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3 武道大会編

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 大会まで一週間を切ったある日。

「フィア?!」

 俺は突然、目眩を感じた。
 目の前が一瞬ぶれてクラッとして。

 ハッとして、すぐさま、俺の魔力が少しずつフィアに移動していることに気がつく。
 微量なので、俺にとってはまったく問題ない範囲だ。

 フィアは、今、魔力量を制限した状態で、何か大掛かりな魔法を操っている。
 フィアが苦しさに喘ぎながら、なんとか耐えている様がヒシヒシと伝わってきた。

 今日のフィアは第一塔での勤務。

 塔長室にフィアを送ってきたばかりで、まだ一時間も経っていない。それでこの状況だ。

 出張だとか、大変な鑑定があるとかは言ってなかったし、監視からもフィアが危険だという報告は届いていない。

 いったい、どうしたんだ?

 俺はひとまず、今、取りかかっていた書類を片付ける。

 そういしている間にもフィアの苦行は続いたが、突然、くたっと力が抜けた。

 心音、脈拍、呼吸も正常、魔力も異常なし。良かった。疲弊はしているが、フィアには問題ないようだ。

 俺は急いで、執務室へ。

「エルヴェス! フィアに何があった?」

 今日の執務室はエルヴェスが、のほほんとした様子で取り仕切っていた。

 副師団長は不在。朝から訓練のせいか、いつもならひとりは顔を出す部隊長も、今日はゼロだった。

「あ、師団長」

「アー、ブアイソウ、じゃなかった師団長。さっすが粘着質。反応、早いわねー」

 エルヴェスのやつ、俺のことはブアイソウって呼んでたのか。

 思わず、言葉につまる。

 いやいや、今は細かいことを気にしている場合じゃない。

 軽く頭を振って、言葉を絞り出す。

「当然だろ。離れていても、フィアの体調は手に取るように分かる」

 今、重要なのはフィアだ。

「それで、フィアに何があった?!」

「手に取るように分かるなら、ほわほわちゃんがブジってことも、分かってるでしょー」

「それはそうだが」

「アセラナイ、アセラナーイ」

 エルヴェスに訊いたのが間違いだった。

 俺は脇に立つ、補佐一号に視線を向ける。

「補佐一号!」

「エルヴェス副官の言うとおりっすよ」

「何の話だ?」

「「アセラナイ、アセラナーイ」」

 こいつら。バカにしてんのか。

 俺が右の拳をググッと握りしめたとたん、

「まず。お相手様の報告っす」

 さっと居住まいを正して、補佐一号が報告を始めた。

「お相手様、ノルンガルス上級補佐官のケガの処置で止血をしてたっす」

「止血だと? 俺のフィアはケガの手当てもできるのか?!」

 フィアの権能は破壊と再生だ。

 一般的には破壊しか知られていないが、再生能力もある。

 が、この再生。限定的な代物で、フィア自身か、フィアが破壊したものしか効果を発揮しない。

 再生は自分しかできないって、言ってたよな?

 血も止められるのなら、今度、

「オレの血も止めてほしいなー、なんて思わないのよー」

「いくら上位竜種でも、血が止まったら危ないっす」

「ぐぐっ」

 なぜ、分かった?

 無言になる俺を無視して、補佐一号が報告を続ける。

「それに普通の止血じゃないっすよ」

「何?」「ハ?」

「時空魔法で、傷の時間を停止させ、それ以上、出血しないようにしてたらしいっす」

「俺が感じたのはこれか」

「ほわほわちゃん、相変わらず、ムチャクチャねー」

 それほどマズい状態だったのか。

「その後、第四塔長が到着し、全力の応急処置で止血。お相手様は時間の停止を解除。めでたしめでたしっす」

「そうか。なら、問題ないな」

 ホッとして師団長室に帰ろうとすると、なんだか、視線を感じる。

 見回すと、エルヴェスと補佐一号がじーっと俺を見ていた。

「なんだ?」

「お相手様以外の報告は聞いてかないんすか?」

「まだ何かあるのか?」

「アルワヨー」

「で?」

「お相手様以外の熱量、低いっすねー」

「ァア?」

「殺気、とばさないで、ほしいっす、ごほっ」

 今のは補佐一号が悪いよな。

 竜種が伴侶以外に熱がないのは当たり前のこと。殺気を当てられても仕方ないと思うぞ。

「補佐一号、ホーコク!」

 それでもエルヴェスの補佐だけあって、瞬時に平常に戻る。

「はいはい。この一連の騒動は補佐二号、情報部隊の他、複数の定点記録魔導具で押さえているっす」

「それで?」

 定点記録魔導具はフィアの安全のために、本部に申請して設置したもの。
 官舎、第六師団、第一塔、この三つを結ぶ通路には必ず設置されている。

 元妹やムカつく元護衛とすれ違ったあの件を受け、申請なしでの師団内侵入を本部に抗議した。

 その結果、定点記録魔導具の設置が許可されたという訳だ。
 定点記録魔導具の設置は公にはしなかった。カーシェイもこの存在を知らない。

 しかし、総師団長公認なので、何か起きたときは立派な証拠となる。

「全員の証言は報告書にして総師団長に提出済み。記録映像は、総師団長と諜報班長の立ち会いの元、内容を確認して複製。こっちも総師団長に提出済みっす」

「で、本題は?」

「聞きたいっすか?」

「おい、焦らすな」

「ホントにホンキで聞きたい?」

「焦らすなと言ってるだろ。それに、俺を抜かして本部に提出済みって。順番おかしいだろ」

 こういった報告書は、師団内の上層部に持って行くもの。上層部が必要に応じて、本部に渡す。

 つまり、エルヴェスは俺か副師団長に提出し、最終的には俺の判断で本部に渡すべきものだ。

 なのにエルヴェスは、悪びれもせず、ケロッとしている。

「アー、順番、気づいちゃったー?」

「気づくだろ、普通」

「マー、ソレはソレとしてー」

「おい」

「提出先は本部じゃないっすよ」

 そうだ。

 こいつは『総師団長に』と言っていた。本部とは別に、総師団長が何かを探っているのか。

 定点記録魔導具も本部ではなく、総師団長の公認だったな。

「口調だけはオトナシメなギラギラ顔に、提出させたわー」

「その呼び方、さすがにダメだろ」

 さすがに俺も呆れた口調になる。

 総師団長、赤種のチビには、オッサン呼びされてたよな。
 エルヴェスからは、ギラギラ顔か。

「マー、ソレもソレとしてー」

「本題っす!」

 補佐一号から報告された内容は、にわかには信じがたいものだった。
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