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4 騎士と破壊のお姫さま編
1-4 騎士は憤る
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ネージュ様が見つかった。
ネージュ様は赤の樹林で魔物の襲撃にあって、死んだとされていた。
そのネージュ様が生きていた。
「良かった、本当に良かった」
ネージュ様は第六師団の師団長付き補佐官として、働いていらっしゃった。
キビキビと動く姿がキラキラと輝いて見えた。
母君譲りの銀髪に、紅の瞳。
この色だけでも唯一無二。
銀髪は母方のグランミストのみ現れる色であるし、赤系統の瞳は稀少だ。
他にも、容姿、体格、立ち振る舞い、声や話し方、ふとしたときに見せる癖、すべてがネージュ様だった。
ネージュ様のことは、ずっとおそばで見てきたんだ。見間違うはずがない。
なのに、俺以外の誰も、あの方がネージュ様であることを指摘しない。
ネージュ様の父君であられるグランフレイム卿も、妹君のマリージュ様も。
兄君のセルージュ様に至っては、「あれは間違いなく目の前で死んだ」と宣言までされた。
ネージュ様が生きているというのに、死亡届を受理した国も大神殿も何も言わない。
まして、ネージュ様の死亡原因とされる魔物の襲撃に対処し、死亡現場とされる場所の探索を行っているのは、第六師団だ。
「あの男のせいか」
ネージュ様は記憶をなくされているようで、ご自分のことも何もかもお忘れだった。
そして、ネージュ様の隣には、ベッタリとくっつくように、あの男がいた。
「第六師団のドラグニール師団長」
第六師団長は、最強竜種などと呼び声も高い。
「執着の黒竜」
そんな男が、あろうことか、ネージュ様の夫君を名乗っていて、ネージュ様とともに暮らしている。
師団でも、ネージュ様をそばに置き、片時も離れないと聞く。
「伴侶の有無は、竜種の力の強さと安定化に影響する。だから、竜種の結婚は国をあげて応援、歓迎する。か」
最初から仕組まれていたんだ。
国も大神殿も師団も、最初から分かっていて、何も知らないネージュ様を騙して、竜種の生贄にしたんだ。
「すべて、あの男のせいだ」
俺の心に黒いものが広がっていく。
「ジン、もう諦めろ」
「ルバルト叔父さん」
第二師団長を勤めるルバルト・ベルンドゥアンは父の年の離れた弟、つまり俺の叔父だ。
無理を言って、ネージュ様に直接会わせてもらったことには感謝している。
けれど、この意見は受け入れられない。
「ジン、仮に、あの方がネージュ嬢だとしてもだ」
「仮ではなく、本当に本物のネージュ様だ」
「だとしてもだ。あの方は黒竜の伴侶で、赤種の四番目。クリムゾンのクロエル様なんだ」
違う。あの方はネージュ様だ。
左手を添えて首を傾げる様や、驚いて目を見張る様。
ちょっとしたところに出るちょっとした仕草が、ふだん見慣れたネージュ様のものとぴったり重なる。
記憶を失っても、身体に染み付いている癖はそうそう無くならない。
「ネージュ様は記憶をなくされて、あの男に騙されているんだ。記憶が戻れば、きっと戻っていらっしゃる!」
「どこに戻るんだ? グランフレイムからはネージュ嬢の生存を否定されたんだろ」
「グランフレイムに戻れないなら、ここに来ればいい。俺がネージュ様をお支えする」
そうだ。ここなら、ネージュ様も安心して過ごせる。心配することなんて、何もない。あんな風に働く必要もない。
父さんも母さんも、ネージュ様のことはよく知っているし。静かに、そして穏やかに暮らしていただける。
俺はまた、おそばでネージュ様を見守っていくんだ。
ネージュ様の成人後を見越して、縁談を持ちかけていたと、父さんも言っていた。
本来こうなるはずだった。本来ある姿に戻るだけだ。
「ジン。本気で黒竜に消されるぞ。お前のネージュ様はもういないんだ」
