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1 鑑定の儀編

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 最後の問題は、転移魔法だ。
 どう頑張っても発動しない。

 転移魔法の特訓は大神殿の裏庭の方、赤の樹林側は大神殿の正面で目立つので、反対側でやっていた。

「やっぱりダメだわ」

「おかしいなぁ」

 今日もテラと二人、頭を抱えている。
 本格的に訓練を開始して今日で七日目。ぜんぜんできない。できる気がしない。

「赤種なら全員使えるはずなんだけどなぁ」

「はずって」

 珍しくテラが弱気な口調で話す。

「転移魔法は、時と空の神ザリガ様の加護だ。僕含めて赤種は三人とも使える」

「私、使えないんだけど」

「もう一度、やってみて」

 私はテラから教わった手順をもう一度繰り返した。

「やっぱりダメだわ」

「おかしいなぁ」

 本来、私は権能で、無詠唱、魔法陣なし、力のある言葉だけで発動できるんだけど。
 詠唱して、魔法陣を展開して、最後に力のある言葉を唱えて、と丁寧にやっても、最後の最後でシュワッとなる。
 発動失敗だ。

「本当は赤種じゃないとか?」

「ないだろ、それは」

「でも、使えないんだけど」

「もう一度、やろうか」

 私はテラから教わった手順を繰り返す。

「やっぱりダメだわ」

「おかしいなぁ」

 魔法陣展開までは問題ない。詠唱しようがしまいが、ここまでは無難に進む。
 最後の最後がダメだ。
 何かに縛られているような、抑えつけられているような。うまく発動できず、シュワッと消えてしまう。

「明日、引越なんだけど」

「でも、これができないとなぁ」

「引越延期になったら、ラウが暴れる」

「う。もう一度、やってみよう」

 これで何度目なのか。手順はもう完全に頭に入っている。

「やっぱりダメだわ」

「おかしいなぁ」

 何がいけないのか、さっぱり分からない。
 精霊魔法以外でこんなに苦労するのは初めてだ。あ、料理とお菓子作りを除いて。
 料理は家庭料理レベルのものはできるようになったけど、お菓子、とくにクッキーは真っ黒になる。
 お菓子類はラウがとても上手なので、お菓子は作れなくてもいいや。ラウにお願いしよう。

「何か別なこと考えてない?」

「ラウのクッキーは美味しいな、とか。これを成功させて、ラウが暴れないようにしないと、とか?」

「黒竜のこと考えるの、いったん止めようか」

 頭の中からラウを追い出して、もう一度繰り返した。

「やっぱりダメだわ」

「おかしいなぁ」

 裏庭の入り口がザワザワし始める。

「フィア!」

「あ、ラウ」

 明日引越(予定)なので、ラウが引越用の荷物を運び入れることになっていた。
 引越するのに引越用の荷物を運び込むって、ちょっと意味が分からない。

「チッ、もうそんな時間か」

「お前、今、舌打ちしただろ」

 相変わらず、ラウとテラは相性が悪い。

「気のせいじゃない? 細かいこと気にしてると、四番目に嫌われるよ」

「フィアはそんな心の狭い女じゃない」

「心が狭いのはお前だよ、黒竜」

「ラウ、お仕事お疲れさま」

 言い合いが止まらなくなりそうなので、割って入った。
 ラウは嬉しそうな笑顔を見せてくれる。

「で、転移魔法ができないから、引越できないと?」

「僕を睨むなよ、できないのは四番目だ」

 ラウに睨まれて、テラが私に話を振ってきた。そうだ、できないのは私。だから、睨まれるのも私だ。

「ごめん、ラウ。頑張ってるんだけど」

「気にするな、フィア。できないのはこのチビの教え方が悪いせいだ」

 素直に謝る。せっかくラウが引越の準備をしてくれてるのに。
 でも、ラウは優しかった。

 そんな、私とラウをジト目で見ていたテラが、突然、ハッとした。

「ん?! もしかしてさ……」

 ラウに協力してもらい、テラの提案どおりにして、最後に力のある言葉を発した。

 フッ

 目の前が白く覆われ、そしてサッと景色が切り替わる。 

「できた?」

「できた!」

 テラの提案は何のことはない。
 転移先にラウを立たせておくこと、それだけだった。そして見事に成功する。

「俺のおかげだな」

「違う! お前ができない原因だ!」

 テラの絶叫が辺りに響き渡った。

 テラが落ち着いたところで、テラに説明してもらおう。でないと、失敗の原因にされたラウが心穏やかでいられない。

「こいつの権能、知ってるだろ?」

「上位竜種でしょ?」

「知らないのか! 鑑定しろ!」

「じゃ、ちょっと失礼して」

 ラウの手を握ろうとして、手のひらを開き、両腕をラウに伸ばした。
 ラウは私が抱きつこうとしていると、勘違いしたらしく、目にも留まらぬ早さで、ガバッと私を抱きしめる。

「おい、くっつくな、黒竜。鑑定だけだ」

「接触してた方が鑑定しやすいって聞いたぞ」

 どこ情報だ、それ。
 左手を私の背中に回し、右手で私の頭を撫で回し始める。

「それなら、手、握るだけでいいだろ。抱きしめるなよ。頭、撫でるなよ」

 ラウとテラが言い合いしている間に、鑑定を済ませた。

「執着の黒竜。執着の鎖?」

「そうだよ、それ。執着の鎖。こいつの固有権能。伴侶を逃がさないよう、魔力の鎖でぐるぐる巻きにして、自分と繋いでおくんだ」

 夫の権能がヤバい。夫がヤバいのは知ってたけどね!

「されてるの?」

「されてるな。君の鑑定眼でも視えるだろ」

「視ない方がいいような気がする」

「そうだな。視ない方がいいな」

 テラの反応からすると、知らない方がいいレベルだ、これは。

「転移魔法が使えなかったのって」

「執着の鎖のせいだ。正確には黒竜から離れる方向へ転移できない。鎖が思いっきり邪魔してる」

「鎖が邪魔」

 ところで、私の力は赤種歴代最強、竜種魔種合わせても最強だって言ってたよね、テラ。なのになんで、邪魔されるわけ?

「執着の鎖は視えてたんだけどさ」

 視えてたのか。

「まさか破壊の赤種の力を上回ってるとは思わなかったんだよ。黒竜の執着、恐ろしいな」

「執着って言うな。愛情って言えよ」

「嘘だろ、愛情で赤種の力を封じるのかよ」

「竜種の愛は絶対だぞ」

 うん、夫の愛がヤバい。

「ま、黒竜が存命なうちは、破壊は絶対に暴走しないってことか。
 世の中的には安心だけど、四番目的にはどうなんだ、それ」

「平和でいいんじゃない?」

 うん、平和が一番だ。

「ま、そうだね」

「予定どおり、明日、引越だな」

「ま、そうだね」

「また明日、迎えに来るから」

 ラウはそう言いながら、私をギューーッと抱きしめた。

「だから、さらにくっつくなよ! さっさと帰れ。お前の副官がそこで泣いてるぞ」

 テラの声を合図に、裏庭の隅にいたカーシェイ副官が飛んできて、

「戻ってください! 十分だけって言ったじゃないですか! どれだけ書類がたまってると思ってるんですか!」

と叫びながら、ラウを回収していった。

「ラウ、明日、来れるのかな?」

「第六師団を壊滅させてでも来るぞ、あいつ」
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