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20 わずかな自由【斗翔】

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夏永かえはどう思うだろう―――最初に頭に浮かんだのはそれだった。
俺と夏永が住んだ場所が壊されると教えてくれたのは筒井つつい課長で申し訳なさそうに体を縮こまらせていた。
夏永を追い出すのに一役買ったと思われている筒井課長は柴江しばえ優奈子ゆなこから信頼されているらしい。
筒井課長は根はいい人だ。
罪の意識にさいなまれていることはわかっていた。
だから、頼みやすい。
俺だけで使っている会社の一室にはドアの外には監視する人間がいるものの中には誰もいない。
それを利用して筒井課長を仕事の名目で呼び出し、いろいろと頼んでいた。
ただし、あっちには悟られないようなことだけを。
筒井課長を失うと俺が優奈子の行動を把握できなくなってしまう。

「荷物は運ばせたよ」

「どうも」

俺は倉庫のカギをもらった。
あっちはゴミとして処分してやったとでも思っているんだろうけどね。
俺にもいろいろとコネはあるんだよ。
おとなしくしてる?
そう思っているのは俺以外の人間だけだ。

「筒井課長。しばらく俺がここにいることにしてもらえますか」

「一時間程度ならなんとかしよう」

「それで十分です」

監視役の人間に筒井課長がなにか話しかけて、ドアの前から引き離したのを見ると、するりと抜け出した。
ロボットが見張っているわけじゃないから、なんとでもなる。
俺はずっと不自由に生きてきた。
遠縁だった森崎社長の手の中で飼われていたから。
だから、柴江優奈子が思うよりずっと俺は不自由になれている。
不自由の中で最大限に自由を手に入れるのはお手の物。
許された時間は一時間だけ。
会社を出てタクシーを使って元の自宅へと戻った。
自宅のあった場所は―――

「本当になにもかもなくなったんだな」

ざらりとした石まじりの砂の土が靴底に触れていた。
俺の知っている場所じゃないみたいだ。
両親が生きていた頃を知る場所、夏永と一緒に暮らした場所だった。
引っ越すつもりだったけれど、さすがにこれはきつい……
夏永がいたから、ここを離れられると思った。
ぎりっと手を握りしめた。

「あらぁ!斗翔ちゃん!」

俺の姿を見つけた隣のおばさんが家から出てくると、すかさず俺の横にきた。

「どうも」

「相変わらず、愛想がない子ねぇ。銀行頭取のお嬢様と婚約したんですって?」

「誰からそれを?」

「柴江優奈子さんって可愛い子からよー。菓子箱とお金までもらっちゃってね。気が利く子ね」

「婚約はしていません」

「あらっ!そうなの?やだわぁ……」

「どうかしましたか」

「今日ね、夏永ちゃんがきたのよ。それで斗翔ちゃんが婚約したって言ったの。そしたら、青い顔してねぇ……」

胃のあたりが重く感じた。
夏永がこれを見た―――見てしまったら、それは。
口の中が渇く。

「そうですか」

「ごめんねぇ。優奈子さんが夏永ちゃんとは別れたっていうもんだから」

気まずそうに隣のおばさんは言った。
なにもない土地、婚約したと聞かされた夏永はどうしたのだろう。

「夏永はそのあと、どこにいきましたか?」

「さあ?気づいたら、いなくなっていたから」

夏永はちゃんと帰っただろうか。
ああみえて、弱いところがある。
傷つけたくないのに俺が原因で夏永はどれだけ傷ついているかと思うと胸が苦しくなった。
おばさんは悪いことをしたと思ったのか、そっと俺から離れた。

「じゃ、じゃあ、私はね。忙しいからこれで」

逃げるようにして隣の家へと入って行った。
さっきまでの泣きそうな気持ちは消えていた。
感傷に浸って泣いている場合ではない。

「夏永に会いにいかないと―――」

今日中は無理だ。
タイムリミットは一時間しかない。

「くそ……」

苛立つ気持ちを抑えて、会社に戻ると筒井課長がホッとしたかのように設計課の前で待っていた。
監視役の人達の代わりに見張っているとでも言ったのだろう。
設計課のメンバーともずっと気まずいままだった。
自分達の日常が俺と夏永の不幸の上に成り立っていることを知っているからだ。

「斗翔さんはいるー?」

そんな重たい空気の中で優奈子は気にせず、設計課の中に入ってきた。

「ちゃんといたわね」

俺がいることを確認すると満足そうに笑った。
そんな顔しているのも今のうちだけだと思え―――出し抜くことを考えないと駄目だ。
この女の思い通りにさせるか。
自分の中にこんな凶暴で凶悪な感情が眠っていたことに驚いた。
ずっと凪のような気持でいられたのは夏永がいたからだ。
森崎社長のどんな理不尽な待遇にも言葉にも耐えれたのは夏永といるだけで俺にはそれで満たされていたから。

「出ていけ」

背中を押し、部屋の外に追い出すとバンッとドアを閉めて鍵をかけた。
夏永に会いに行くこと、それから俺が自由になる方法。
その二つを軸に頭の中で組み立てる。

「斗翔さん、開けて!どうして中にいれてくれないの?」

狂ったような声、ドアを叩く音、筒井課長が説得する声が聴こえ、ドアから離れたのがわかった。
このままじゃだめだ。
不自由に甘んじている人間でいる限り、夏永を取り戻せない。
目を閉じると家の跡の更地が浮かんでくる。
どうするべきか―――考えろ。
夏永、俺は絶対にあきらめない。
その気持ちを伝えれたらいいのに。
今すぐに。
俺は夏永の名前を呼んでいる。
離れてからもずっと。

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