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3 武道大会編

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「アハハハハハハ」

 ピンクは狂ったように笑い続ける。

 そして、カーシェイさんの手を取りながら、総師団長に言い放つ。

「まぁ、いいわ。今回は見逃してあげる」

「状況が分かってないのか?」

 総師団長が訝しげにピンクに話しかけるが、ピンクはそれには答えない。

「破壊の赤種は手に入らなかったけど、代わりに、優秀な子が手に入ったし」

 目を細め、自分の言いたいことだけ、言い続ける。

 ピンクに手を取られたカーシェイさんはすっかり元の状態に戻っていた。
 ダメだ、完全にピンクに魅入られている。

「仕方ない、包囲!」

 総師団長が号令をかけたそのとき。


 ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!


 ピンクが人間とは思えない叫び声をあげた。耳が痛い。クラクラする。立っていられない。


 ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!


 ピンクがもう一声叫ぶ。そして、


 ブワッ


 混沌の気だ!

 ピンクから放たれた混沌の気が押し寄せる!

 どうして、ただの人間が?

 ただの人間?
 違う、ピンクはただの人間じゃない。

 他人の身体に取り付くなんて、ただの人間ができることじゃない。

 神の領域だ。


 ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!


 ピンクは叫び続ける。

 耳が痛い。頭が痛い。声が出ない。立っていられない。

 赤種の私ですらこんな状態なので、周囲の師団、それも普通の騎士たちはうずくまっていた。
 吐き出す人もいる。倒れて動かなくなっている人もいる。

 ラウも動けない。

 双剣の片方で身体を支え、もう片方で混沌を遮っている。

 他の師団長たちも同様だった。

 追い討ちをかけるように、ピンクが高らかに言葉を発した。


「我のために生きよ。我のために戦え」


 一息吸い込み、力のある言葉を紡ぐ。


「《狂乱》!」


 狂乱魔法!

 狂乱魔法も、名もなき混乱と感情の神から力を引き出して行使する。

 混乱魔法と同じく世界を混乱に陥れた元凶だ。そんな魔法が立て続けに使われるなんて。




「アルタル様のために!」

「アルタル様こそすべて!」

「アルタル様を守れ!」

「アルタル様!」

「アルタル様!」

「アハハハハハハ」




 第四師団の一部が崩れた。

 いや、狂った。

 うずくまる同僚に切りかかり、ピンクを称える言葉を叫びながら、スヴェート側に合流する。

 ひとり、またひとり。

「狂ってる」

「なんとでも言いなさい。弱者に生きる権利なんてないわ!」

 総師団長は無事なようだ。 

 だけど、

「第四師団の副官がやられたな。総師団長付きの副官や補佐も」

 こっちは動けない状態のまま。
 ラウはとても苦々しい表情だ。

 幸いなことに、狂乱魔法は第四師団の一部を捉えただけで、他の師団には影響はなかった。

 だけど。

 第四師団が崩れていくところを、眺めるしかないなんて。

 と、そのとき。

 ゴフッ

 ピンクが血を吐く。

「アルタル様?!」

「アルタル様?!」

 ピンクの顔色が青い。
 口元の血を、カーシェイさんが慌てて拭っている。

「あれの力も無限じゃないようだな」

「そうだね」

 ようやく声が出るようになり、ラウの言葉に言葉を返す。

 吐血した状態でも、ピンクはあくまでも偉そうに話す。

「わたくしの魅力が理解できたのは、ヴィッツと第四師団くらいだったのが、残念だわ」

 ゴフッ

 ピンクがまた血を吐いた。

 口の端から血を滴らせながらも、再び、混沌の気が漏れ出す。

「まあ、トカゲが守護する国なんて、こんなものよね」

 ピンクの混沌の気に合わせるように、緋色の魔力がピンクの足下から漏れ出してきた。

「次こそは、あなたを本当の伴侶に会わせてあげるわ」

 私を見るピンク。

 誰も動けない。

「伴侶に捧げられる日を楽しみにしていなさい」

 緋色の魔力がピンクたちを包み込み、姿が完全に隠れた。

「《転移》」

 力のある言葉とともに、ピンクたちは跡形もなく消えた。




 こうして、武道大会は混乱と狂乱の中、幕を閉じることになった。

 国王や王族、一般の観客に被害が出なかったのは不幸中の幸いとしか言いようがない。

 軍部は第四師団が半壊した。

 第四師団長は意識を失ったまま。

 ピンクに同調しともに消えた騎士、その騎士たちに命を奪われた騎士、合わせると第四師団の半数ほどになった。

 命を奪われた騎士の中には、就任したばかりの副師団長もいて、第四師団は当面、本部管轄となったそうだ。

「本部も、総師団長付きの副官も補佐もやられて、カーシェイもいなくなったから」

 その夜、ラウが私を抱きしめながら、現況を教えてくれた。

 カーシェイさんがいなくなったのに、ラウは意外とピンピンしていた。
 私に心配かけまいと平気な振りをしているわけでもなさそう。

 ラウは私を抱きしめたまま、話を続ける。

「立て直しが大変だな」

「そうだね」

「だが、フィアが奪われなくて良かった」

 ラウが息を吐きながら、ホッとしたように言った。

「フィア」

「なぁに?」

「カーシェイが俺たちを裏切って悲しく思う気持ちよりもな」

「うん」

「フィアが奪われずに俺の腕の中にいて嬉しく思う気持ちの方が、はるかに強いんだ」

 ラウは心底嬉しそうに話す。

「竜種ってのはそういう生き物なんだ」

 嬉しそうな、申し訳なさそうな、そしてどこか心配げな顔でラウは私を見た。

「まぁ、仕方ないね」

 だって、これが普通のラウなんだから。

 愛情が重くて過保護で執着強めで変質者気味で距離感がおかしい。
 そのうえ、仲間の裏切りより、捕獲した奥さんの脱走を心配する。

 竜種ってのはそういう生き物なんだ。

 だから、カーシェイさんも喜んでスヴェートに行ったのかな。
 やっと見つけた伴侶とともに。

 その夜、ラウは私を一瞬たりとも離さなかった。
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