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40 自然のままで
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『変わったことはない?』
そんな電話が須麻さんからあったのは台風から一週間後のことだった。
「いいえ。特になにも」
おかしな質問だったけど挨拶代わりなのかなと思いながら、変わりない毎日を報告した。
『来客も?』
「郵便屋さんくらいです」
染めたブラウスやバッグをランドリーロープにかけながら、首をかしげた。
『それならいい。けど、なにかあったら言ってくれる?俺が悪い奴を成敗するからさ』
日曜朝のヒーローレッドみたいな元気さで須麻さんはそんなことを言った。
謎の多い人だなあと思いながら、はあと返事をした。
この山道の途中には民宿『海風』があって、カラーにするとブラックな伶弥さんの目をかわしてここまで来るのは難しいと思うけど……
誰が来てるかって把握してそうだし。
『今、なにしてた?夏永ちゃん』
「私ですか?道の駅に出す商品を染め終わって、洗って干していました」
『そうか。色を試しているのかな?』
どきりとした。
須麻さんは鋭い。
「染めるたびに色が違うんですよね、微妙に」
草木染めだから、それがいいはずなのに納得できてない。
『それでいいんじゃないかな』
「そうでしょうか……」
自信がない。
風に揺れる色とりどりのブラウスを眺めた。
『その微妙な色の違いがわかるから、唄代先生は夏永ちゃんに草木染を教えたんじゃないかな』
「色の違い……」
『そうだよ。見過ごしてしまうくらいの差。それがわかるかどうかだ』
須麻さんの言葉にはおばあちゃんがいる―――時々、私が言われていたのに忘れてしまったことを思い出させてくれるのだ。
難しく考えすぎていたかもしれない。
おばあちゃんはよく言っていた。
おばあちゃんの魔法みたいだねって言ったら、自分は手伝いをしているだけで何もしていないと―――ただ自然のまま。
あるままに。
『その時にしか出せない色もあるだろう?』
須麻さんは私よりもおばあちゃんを理解している。
「須麻さんは私をおばあちゃんの後継者って言っていましたけど、須麻さんのほうが立派な後継者だと思います」
『……そうか。それはうれしいな。うん……それじゃ、またね。夏永ちゃん』
私が挨拶をする前に電話が切れた。
いつも太陽みたいな須麻さんの声が最後のほうは涙声だったような気がした。
おばあちゃんと過ごした時間が須麻さんの中でどれだけ大きいものだったのか―――やっぱりすごいな。私のおばあちゃんは。
いなくなってから、一緒にいた記憶が少しずつ鮮明になっていくのはどうしてなのだろう。
作業をするたび、おばあちゃんを思い出す。
小さいころから、遊びのようにやっていたことが今になって大切だったのだということがわかる。
ふっと頭によぎるものがあった。
「茜、紅花、桜―――」
赤を作りたい。
そう、炎と熱、燃える火のような色がいい。
ゆらゆらと揺れる炎みたいな赤の布が浮かんでくる。
「ぼんやりしてどうしましたか」
「わっ!納多さん!」
「そんな驚かなくてもいいでしょう」
「気配がないんですよっ!」
いつも突然現れるんだから、心臓に悪い。
周りに溶け込む保護色でも持っているんじゃないかって思うくらい。
「星名さんに頼まれて迎えにきました。まさか、でかける約束を忘れていませんよね?」
「あっ!そうでしたね」
今日は一緒に夏のバーゲンに行こうと星名ちゃんと莉叶ちゃんに誘われていたんだった。
星名ちゃん達は家族でテーマパークに遊びに行ってそのままホテルに泊まっている。
現地集合で、ショッピングビルに待ち合わせをしていた。
それで、納多さんが送ってくれることになっているんだけど。
「外に乾かしてあるものは中に入れた方がいいですよ」
「え?今日中に帰ってきますから大丈夫ですよ」
「いえ。雨が降るかもしれませんから」
こんなお天気なのに?
そう思ったけれど、通り雨といいうこともあるかもしれない。
秘書の能力の一つとして気象すら読む力があるのかなと思いながら、家の中に片付けた。
インド藍で染めた藍色のコットンワンピースに白の帽子をかぶり、サンダルをはく。
カゴバッグを手にした。
「待たせてしまって、すみません」
「いいですよ」
じいっと私の服装を頭の上から下まで見られたような気がした。
え?へ、変だった?
「あの、この服装はだめでした?」
「似合っています。ただ今日、行く場所にはふさわしいとは思えないので、数か所、寄らせてもらいます」
「ただの買い物ですよ?そんな夏のバーゲンにTPOを求められても」
でも、星名ちゃんは奥様で莉叶ちゃんはお嬢様……
夏のバーゲンと言っても高級店とか?
ま、まさかー!
いや、ありえる!?