「あそこにいらっしゃったじゃないか!」
叔父さんがネージュ様を否定するようなことを言うので、思わず詰め寄った。
その俺の肩に、父さんが手を置く。
「ルバルト。ジンがずっとこの調子なんだ。ネージュ様は生きている、本物のネージュ様に会ったんだと」
父さんが叔父さんに尋ねた。
「だから、その方に一度、お会いしてみたいんだ。そうすれば、ジンも納得するだろうし」
父さんも母さんも、俺がおかしくなったとでも思っているらしく、ネージュ様にお会いした話を何度しても取り合ってくれない。
それで、叔父さんにネージュ様の話をお願いしたのに。
「面会の申請はしているんだがな。黒竜の許可が出ない。この前会えたのも、黒竜の隙をついてだったしな」
「ネージュ様の記憶が戻らないよう、会わせないつもりなんだよ」
「記憶の件はともかく。竜種が自分の伴侶を他の男に会わせるはずがない。しかもあいつは上位竜種だ。相手が悪い」
「竜種だからなおさらだ。あの男から、ネージュ様を助け出さないと」
「あの方は破壊の赤種なんだ、ジン。おそらく黒竜より強い。自分の意志で黒竜とともにいるんだ」
「そんなはずがない。ネージュ様は騙されているんだ」
ネージュ様が赤種なはずがない。
ネージュ様が見ず知らずの男と婚姻なんて結ぶはずもない。
あの男が自分の都合のいい話を作り上げて、記憶のないネージュ様に吹き込んだんだ。
どうして、誰も分かってくれないんだ。
「他に会う方法がないか、考えてみるから。焦ってやたらなことはするな、いいな、ジン」
そう言って、ルバルト叔父さんは帰っていった。
それからしばらくして。
突然、仕事帰りの叔父さんが慌てた様子で家に来た。
「ジン、会うことはできないが、近くで姿を見る方法が見つかったぞ」
ルバルト叔父さんの方法は意外なものだった。
けれど、許可されない面会申請を繰り返すよりは、はるかにいい。
「これならきっと、兄さんたちも確認できるだろう」
とにかく、これでネージュ様が生きている姿を、また見ることができる。俺は会える日を心待ちにした。
ネージュ様は赤の樹林で魔物の襲撃にあって、死んだとされていた。
そのネージュ様が生きていた。
「良かった、本当に良かった」
ネージュ様は第六師団の師団長付き補佐官として、働いていらっしゃった。
キビキビと動く姿がキラキラと輝いて見えた。
母君譲りの銀髪に、紅の瞳。
この色だけでも唯一無二。
銀髪は母方のグランミストのみ現れる色であるし、赤系統の瞳は稀少だ。
他にも、容姿、体格、立ち振る舞い、声や話し方、ふとしたときに見せる癖、すべてがネージュ様だった。
ネージュ様のことは、ずっとおそばで見てきたんだ。見間違うはずがない。
なのに、俺以外の誰も、あの方がネージュ様であることを指摘しない。
ネージュ様の父君であられるグランフレイム卿も、妹君のマリージュ様も。
兄君のセルージュ様に至っては、「あれは間違いなく目の前で死んだ」と宣言までされた。
ネージュ様が生きているというのに、死亡届を受理した国も大神殿も何も言わない。
まして、ネージュ様の死亡原因とされる魔物の襲撃に対処し、死亡現場とされる場所の探索を行っているのは、第六師団だ。
「あの男のせいか」
ネージュ様は記憶をなくされているようで、ご自分のことも何もかもお忘れだった。
そして、ネージュ様の隣には、ベッタリとくっつくように、あの男がいた。
「第六師団のドラグニール師団長」
第六師団長は、最強竜種などと呼び声も高い。
「執着の黒竜」
そんな男が、あろうことか、ネージュ様の夫君を名乗っていて、ネージュ様とともに暮らしている。
師団でも、ネージュ様をそばに置き、片時も離れないと聞く。
「伴侶の有無は、竜種の力の強さと安定化に影響する。だから、竜種の結婚は国をあげて応援、歓迎する。か」
最初から仕組まれていたんだ。
国も大神殿も師団も、最初から分かっていて、何も知らないネージュ様を騙して、竜種の生贄にしたんだ。
