」

「そうか?」

こくこくとうなずいた。

「おい、羽花に和菓子を出せ」

そんな意味じゃないよー!
和菓子を食べたいって言うんじゃなく―――

「冬悟さん、姐さん、お持ちしました!」

お茶と茶菓子皿をのせたお盆を恭しく両手に持ち置いた。

「わあー!若鮎!」

カステラ生地にあんこと求肥を包んだ和菓子。
鮎の顔が可愛い。

「この鮎、ちょっとぬけていて、可愛いですね」

「柳屋から買ってきた」

「そ、そうなんですか……」

また私がモデルとか?
まさかね?
じっと若鮎の顔を見詰めた。

「俺は用事を済ませる。少し待っていてくれるか」

「はい!」

もちもち生地の若鮎を口にしながら、力強くうなずいた。
冬悟さんが仙崎さんと一緒に出ていって、部屋からいなくなると、竜江さんがひょこっと顔をのぞかせた。
すべて作戦通り。
私と竜江さんは親指を立てた。

「おい。約束のものはもってきてくれたか?」

周りを気にしながら、竜江さんは部屋に入る。

「もちろんです」

「そうか。こっちの首尾もバッチリだ」

私と竜江さんは悪い顔をしてうなずきあった。

「なかなか冬悟さんが羽花さんから離れてくれないから、チャンスがなくて参ったぜ」

「すみません。ラブラブで」

えへっと笑うと竜江さんは嫌そうな顔をした。

「なんか腹立つな」

「あっ!そんなこと言っていいんですか?私は例のものを持っているんですよ」

「うそうそ!うわー、ラブラブいいなぁー」

「ですよね」

当然ですと、こっくりとうなずいた。
竜江さんもうなずく。
私達はいまや共犯者。
いえ、協力者同士です。

「例のブツを出してもらおうか」

「そちらのをまず、確認してからですよ」

「わかった」

竜江さんはポケットから、すっと数枚、写真を取り出した。

「こっ、これは!!」

写真を持つ手が震える。
あまりにも素晴らしすぎて。

「羽花さんが知らない冬悟さんの幼少期、そして中学と高校の制服姿で揃えた」

「すばらしい!すばらしいです!竜江さん!」

「そっちの首尾は?」

ふふっと私も笑う。
そして、着物の襟もとから数枚取り出した。

「これを収めてもらいましょうか」

「うお!すげぇー!」

「可愛いでしょう。これが百花の中学生時代の体育祭、そして高校の文化祭でやったメイド服」

「ぼんやりしてる女だと思っていたが、なかなかやるな」

「ぼんやりは余計です!」

お互いの功績を称え合った。
そして、どうやって手に入れたかを話し合っているその時―――

「なんだ。楽しそうだな」

まだ戻らないと思っていた冬悟さんが現れて、私と竜江さんは小さい悲鳴をあげた。

「け、気配がなかったですよっ!?」

仙崎さんが逃げようとした竜江さんの首をつかんだ。

「隠したものを出せ」

「い、嫌です!渡しません!」

「仙崎。竜江のを」

「渡すか!」

仙崎さんはすばやく一枚奪い取り、冬悟さんに渡す。

「卑怯だぞー!」

渡された写真を見つめ、冬悟さんが竜江さんに軽く引いていた。

「なんだ。竜江。お前、ロリコンか」

「ご、誤解だ!違いますよー!ちゃんと見てください。羽花さんの妹の百花ちゃんですよっ」

「羽花」

じりじりと冬悟さんと対峙した。

「こ、これを奪われるわけにはいきません」

「俺達は夫婦だぞ。隠し事をするな。それにお前にとって害のないものなら、奪ったりしない」

「本当ですね!?」

「ああ。俺は約束は守る男だ」

「……信じましたよ?」

冬悟さんにそっと写真を差し出した。
その写真を見て

「竜江、後で一発殴る」

「えええ!?どうしてですか!?」

「俺の写真を勝手に持ち出すな」

冷ややかな目で竜江さんは睨まれた。

「勝手じゃなかったら、見てもいいんですか?」

「昔の写真は好きじゃない」

私はハッとした。
まさか―――なにか心の傷が?
ヤクザだったから、いじめられたとか?
ううん。冬悟さんがいじめられるなんて想像できない。

「女と間違えられることが多かった。正直、処分したいくらいだ」

それは否定してあげれなかった。
私も女の子だと思っていたし……

「実物がいるのにそんなものいるか?」

「それとこれとは別です。それに私が知らない時間の冬悟さんの姿を見たいって思っていたんです」

「羽花……」

これはラブラブコース。
そう思って冬悟さんの手を握った。

「だから、冬悟さん。アルバムを見せてください。私が一緒にいられなかった時間を見たいんです」

「わかった」

「冬悟さん、たやすいっすねぇ……。あんなに燃やす燃やさないでモメて仙崎さんが体をはってとめたアルバムをあっさり羽花さんには見せるって」

「仙崎。竜江に庭の草むしりをしばらくやらせろ」

「はい」

「えええ!?なんで俺だけー!しかも草むしりって!」

「草むしりですんでありがたいと思え」

竜江さんはいやだーと悲鳴に近い声をあげて、仙崎さんに連れてかれてしまった。

「羽花」

「は、はい!」

もしかして私も罰がある?
そう思っていた。
けれど、冬悟さんが言ったのは違っていた。

「あまり竜江と仲良くするな。妬ける」

「……気を付けます」

竜江さんのためにも。
広い庭を眺めながら、私はうなずいたのだった。
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