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がつ子、隘路を逆走する
16.
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「ゲ」
「げ?」
ゲートウェイ先輩――学生時代、敵味方に分かれ草食系純情美少年を間に挟み発止とやり合った童貞厨美妖女だ。
「あら、あらあら。もしかして、がつ子さん?」
「そのあだ名はやめてくださいと何度も――」
「懐かしいわね」
どうしてここに、と訊ねそうになって樹子は問いを呑み込んだ。
門出千春。――そうだ。この人の名前はちはるだ。
「もしかして、河合さんの――」
「まあ、兄をご存じ?」
梅雨晴れの澄んだ光のなか、ゲートウェイ先輩が笑った。そこに光を集めたかのような美しい笑みだ。
この人が、――この人がちはるさん。
エンジェル河合の、親御さんの離婚で子どものころに離ればなれになりつい先ごろいっしょに暮らせるようになったとかいう妹君は確か、合法美ショタのエンジェルをして
――うちの妹ね、かわいいよ。
といわしめる天使だったはずだ。
ゲートウェイ先輩が、エンジェル河合の妹、――この人かわいい、のか? 美人だ。間違いなく美人ではある。でも学内で不世出の美妖女として名高かった童貞スレイヤーだぞ。
いや、――かわいい。
エンジェルな兄の名を出されて嬉しげに笑うゲートウェイ先輩はかわいかった。学生時代の彼女は妖しく微笑むことはあってもこんな開けっぴろげのぴっかぴかな笑顔を見せたことはなかった。こうして無邪気に笑うとゲートウェイ先輩はエンジェル河合とよく似ている。
「利章さん、いらっしゃるかしら?」
問われて、樹子は頭が真っ白になった。
「はい。――主任の広居は在宅です。今、お取り次ぎいたします」
「がつ子さん?」
この対応で正しいのか?
樹子は広居主任の部下で、且つゲートウェイ先輩の学生時代の後輩――学部も学科も出身地も違う、男の趣味以外は縁もゆかりもないどころか掠りもしない間柄だが後輩は後輩だ。加えて休日の午前中、縒りを戻そうとやってきた元カノとかち合ったセフレでもある。部下としての対応でいいのか。休みの日の朝っぱらから上司宅にいる部下って何なんだ。間違っている。間違いなく間違っている。が、もうやらかしてしまったものは仕方ない。
首を傾げるゲートウェイ先輩を玄関に残し、樹子は奥の寝室へぎくしゃくととって返した。ドアを開け、チノパンのファスナーを上げようとあたふた苦戦する上半身裸の上司に
「千春さんがお見えです」
取り次ぐ。その手もとを見下ろす。ファスナーがトランクスからはみ出たブツを挟むまであと少しのところまできていた。はみ出たそれはまだおとなしくなりきっていない。真っ白になっていた頭に憤りが急速充填された。
「ちは、――な、なんで?」
「存じません」
「たつ、――」
「失礼いたします」
樹子は寝室から出てドアを閉めた。近隣住民の迷惑にならないよう静かに閉めた。ドアの向こうで自分を呼ぶ声がしたがかまわず玄関に向かい、すぐ帰れるようにと荷物をまとめておいたボストンバッグと仕事用の鞄を掴む。
「広居はすぐにまいります」
「そうなの?」
「はい」
たぶん。
開いたままの玄関ドア前でゲートウェイ先輩が首を傾げている。奥からばたついた気配がする。
「失礼いたします」
両手に荷物を持ったままでかっこうがつかないが、樹子は休日の午前中になぜか上司宅にいる部下の立場を貫いた。
「がつ子さん?」
ゲートウェイ先輩の声が聞こえる。会釈を返し足早に広居主任宅を後にした。
「げ?」
ゲートウェイ先輩――学生時代、敵味方に分かれ草食系純情美少年を間に挟み発止とやり合った童貞厨美妖女だ。
「あら、あらあら。もしかして、がつ子さん?」
「そのあだ名はやめてくださいと何度も――」
「懐かしいわね」
どうしてここに、と訊ねそうになって樹子は問いを呑み込んだ。
門出千春。――そうだ。この人の名前はちはるだ。
「もしかして、河合さんの――」
「まあ、兄をご存じ?」
梅雨晴れの澄んだ光のなか、ゲートウェイ先輩が笑った。そこに光を集めたかのような美しい笑みだ。
この人が、――この人がちはるさん。
エンジェル河合の、親御さんの離婚で子どものころに離ればなれになりつい先ごろいっしょに暮らせるようになったとかいう妹君は確か、合法美ショタのエンジェルをして
――うちの妹ね、かわいいよ。
といわしめる天使だったはずだ。
ゲートウェイ先輩が、エンジェル河合の妹、――この人かわいい、のか? 美人だ。間違いなく美人ではある。でも学内で不世出の美妖女として名高かった童貞スレイヤーだぞ。
いや、――かわいい。
エンジェルな兄の名を出されて嬉しげに笑うゲートウェイ先輩はかわいかった。学生時代の彼女は妖しく微笑むことはあってもこんな開けっぴろげのぴっかぴかな笑顔を見せたことはなかった。こうして無邪気に笑うとゲートウェイ先輩はエンジェル河合とよく似ている。
「利章さん、いらっしゃるかしら?」
問われて、樹子は頭が真っ白になった。
「はい。――主任の広居は在宅です。今、お取り次ぎいたします」
「がつ子さん?」
この対応で正しいのか?
樹子は広居主任の部下で、且つゲートウェイ先輩の学生時代の後輩――学部も学科も出身地も違う、男の趣味以外は縁もゆかりもないどころか掠りもしない間柄だが後輩は後輩だ。加えて休日の午前中、縒りを戻そうとやってきた元カノとかち合ったセフレでもある。部下としての対応でいいのか。休みの日の朝っぱらから上司宅にいる部下って何なんだ。間違っている。間違いなく間違っている。が、もうやらかしてしまったものは仕方ない。
首を傾げるゲートウェイ先輩を玄関に残し、樹子は奥の寝室へぎくしゃくととって返した。ドアを開け、チノパンのファスナーを上げようとあたふた苦戦する上半身裸の上司に
「千春さんがお見えです」
取り次ぐ。その手もとを見下ろす。ファスナーがトランクスからはみ出たブツを挟むまであと少しのところまできていた。はみ出たそれはまだおとなしくなりきっていない。真っ白になっていた頭に憤りが急速充填された。
「ちは、――な、なんで?」
「存じません」
「たつ、――」
「失礼いたします」
樹子は寝室から出てドアを閉めた。近隣住民の迷惑にならないよう静かに閉めた。ドアの向こうで自分を呼ぶ声がしたがかまわず玄関に向かい、すぐ帰れるようにと荷物をまとめておいたボストンバッグと仕事用の鞄を掴む。
「広居はすぐにまいります」
「そうなの?」
「はい」
たぶん。
開いたままの玄関ドア前でゲートウェイ先輩が首を傾げている。奥からばたついた気配がする。
「失礼いたします」
両手に荷物を持ったままでかっこうがつかないが、樹子は休日の午前中になぜか上司宅にいる部下の立場を貫いた。
「がつ子さん?」
ゲートウェイ先輩の声が聞こえる。会釈を返し足早に広居主任宅を後にした。
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