彼と彼女の365日

如月ゆう

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September

9月3日(火) えっさっさ

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「おらぁ! そこ、声が小さい!」

 飛び交う怒号。

「もっと力強く腕を突き出せぇ!」

 許されない甘え。

「よっしゃ、もう一回最初からや!」

 無慈悲な発言を聞き、しかし誰も文句を言うことはない。
 右足を引き、左足は直角に曲げて上半身を預けるように前傾姿勢。左腕は曲げたまま額の近くにキープし、右腕を天に突き上げるように伸ばした。

「――始めっ!」

「えーーーーーーーー――」

 掛け声とともに発声し、同時に掲げていた腕を地面を抉るように回して、また天へ突き上げる。左腕は後ろに。

「――っ、さーっさ! えーっさーっさ!」

 そうして、左、右と拳を前に突き出した。

「えーっさ! えーっさ! えーっさーっさ!」

 何度も、何度も。
 力を込めて、声に合わせて、ただひたすらに前へ突く。

「えーっさ! えーっさ! えーっさーっさ!」

 それを三セット。
 繰り返し突き続ければ、再び最初の前傾姿勢。

「えーーーーーーーー――」

 休むことなくもう一周。
 上半身を裸に、むさ苦しい空間の中で男たちは声を出し続ける。

 これが、これこそが、我ら二学年が行う学年の出し物――『えっさっさ』であった。


 ♦ ♦ ♦


「あー、くそ…………ダルい」

 休憩時間。
 壁に寄りかかって座った俺は、用意していた飲み物を呷り、不満を漏らしていた。

「そうだな、結構大変だ」

 返事をしてくれたのは翔真だ。
 爽やかな口ぶりであるがその額には汗が滲んでおり、この演舞の重労働さが伝わってくる。

 …………しかし、いい身体してるな。
 割れたお腹、健康的な白い肌。男から見ても惚れ惚れする体つきで、かっこいいったらありゃしない。

 ……こほん。閑話休題。

「いやまぁ、体勢的に辛いってのも一つの要因だけど……俺はそれ以上に、同じことを延々とやらされるのがしんどいわ」

 声を張り上げ、体を起こして、拳を突く。
 ただ、それだけ。

 でありながら、声が小さい、力が足りないなどと飽くことなく指摘は飛び、やり直しの日々。
 せめて、問題の生徒を名指しにしてくれれば、同調圧力で無理矢理にでもちゃんと演舞させてやるのに……。

「てか、そもそも『えっさっさ』って何だよ」

「さぁ……俺も知らない」

 学年一の天才でさえも、肩を竦めた。

 となれば、生徒の中に答えを知る者はいないと思っていいだろう。
 その名前と動き的に、博多どんたくみたいなどこぞの地域由来のものなのだろうが……皆目見当もつかない。

「――では、お教えします」

 突然に降りかかる声。

 誰だ? 誰だ! 誰だー。
 空の彼方に踊る影。白い翼の――。

 ――科学忍者隊はもちろんいるわけもなく、我らが担任である三枝教諭がそこに居た。
 いつもの笑みでニコニコの彼女は、何やら得意げに講義を始める。

「『えっさっさ』とは――日本体育大学の前期授業の一環である新入生特別活動で教えられ、習得した後は各部祝勝会等で凱旋として披露される――いわば、伝統的な応援スタイルなのですよ。しかも、考案されたのは大正時代後期で、その歴史はなんと八十年。すごいですね」

 へぇー、日体大の。
 そう言われれば、確かに納得するものはあるな。

 …………で、この人は何でそんなことを知ってるんだ?

「先生、やけに詳しいですね。もしかして、経験済みなんじゃ……」

 そこらへん、多感な男子高校生としては非常に気になるところだったり……。
 特に服装的な意味で。

「違います。そもそも、女性が行うのは『えっさっさ』ではなく『荏原えばら体育』ですし」

 …………なんだ、残念。

「じゃあ、その何とか体育の経験が……?」

「ないです。誰が、あんなけったいな踊りをするものですか」

 おい、この先生、いま『そんな』とか言ったぞ。
 しかも、『けったいな踊り』って……伝統はどうした。伝統は。

 あまりにも蔑ろな言い方に白い目を向けると、先生は身動ぎをして、こほんと空咳を吐いた。

「そ、それはそうと……二人ともなかなか良い体つきをしていますね。さすがは部活動生です」

 そして、露骨に誤魔化しにかかる。
 その強引すぎる手際に、思わず俺は呆れた顔を、翔真は苦笑いで返した。

「はは……ありがとうございます、先生」
「…………どうも」

 しかし、悪い気はしない。

「残りの一時間も頑張ってくださいね。お二人のカッコイイ勇姿を期待していますので」

 そうして、掛かる召集の声。
 担任に激励の言葉を頂きつつ、俺たちは再び陣を組んだ。
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