「すべて、あの男のせいだ」
俺の心に黒いものが広がっていく。
「ジン、もう諦めろ」
「ルバルト叔父さん」
第二師団長を勤めるルバルト・ベルンドゥアンは父の年の離れた弟、つまり俺の叔父だ。
無理を言って、ネージュ様に直接会わせてもらったことには感謝している。
けれど、この意見は受け入れられない。
「ジン、仮に、あの方がネージュ嬢だとしてもだ」
「仮ではなく、本当に本物のネージュ様だ」
「だとしてもだ。あの方は黒竜の伴侶で、赤種の四番目。クリムゾンのクロエル様なんだ」
違う。あの方はネージュ様だ。
左手を添えて首を傾げる様や、驚いて目を見張る様。
ちょっとしたところに出るちょっとした仕草が、ふだん見慣れたネージュ様のものとぴったり重なる。
記憶を失っても、身体に染み付いている癖はそうそう無くならない。
「ネージュ様は記憶をなくされて、あの男に騙されているんだ。記憶が戻れば、きっと戻っていらっしゃる!」
「どこに戻るんだ? グランフレイムからはネージュ嬢の生存を否定されたんだろ」
「グランフレイムに戻れないなら、ここに来ればいい。俺がネージュ様をお支えする」
そうだ。ここなら、ネージュ様も安心して過ごせる。心配することなんて、何もない。あんな風に働く必要もない。
父さんも母さんも、ネージュ様のことはよく知っているし。静かに、そして穏やかに暮らしていただける。
俺はまた、おそばでネージュ様を見守っていくんだ。
ネージュ様の成人後を見越して、縁談を持ちかけていたと、父さんも言っていた。
本来こうなるはずだった。本来ある姿に戻るだけだ。
「ジン。本気で黒竜に消されるぞ。お前のネージュ様はもういないんだ」
「あそこにいらっしゃったじゃないか!」
叔父さんがネージュ様を否定するようなことを言うので、思わず詰め寄った。
その俺の肩に、父さんが手を置く。
「ルバルト。ジンがずっとこの調子なんだ。ネージュ様は生きている、本物のネージュ様に会ったんだと」
父さんが叔父さんに尋ねた。
「だから、その方に一度、お会いしてみたいんだ。そうすれば、ジンも納得するだろうし」
父さんも母さんも、俺がおかしくなったとでも思っているらしく、ネージュ様にお会いした話を何度しても取り合ってくれない。
それで、叔父さんにネージュ様の話をお願いしたのに。
「面会の申請はしているんだがな。黒竜の許可が出ない。この前会えたのも、黒竜の隙をついてだったしな」
「ネージュ様の記憶が戻らないよう、会わせないつもりなんだよ」
「記憶の件はともかく。竜種が自分の伴侶を他の男に会わせるはずがない。しかもあいつは上位竜種だ。相手が悪い」
「竜種だからなおさらだ。あの男から、ネージュ様を助け出さないと」
「あの方は破壊の赤種なんだ、ジン。おそらく黒竜より強い。自分の意志で黒竜とともにいるんだ」
「そんなはずがない。ネージュ様は騙されているんだ」
ネージュ様が赤種なはずがない。
ネージュ様が見ず知らずの男と婚姻なんて結ぶはずもない。
あの男が自分の都合のいい話を作り上げて、記憶のないネージュ様に吹き込んだんだ。
どうして、誰も分かってくれないんだ。
「他に会う方法がないか、考えてみるから。焦ってやたらなことはするな、いいな、ジン」
そう言って、ルバルト叔父さんは帰っていった。
それからしばらくして。
突然、仕事帰りの叔父さんが慌てた様子で家に来た。
「ジン、会うことはできないが、近くで姿を見る方法が見つかったぞ」
ルバルト叔父さんの方法は意外なものだった。
けれど、許可されない面会申請を繰り返すよりは、はるかにいい。
「これならきっと、兄さんたちも確認できるだろう」
とにかく、これでネージュ様が生きている姿を、また見ることができる。俺は会える日を心待ちにした。
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