私達は結婚したのでもう手遅れです!

椿蛍

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番外編

武士の母

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冬悟さんによからぬ女が近づいている。
着物姿の色っぽい美人。
嶋倉の関係者で夜のお店をしている女の人だ。

『冬悟、私はあなたのことが好きなの』

『俺には妻がいる』

『正妻さんでしょ?愛人の一人でもいいから』

『駄目だ』

『どうして?昔は私を愛してくれたのに』

手に持っていた雑誌で竜江さんをバシッと叩いた。

「勝手に変なセリフを冬悟さんにあてないでください!」

「あ、ごめん、ごめん。なんかモメてるなーって思ってさ」

私の目の前にはオレンジジュースが置かれている。
運転手の竜江さんがウーロン茶なのはわかる。
それなのに私はジュース。
お酒だって少しは飲めるのにジュース。
そして、チョコレートとビスケットが皿に入っていた。
まるで保育園児のおやつ。
ここは『なにかお酒を飲む?』『水割りでいいかしら?』なんてお店なんですよ?
それなのに私は子供のおやつセット。
なんだか納得がいかない。
トラブルがあったらしく、夜のお店に私を連れて冬悟さんはそのトラブルの後始末をしているところだ。

「竜江くーん。久しぶり。今日はお酒飲まないの?」

「冬悟さんだけ連れてきてくれたらよかったのに」

「そうよ。気が利かないんだから」

私を見る目が冷たい。
確かに美女揃い。
でっ、でも、着物は似合うって言われてるんだから。
小さい時から着物だけは……って。
あれ、まさか七五三的な似合うとかじゃないよね?
違うよね……?

「おい。羽花さんに挨拶してからにしろよ」

竜江さんはいつもとは違う軽い空気はなく、低い声と鋭い目で笑いながら言った。
女の人達はハッとしたように私に挨拶をして離れて行った。

「竜江さんもやる時はやるんですね」

「は!?俺を下っ端みたいな扱いにすんなよ!」

竜江さんは怒ってたけど、冬悟さんがちらりとこちらを見ると竜江さんは静かにウーロン茶を口にした。

「冬悟さんにまた竜江さんが叱られると可哀想だし、雑誌を読んでますね」

「そうだな」

とげとげしい竜江さんの返事に苦笑した。
冬悟さんはヤキモチ焼きですからね……
この間、罰として数日間、草むしりをさせられた竜江さんは強気にも『いいトレーニングになったぜ』なんて言っていたけど、仙崎さんからのリークによると一週間くらい体に湿布をはっていたらしいとのことだった。

「えーと、今週の武士もののふの母は……」

ぱらりと雑誌をめくる。

相談者UKAさん『夫が男の人と話しただけですぐに嫉妬をしてきます。どうしたらいいですか?』

うわぁー!
私の相談が採用されている。
あまりの喜びに雑誌を握る手に力がこもる。
しかも、これはなんてタイムリーな!
まさしく、今、私が知りたい内容だった。
さすが武士の母コーナーは今日も私の悩みを解決してくれる。

武士の母『まずは人と人の距離をとれているか確認してみましょう。ちょうどいい距離感というものがあります。会話の際に相手に近づきすぎてはいませんか?数歩、後ろに下がってみましょう。下がることも時には大切。そうすることで客観的に物事を見る目が養われるでしょう』

「後ろに下がる……」

なるほど。
竜江さんとの会話の距離が近すぎるのかもしれません。
確かに竜江さんは親し気で綿あめみたいにふわふわと軽いところがあるから、ついこっちも気を許してしまう。

「むむっ!次の相談も興味深いですね!」

相談者MOMOさん『独占欲の強い彼氏。私に愛情表現を求めてきます。毎日、好きなんて言えません。なにかいい方法はありませんか?』

武士の母『言葉にできないのであれば、行動で示してみたらどうでしょうか。彼があなたに毎日好きと言って欲しいくらいあなたを愛しているのなら、あなたが彼のためにしてあげたことにきっと気づいてくれますよ』

「行動で示します!」

うんうんとうなずいていると、冬悟さんが戻って来た。

「待たせたな。帰るぞ」

じろりと冬悟さんは竜江さんをにらんでいた。

「あー!車っ、車用意してこないとー!」

「待て。お前、羽花にいらないことを吹き込んでいなかったか?」

「まさかっ。ちょっと遊んだだけですよ」

竜江さんのふざけていたセリフは冬悟さんの耳にしっかり届いていたらしい。

「羽花で遊ぶな」

がしっと頭を掴まれ、竜江さんは笑ってごまかした。

「ヒマだったんですよー!」

「このまま潰すぞ。だいたいお前は羽花に近づきすぎだ」

「冬悟さんが他の女といちゃいちゃして羽花さんが不安な気持ちになっていたのをフォローしてただけっすよ!」

「煽っていたの間違いだろうが」

竜江さんを助けてあげたいけど、確かに不安を煽っていただけだったので、うんうんとうなずいてしまった。

「お前には草むしり以上の罰がいるようだな」

竜江さんは私に助けるように目で合図を送ってきた。
それが余計に逆効果だったらしく、ぐぐっと冬悟さんの手に力がこもる。

「い、いてっ!マジで怒ってます!?冬悟さん!!頭が潰れる―!」

慌てる竜江さんの声にハッとした。
人としてこのまま、見捨てるわけにはいかない。
竜江さんの大ピンチ!
武士の母を実践しなくては!
えーと、確か……まず、後ろに下がります。

「羽花?どうして離れているんだ?」

「えっ!?いえ、気のせいです」

「なにか俺に後ろめたいことでもあるのか?」

「ちっ、違います」

どうしてそうなるの?
冬悟さんが腕を掴む。
その手の力がいつもより強い気がした。
助けて!!武士の母!!

『行動で示すのです』

武士の母がそう言った気がして、えいっと冬悟さんの唇にキスをした。
冬悟さんは驚いた顔をして、竜江さんは調子の外れた口笛を吹いた。
女の人達がざわめいた。

『え?なにしてんの、あの子』
『冬悟さんを襲ってる?』
『これは怒られるわよー』
『冬悟さんに恥をかかせちゃって』

笑い声に気づいて我に返った。
もしかして、私、失敗しちゃった?
冬悟さん、怒った?
顔を見ようとすると、顎を掴まれそのままキスをされた。

「んっ!?」

「心配しなくても俺は羽花だけだ」

「い、いえっ!?そうではなくっ……」

またキスをされ、言葉を消された。
私が女の人達に嫉妬して、冬悟さんにキスをした―――そんな雰囲気になっていた。
嫉妬していたのは事実だけど、ち、違うのにっー!!
そうじゃない、そうじゃないんですー!
けれど、さっきまで冬悟さんに近寄っていた女の人達は私達のキスシーンを見せられ(しかも、けっこう長め)、何も言えなくなってしまっていた。
目を開けた先に竜江さんがいて、にこにこと笑いながら手を振っている。
確信犯じゃ!?

「やるわね、あなた」

「冬悟さんに不意打ちのキスなんて誰も成功したことないわよ」

「たいしたものね」

冬悟さんの唇を狙っていたらしい女の人達は私の肩を叩いた。

「これで万事解決ってね!」

竜江さんはニヤニヤ笑っていた。
女の人達が私に一目置いてくれるようになったのはよかったけれど、武士の母イコール竜江さん疑惑が私の中で生まれた。
あの雑誌……やっぱり竜江さんの罠では?
そう思わずにはいられなかった。
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