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2 新人研修編

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 事前打ち合わせを行った日の夜。

 フィアの話を聞いた俺は、総師団長と第一塔長にすぐさま伝達を送って、手を打った。

 戦いは、相手の先の先を読んで、先に手を打つに限る。
 俺はこの戦いに負けるわけにはいかない。

『赤種がお二人も、このエルメンティアに協力してくださるのは、光栄なことだ。
 でも、大丈夫なのか?』

『師匠の同種なら、鑑定能力も最高峰だ。こっちとしてはありがたい。
 でも、大丈夫なのか?』

 二人から同じ心配をされる。

 これは戦いだ。大丈夫じゃなくても、乗り切らないといけない。




「おい、黒竜。何やった?!」

 翌日、第六師団長専用の執務室でのこと。
 副官のカーシェイと溜まった書類の仕分けと処理をしていると、うるさいやつがやってきた。

 第六師団は非常事態専門。
 基本的に新年の休暇はしっかり取れる。休暇中に交代で出勤することもない。

 もっとも、急な呼び出しがあったり、諜報など業務によって勤務形態は異なってくるのは、他の師団同様だ。

 今日は休暇明けの初日だが、休暇中も動いている師団や業務関係の書類が山積みとなっていた。

 こういうときは、こんなチビじゃなくて、フィアに会いたいよな。
 俺の一日の業務が長い。

「今、僕の顔見て、ため息ついたよな!」

「で、用件はなんだ?」

 きっと、フィアの就職の件だろうなとは思いつつ、チビに目も向けずに書類の処理をしながら尋ねる。

「四番目の就職の件だ」

「手は打ってある」

 すでに、総師団長と第一塔長に手配済みだ。そして、了承も得た。
 他に何かあっただろうか。

「だろうな! 僕がさっき、推薦状と紹介状を持ってったら、すでに試験日が決まってたぞ!」

「で、それがどうかしたか?」

「明後日ってなんだよ?! 普通、官職の試験は三月だろ! 三月まで待てよ!」

 なんだ、試験日のことか。

 手元の書類から目を離し、俺は赤種のチビの方を向く。

「普通の官職じゃないからな」

「はぁあ?」

「フィアの官職は、第六師団長配属の補佐官だ」

 俺は『長』を強調して、チビに伝えた。

「第六師団配属の補佐官だろ?」

 うるさいやつだな。

 俺は仕事の手を止めて、チビに詳しく説明する。

「フィアが言ってたんだ」

「はぁあ?」

「俺に配属されたいって」

「いや、それ、絶対違うだろ。都合のいいように聞き間違えるなよ」

 聞き間違えるものか。

 フィアは俺といっしょに仕事をしたいと言ってたんだ。それはつまり、

「俺に就職したいって」

 そういうことだ。

「いや、ある意味、黒竜に就職済みだろ」

 まったく、フィアがかわいすぎる。

「昼も夜もフィアにくっついていられるんだ。就職を早めて何が悪い」

「くっつくのが目的かよ」

 当たり前だろう。

「だから、それの何が悪い」

「開き直るなよ。師団長がくっついてイチャイチャしてて、いいのかよ。仕事しろよ!」

 フィアと同じ赤種なのに、なんで、こいつはこんなにキャンキャン騒ぐんだ?

 だいたい、俺がフィアとくっつこうが何しようが、こいつには関係ないだろうが。

 俺は思わずムスッとする。

 赤種のチビには、竜種の威圧も殺気も効かないのが、とても残念だ。

 俺の機嫌が低下すると同時に、室温も下がる。

 それまで静かに成り行きを見ていたカーシェイが、見かねて、というより寒さを嫌がって、口を開いた。

「僭越ながら、バーミリオン様」

 俺はチビ、チビ、呼んでいるが。こいつ、他のやつらからは、バーミリオンなんて呼ばれてたな。

 チビの本名は、リングテラ・クロエルだ。
 創造の赤種、赤種の一番目、目の朱色からバーミリオンと呼ばれることがある。

 国王と同格のこいつを名前呼びするのは、同種のフィアくらい。
 他のやつらがよく使うのが、このバーミリオンだ。

「うちの師団長は、お相手様とくっついている方が超速で仕事するんです。しかも機嫌も上々」

 カーシェイは説明を続ける。

「耳元で、お仕事頑張って、なんて言われた日には秒で仕事が終わるのではないかと」

 あるな、それ。

「嘘だろ、それ」

「伴侶の有無は、竜種の力の強さと安定化に影響します。
 だからこそ、竜種の結婚は、国をあげて応援、歓迎されるんですよ」

「…………そうだったな」

「というわけだ。分かったか、チビ」

 赤種のチビはマズいものでも食べたような、苦い顔をした。
 見た目は完全に子どもだが、ときおり見せるこういう表情は子どもらしさに欠ける。

「でも、いいのか? 反対してただろ?」

「就職先が『俺』だからな」

「お相手様なら、害される心配もありませんしね」

 チビはさらに続ける。

「それに、本部は四番目を使って、規律を乱すやつの炙り出しもするつもりだろ?」

 コネの推薦状に紹介状、中途採用、いきなりの役付き、そして『技能なし』。

 俺が原因のものもあるが、嫌味なやつらには格好の的になりかねない。

 以前から、第一塔長は、師団内の規律違反にも目を光らせているのだが。ちょうど良い機会だと、ニタリと笑っていた。

「フィアが利用されるのは気に入らんが、ある程度、そういうことはあるからな」

 そう、外は危険がいっぱいだからな。

 しかし、かわいいフィアに酷いことをしようと考える、その精神が理解できない。

「お相手様相手に命知らずですよね」

「命知らずなら、遠慮なく消せるな」

「ですね」

 クフフフフフフ

「そこで含み笑いするなよ。怖すぎるだろ」

 大丈夫だ。
 真っ当な人間なら、消されることはない。
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