彼と彼女の365日

如月ゆう

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July

7月29日(月) 全国大会・開会式

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 厳かな空間。呼吸さえも安易には許されない雰囲気。
 それは、観客席から会場を見守っている俺たちにも伝わり、開会式は粛々と進められていた。

 ――が、それはそれとして。
 あまりそのような空気に動じることのない俺は、むしろ別の、ずっと気になっていたおかしな事象について指摘する。

「…………なぁ、何でここにかなたが居んの?」

 隣でいつものように、そして興味のなさそうにグダーっと座る幼馴染。

 ……おかしいな。
 全国大会に付いてくることができるのは、勉強と経験が目的の次期レギュラー候補数名とサポート要因のためのマネージャーだけだったはずだが……。

「…………知らない。顧問の先生に頼んだら、『いいよ』って言われた」

 ……何だ、それは。
 ルール緩くない? てか、学校のお金からこの遠征費は出てて、それを抑えるための人数制限のはずなのにこれはいいのか?

 疑問と不安でいっぱいな俺に向けて、同様に観客席にいた菊池さんとかのうさんは答えてくれた。

「そ、それはね……えっと…………」
「何かー、頻繁に部活に来て仕事をしてたから、監督がマネージャーの一人と間違えたみたい!」

「…………は? マジで?」

 問えば、頷く二人に俺は愕然とする。
 先生……部員くらい把握してください……。

「……いえーい」

 そんな苦笑いを浮かべるマネージャーの皆、呆れる俺を余所にして、かなたは一人ご機嫌なのであった。


 ♦ ♦ ♦


 などと、想定外の出来事に戯れていれば、いつの間にか式は終わる。
 ガヤガヤとした喧騒に包まれながら選手一同は階段を上り、翔真たちもまた監督と一緒に俺たちの席へと向かってきた。

「荷物を持ったら外のバスに集合だ。点呼をとった後に借りた体育館に移動、最終調整に軽い練習をしたら今日は休め。分かったな?」

『はい!』

 簡潔な指示、今後の予定。
 それだけを言い残し、監督とコーチは一足先に下へ降りていく。

 その後を追うようにレギュラーメンバー、マネージャーたちと移動し始め、俺もまた荷物運びとして立ち上がろうとした時、不意に背後から話し掛けられた。

「――あの、和白わじろ高校ってここですか?」

 振り向けば、そこには俺よりも十センチは背の高い一人の女性が立っていた。
 人懐っこい笑みを浮かべ、その頭からはポニーテールが肩へと流れており、胸を逸らした体勢のため発達した身体部位がより大きく突き出ていて、非常に目のやり場に非常に関して困らせてくる女性が。

 完全なる初対面。初遭遇。
 にもかかわらず、俺は彼女を知っている。

「橋本七海、選手…………」

 オリンピック候補選手、兼、今大会優勝候補筆頭のプレイヤー。常勝無敗の女王、その人だった。

「おっ、僕のことを知っててくれたのかー……嬉しいよ!」

 ニカッと笑い、そう答える彼女であるが言わせてもらいたい。
 この場にいて貴方のことを知らない奴は、間違いなくバドミントンに興味のないただの冷やかし野郎だ……と。

 けれど、続く対応は完全に俺にとって予想外なことであった。

「でもね、実は僕も君を知っている。初めまして、蔵敷くらしきそらくん! そして、久しぶり――『スカイ』くん!」

 その妙な言い回し、そして呼び名を受けて驚愕する。
 『スカイ』――それは俺のネット上でのプレイヤーネーム。リアルではかなたか翔真しか知らない名前を、なぜ彼女が……?

 いや、そんな疑問を浮かべなくとも直感はすでに答えを出している。
 俺のゲーム内フレンドであり、この大会に来ることを知っている、同年代の子など一人しか当てはまらない。

「プレイヤーネーム『J.R.Kipling』こと、橋本七海だよ。以後、よろしく!」

「……………………やっぱりか……」

 予想が当たり、げんなりする俺。
 それとは逆に、敬礼をするかのように額に手を当てて挨拶する彼女の姿は存外にあざとく、しかし、それでいて確かに可愛らしかった。

 …………で、ネッ友とリアルで会うことになったら予想外にも可愛い少女だったのだが、俺は一体どうすればいいんだ?

 などと、ラノベの長文タイトルさながらに困惑し、思考する。
 取り敢えず、何でもかんでも長くしたり、サブタイを付ける文化は、俺は嫌いだ。

 閑話休題。

「…………まぁ、何だ」

「うん!」

 結局、考えもまとまらないままに見切り発車で会話を紡ぐ。

「色々と言いたいこと、聞きたいことはあるが……まずは今後ともよろしく」

「よろしくー!」

 フレンドとして、ネッ友として、今後とも遊んでいこうと所信表明してみれば、彼女もまた同意してくれた。

 …………しかしこの子、チャットの時とキャラが違くないか?

「それで、まず何よりも聞きたいことがだな。何で『Sky_celloor』の正体が俺だと分かったのかってことなんだけど――」

 ――と、本題に入ろうと口を開くと、間は悪く横槍が入る。

「ななみーん、先生が早く来いってー」

「あっ、うん! 今行くー! ……ごめん、呼ばれちゃった」

 まるで合掌のように、手のひらを合わせて頭を下げる彼女。
 その後すぐに、そして唐突に、俺の手を取るとギュッと握ってきた。何かを一緒に掴ませながら。

「これ、渡そうと思って準備してきた僕の連絡先。あとで連絡してね!」

 そして踵を返して走ったならば、先程叫んだ子であろう――お下げ髪の背の低い少女と、観客席から去って行ってしまった。

 あとに残された俺は、一人ポツンとその場に立つ。
 久方ぶりに味わう疎外感。置いてけぼり。

「…………………………………………あ、あぁ」

 何拍も遅れて伝わるその返事は、虚しくその場に揺蕩うだけ。

「……………………行くか」

 取り敢えず、足元の荷物を持ち上げる。
 集合に遅れて監督に怒られることほど、面倒なことはないしな。

「……――ねぇ、そら。あの人、誰?」

 ――訂正。
 どうやら既に、面倒ごとは起きていたらしかった。
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