アルファの戦士はオメガにされて愛される~オメガバース・ギリシャ神話~

壱度木里乃(イッチー☆ドッキリーノ)

文字の大きさ
3 / 153
第1章 記憶を奪われた囚人エウリュディケ

3 記憶が何一つ

しおりを挟む
 続けて全身へと視線を動かしてみれば、白に近い灰色なのか、それとも薄暗い光の加減でそう見えるのか。
 上は二の腕までを隠す長さの貫頭衣チュニックを、下はゆったりとした下衣ズボンを身に着けていた。

(これは…)

 裸でもなければきちんと服も着ていて。
 その自由となった身の様相は決して悪くはない。
 特に痛みもなければ不自由さなどもなく問題は感じられない。
 それなのに全くもってして自分という存在だけが掴めていない。
 視野に入る物から考えれば、目に少しかかる前髪はやや明るい灰色のようにも見える。
 指で引っ張ってみた。
 抜けない。
 ちゃんと生えている。
 他にも腕、胸、腹、脚と確かめるように触ってみる。
 姿形は男でそれなりに鍛えているようだ。
 実体はある。
 判断力もある。
 ただ唯一、肝心の自分が理解できていない。

(エウリュディケ…)

 それが自分の名前だ。
 先ほどそう口にしたのだからそうなのだろう。
 だからそうであるはずなのにどこか腑に落ちない。
 それに、そのエウリュディケたる記憶が何一つ思い浮かばないのだ。

 ざあぁぁあぁぁぁぁーーっ……

 背後の大木の裂け目からは不思議とまだ水が出続けている。
 足下を濡らすその流れを目で自然と追った。
 出口だろうか、遠くにうっすらと輝く光が見えた。

『幽水の道に沿って進むがいい』

 突然ふわっと先ほどの声が頭に蘇った。
 あれは果たして誰だったのか。
 何をしたかったのか。
 けれども、その姿なき男が再び話しかけてくる気配はもはや感じられない。
 加えて、このままここで立ち止まっていても何も変わらない。
 だとするならば選択肢は一つだ――進むしかない。

 パシャン…パシャン…パシャン…

 男に言われた通りに歩み始めた。
 その水の流れの行く先を目指すことにして。
 視線を落とせば靴が目に入ってくる。
 おそらくは動物の皮で出来ているのだろう。
 足首やふくらはぎにしっかりと紐で括り付けられ、甲には頑丈そうな防具があてられ、どこから見ても戦士が履く軍靴ぐんかだ。
 そういった知識は目にした途端にでも頭に浮かび上がるというのに。

(エウリュディケ…エウリュディケ…)

 と何度か繰り返したところで根幹である自分については空白のままなのはなぜなのか。
 厚底の革靴サンダルをぼんやりと見つめながら前に進み続ける。
 自分は一体誰なのか。
 どうして名前以外を思い出せないのか。
 そう問い続け、そして考えられる理由を一つ思い付いた。

(もしかして…)

 そう、問題は今いる場所なのだ。
 恐怖の奈落タルタロス、穢れに穢れた不浄の地。
 謎の声が告げていた名称は地上の者であれば誰もが知っているだろう。
 冥界だ。
 人々を始め、神々でさえ忌み嫌うというあの有名な。

(つまりそれは…)

 自分がまさしく罪人であるという証拠に他ならない。

(オレは……なにをしたんだ…)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

処理中です...