うーんと唸っている私を無視して納多さんは無言のままだった。
納多さんはこれから行く場所の説明は一切してくれなかったのだった―――
そんな電話が須麻さんからあったのは台風から一週間後のことだった。
「いいえ。特になにも」
おかしな質問だったけど挨拶代わりなのかなと思いながら、変わりない毎日を報告した。
『来客も?』
「郵便屋さんくらいです」
染めたブラウスやバッグをランドリーロープにかけながら、首をかしげた。
『それならいい。けど、なにかあったら言ってくれる?俺が悪い奴を成敗するからさ』
日曜朝のヒーローレッドみたいな元気さで須麻さんはそんなことを言った。
謎の多い人だなあと思いながら、はあと返事をした。
この山道の途中には民宿『海風』があって、カラーにするとブラックな伶弥さんの目をかわしてここまで来るのは難しいと思うけど……
誰が来てるかって把握してそうだし。
『今、なにしてた?夏永ちゃん』
「私ですか?道の駅に出す商品を染め終わって、洗って干していました」
『そうか。色を試しているのかな?』
どきりとした。
須麻さんは鋭い。
「染めるたびに色が違うんですよね、微妙に」
草木染めだから、それがいいはずなのに納得できてない。
『それでいいんじゃないかな』
「そうでしょうか……」
自信がない。
風に揺れる色とりどりのブラウスを眺めた。
『その微妙な色の違いがわかるから、唄代先生は夏永ちゃんに草木染を教えたんじゃないかな』
「色の違い……」
『そうだよ。見過ごしてしまうくらいの差。それがわかるかどうかだ』
須麻さんの言葉にはおばあちゃんがいる―――時々、私が言われていたのに忘れてしまったことを思い出させてくれるのだ。
難しく考えすぎていたかもしれない。
おばあちゃんはよく言っていた。
おばあちゃんの魔法みたいだねって言ったら、自分は手伝いをしているだけで何もしていないと―――ただ自然のまま。
あるままに。
『その時にしか出せない色もあるだろう?』
須麻さんは私よりもおばあちゃんを理解している。
「須麻さんは私をおばあちゃんの後継者って言っていましたけど、須麻さんのほうが立派な後継者だと思います」
『……そうか。それはうれしいな。うん……それじゃ、またね。夏永ちゃん』
私が挨拶をする前に電話が切れた。
いつも太陽みたいな須麻さんの声が最後のほうは涙声だったような気がした。
おばあちゃんと過ごした時間が須麻さんの中でどれだけ大きいものだったのか―――やっぱりすごいな。私のおばあちゃんは。
いなくなってから、一緒にいた記憶が少しずつ鮮明になっていくのはどうしてなのだろう。
作業をするたび、おばあちゃんを思い出す。
小さいころから、遊びのようにやっていたことが今になって大切だったのだということがわかる。
ふっと頭によぎるものがあった。
「茜、紅花、桜―――」
赤を作りたい。
そう、炎と熱、燃える火のような色がいい。
ゆらゆらと揺れる炎みたいな赤の布が浮かんでくる。
「ぼんやりしてどうしましたか」
「わっ!納多さん!」
「そんな驚かなくてもいいでしょう」
「気配がないんですよっ!」
いつも突然現れるんだから、心臓に悪い。
周りに溶け込む保護色でも持っているんじゃないかって思うくらい。
「星名さんに頼まれて迎えにきました。まさか、でかける約束を忘れていませんよね?」
「あっ!そうでしたね」
今日は一緒に夏のバーゲンに行こうと星名ちゃんと莉叶ちゃんに誘われていたんだった。
星名ちゃん達は家族でテーマパークに遊びに行ってそのままホテルに泊まっている。
現地集合で、ショッピングビルに待ち合わせをしていた。
それで、納多さんが送ってくれることになっているんだけど。
「外に乾かしてあるものは中に入れた方がいいですよ」
「え?今日中に帰ってきますから大丈夫ですよ」
「いえ。雨が降るかもしれませんから」
こんなお天気なのに?
そう思ったけれど、通り雨といいうこともあるかもしれない。
秘書の能力の一つとして気象すら読む力があるのかなと思いながら、家の中に片付けた。
インド藍で染めた藍色のコットンワンピースに白の帽子をかぶり、サンダルをはく。
カゴバッグを手にした。
「待たせてしまって、すみません」
「いいですよ」
じいっと私の服装を頭の上から下まで見られたような気がした。
え?へ、変だった?
「あの、この服装はだめでした?」
「似合っています。ただ今日、行く場所にはふさわしいとは思えないので、数か所、寄らせてもらいます」
「ただの買い物ですよ?そんな夏のバーゲンにTPOを求められても」
でも、星名ちゃんは奥様で莉叶ちゃんはお嬢様……
夏のバーゲンと言っても高級店とか?
ま、まさかー!
いや、ありえる!?
うーんと唸っている私を無視して納多さんは無言のままだった。
納多さんはこれから行く場所の説明は一切してくれなかったのだった―――
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